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オーガはまだ攻撃を溜め続けている。黒々とした雲がオーガの頭上十メートル以上に広がっていく。落雷系の技だとしたら、真白を守るのが困難だ。技を撃たせる前に倒さなければ……。
「宝石箱の石礫」
「弓現――微睡の瞳」
オーガに向けて放った宝石箱の石礫が黄色の渦に飲まれた。
高い貫通力を持つ小石が、黄色い渦に入った途端に軌道を変えてグルグルと無意味に回りはじめる。どうやら無力化されてしまったようだ。
まさか弓使いが壁を貼ってくるとは思わなかった。トリッキーが故に厄介だ。
「我らが長は準備中です故、しばし攻撃はお控えください。代わりに次長である私がお相手致します」
やはり弓使いが二番手か。こいつを突破しないとオーガに攻撃が通らない。かといって、弓使いと真っ向勝負していたら、いつオーガに特大スキルを撃たれるかわからない。
「ぎゃはははははははは! だから言っただろ亜人! どうやったって、ハーフは本職に敵わねぇ! てめぇの半端な魔力なんざ、レベル80オーバーの幻弓師に通用するわけねぇんだよ!」
オーガの高笑いが響く。
その間にも、オーガの頭上の雷雲は巨大化していく。既に十五メートル以上だ。
「降参すんなら今のうちだぜぇ? てめぇが自ら女を脱がせてオレらに差し出すなら、てめぇだけは許してやらねぇこともねぇかもしれねぇぞぉ!」
オーガが無駄口を叩いている隙に、僕は考えを巡らせる。
こいつらの隙を突く方法はないか?
僕の魔力は弓使いに劣っている。DF力は勝っているだろう。HPは余裕がある。黄色の渦の中に突っ込んでも一発なら耐えられる可能性が高い。となれば、突っ込むべきか……? でも、弓使いに宝石箱の石礫を撃てるだろうか。相手の弓現の方が発動は早い。
「おい、てめぇ……無視してんじゃねぇよ。女が戦えねぇことくらい、いい加減バレてんだぜ? この状況で加勢してこねぇってことは、女はお前より弱ぇんだろ? どう足掻いたって、てめぇらに勝ち目はねぇんだ。もっと喚けッ! 慈悲を請えッ! ひざまずいて、醜い姿を晒せッ! そうやって這いつくばってる弱者を殺すのがオレらの生きがいんだからよぉッ……!」
オーガが頭上に手を掲げた。
雷雲がドクンと鼓動する。技のゲージが溜まったのだろうか。
ふと閃いた。
一か八か、弓使いを瞬殺し、オーガに宝石箱の石礫を叩き込む方法。
迷っている暇はない。
「――――ッ」
僕は岩壁の脇を抜けて、弓使いに向かって走った。
弓使いはやや驚いた表情を見せた後、ハープのような形の弓を構える。
「血迷ったようですね。それでは終わらせましょう。弓現――既視感」
弓使いが唱えると、オーガを守る渦はそのままに、弓使いの弦から新たに黄色い矢が放たれた。
矢の先端から黄色い渦が生じる。それはあっという間に三メートルほどになり、僕の目の前に迫った。
僕は構わず渦の中に突っ込む。
「ぎゃははははは! 戦闘素人が! 狙うのはソイツじゃねぇだろ! オレ様の特大攻撃を無視した代償はデカいぜぇええええ! 雷天のッッッッッッ…………」
オーガが詠唱を始めたと同時に、僕は黄色い渦を抜けた。思ったほどダメージは受けていないようだ。そして、攻撃の射程内に入った。弓使いまでの距離は一・五メートル程度。ここからなら届く。
僕は心の中で唱えた。
――岩壁盾。
「なっ……」
地中から出現した岩の壁が、弓使いの顎を打ち抜いた。
高レベルの弓使いも、防御技を攻撃に使用されるとは思っていなかったのだろう。詠唱を必要としないSPCによる不意討ちが決まった。
体重の軽そうな弓使いは、斜め後方へ吹っ飛ぶ。
その瞬間、オーガを守っていた黄色の渦が消えた。
「ッッッッッ…………霹靂ォオオオオオオオオオッ!」
「――宝石箱の石礫」
壁が消えたことで動揺したオーガは、一瞬反応が遅れた。
オーガの詠唱が終わるのと、僕の詠唱が終わるのはほぼ同時だった。
喉の奥から放たれた小石が、ショットガンの弾のような軌道で広がり、その一部がオーガに向かって飛んでいく。
やや距離はあったが、いくつかの小石がオーガの体を貫いた。
筋肉質な体があっという間にボロボロになる。
真白の頭上まで到達していた雷雲は、ゴロゴロと鳴るのを止めた。
次第に雷雲は小さくなっていく。技を出した本人がダメージを受けたからだろう。
「んな……はずが…………」
オーガは掠れた声を漏らすと、地面にドシャリと崩れ落ちた。その体は半壊していた。ピクリとも動かない。
「ふぅ…………」
なんとか勝った。真白は無事だろうか。
「雑黒っ!」
僕が振り向くよりも早く、真白が僕に飛びついてきた。ふわりと温かい弾力が僕の体に触れる。
「え、真白?」
「たった一人でギルドを倒すなんて凄いぞ! 其方は私の英雄だっ! 特別に勲章を授けよう!」
真白は僕の頬にキスをしてきた。
一瞬、とてつもなく柔らかい感触とわずかな温もりを頬に感じた。
唇が離れると、潤んだ瞳が僕を見つめている。
真白はキリっとした雰囲気を保っているが、口元には満足そうな笑みを浮かべている。
なんだろう……この心地よさは……。
強気な女性を攻略してしまったような、達成感と充足感を感じる。
キスの感触は至福だったが、それ以上に、クールな真白(女騎士ver)が乙女の表情を見せているのが萌える。
僕はどちらかといえばウサギの方が好きだったはずなのに、今この瞬間だけは、女騎士の方が可愛いと思う。なんだこの"カッコイイ系女子が秘めた女子力を爆発させた"感じは……。こんなギャップ萌え反則じゃないか……。
「雑黒、なんだその顔は? 私の勲章は嬉しくなかったか?」
「いや、そんなことはないよ。少し驚いたけど」
「そうか、良かった。まあ驚くのも無理はない。私もつい興奮してしまったが、普段ならこんな大胆なことはしないからな」
真白の頬はほんのり赤い。勢いに任せてキスしてしまったのだろうか。吊り橋効果というやつだろう。僕にとっては幸運だ。真白の唇の柔らかさを記憶に刻み付けておこう。
何はともあれ、殺人プレイヤー達との初戦闘で黒星を飾ることができた。ママとの約束を果たすのに一歩近づいた。
ステータス画面を確認する。
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Lv:38
HP:18000/23000
MP:2300/11000
AT:165
DF:9989
AGT:2400
SPC:岩壁盾
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計算してみると、岩壁盾の消費MPは500だった。小規模な技なので、MP消費も少ないのだろう。
「雑黒、新しい技を覚えたのか?」
「ん、どうだろう」
これだけレベルが上がったのだから、覚えているかもしれない。
できれば攻撃技のバリエーションが欲しい。さらに欲を言えば、詠唱は短い方が良い。戦闘時に気づいたが、宝石箱の石礫は七文字なので、詠唱に若干時間がかかる。恐竜使いの使っていた紅の丸い卵や弓使いの弓現は発動が早かった。
そんなことを考えながら技の一覧画面を開くと、二つ追加されていた。
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◆宝石箱の石礫
◆三度の飯より泥団子
◆転がる岩の鎮魂歌
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