15
真白は小さなナイフを取り出し、ワイヤーを切りながら話し始める。
「罪滅ぼしやないねんけど、一応先に言うとくわ。実はウチな、演技の天才やねん」
「演技の天才?」
「せや。このキャラはウチのホンマの性格とはちゃうんやで。まあ、完全に作り物っちゅーわけちゃうねんけど。初対面の雑黒に警戒されないようにこの子にしたんや」
このキャラクターが演技? 元の性格はこれほどおしゃべりではないということだろうか。
真白の言う通り、この無邪気な関西弁ウサギが僕にとって話しやすい相手だったのは確かだ。計算でやっているとしたら天才と呼べるかもしれない。
「ほんでな、ウチはこれで色々引っ掻き回すんが得意やねん」
「情報戦てこと?」
「せや。かっこええ言い方すると情報戦やな」
なるほど。色々なキャラクターを演じられるのなら、情報を引っ張ってきたり、情報を流布したりできる。間接的ではあるが、戦闘の武器になるだろう。
だとすれば……こうして僕にネタばらしをすることで、真白は僕に対する情報戦を放棄していることになる。それほど僕を信頼してくれたということだろうか。
「ほんまはな、ここを狩場にしてる連中を"最悪の魔女"のとこへ誘導するつもりやったんや。そうすれば十中八九、最悪の魔女があいつら倒してくれるやろ」
「そんなことができるのか?」
「わからへん。せやけど、ウチにできることはそれくらいしかあらへんねん。友達の為にな」
友達の為……。かたき討ちということだろうか。
戦闘力を持たない真白が、たった一人で戦おうとしていたのか。
僕は頑丈な体と強力な魔法を持っていても怖かったのに、人間の少女が一人で……。
「アカン……全然切れへん……。手痛なってもうた……」
「おい」
シリアスな話をした途端に弱音を吐くなよ……。孤独に戦う少女キャラじゃなかったのかよ。
涙目で見上げてくる真白は、保護欲をそそるウサギそのものだった。不覚にも可愛い。
「雑黒、変わってくれ。乙女の手には余るわ」
「わ、わかった……」
動揺を隠しながら、ナイフを受け取った。真白の手は確かに小さい。最初から僕が自分で切っていた方が早かった。
利き手ではないのでスムーズには切れないが、真白が切っていたときには鳴らなかったガリガリという音が鳴る。これなら数分もあれば切れそうだ。
「さっすが怪力やな」
僕は防御系のアバターなんだけどな……と思いつつも、無言で切り続ける。
ふと、真白が僕の手に自分の手を被せた。反対の人差し指を口元に当てている。その意味を悟った僕は手を止めた。
耳を澄ませると、草を掻き分ける音が真っすぐこちらへ向かってきていた。微かに金属音も鳴っている。
複数人。三人以上。武器を持っている。
……殺人プレイヤー達か。
「アカン……最悪や……。ほんまスマン雑黒、ウチのせいや……」
「真白、大丈夫だ。これを使え」
僕はママから貰った転移アイテムをポケットから出し、真白の手に握らせた。
真白は目を見開く。
「雑黒……ホンマ優しいな」
これが転移アイテムだということは知っているようだ。それなら話が早い。
僕の家に転移すれば、真白はママと顔を合わせることになるが……少なくともこの危険からは逃れることができる。
「せやけど、これは返すわ」
「駄目だ。ここにいたら二人ともやられる。僕なら大丈夫だ」
「ほならウチの目見てみ」
「ッ……」
そうだ、真白に嘘は通用しないんだ。
僕が勝てないと思っているのが、真白にはお見通しなのだろう。強がりでも、勘違いでも、心の底から大丈夫だと思うことができれば、真白を逃がせたかもしれないのに……。
僕はやっぱり弱いのか。僕のせいで、真白を死なせてしまうのか。
「雑黒……そんな顔せんとってくれや。悪いんはウチやねんで。雑黒が自由に動ければ勝てたかもしれへんねん。こうなったのはウチのせいや」
「違う。真白のせいじゃない。真白は自分の身を守るために行動しただけだ。僕が疑わしい発言をしたのが悪い。最初からもっと丁寧に話すべきだった」
「あんた、ほんまええやっちゃな」
真白は不意にウサギの耳を取り外した。
長い髪が垂れて、ごく普通の人間の頭になる。
さらに、靴を脱ぐようにウサギの足を脱いだ。
何かのトリックを見ているようだった。
耳も足もよく出来ている。コスプレとしては異常にクオリティが高い。この世界特有の技術だろうか。
ウサギパーツを取り外した真白は、にわかには信じられないが、どこからどう見ても普通の人間だった。
「本当に人間なんだな……」
「ええ、そうよ」
「……!?」
穏やかな声。ウサギのときの元気さは微塵も感じさせない上品な口調。
伏せられた睫毛は憂いを帯びている。まるで別人だった。
「えと……真白……なんだよな?」
「ごめん、少しだけ話しかけないでくれる? まだ途中なの」
「途中……?」
真白はポケットから薄い箱と筆を取り出した。
箱を開くと半面は鏡、もう半面はパレットになっている。
慣れた手つきで化粧を施していく真白。
この世界にも化粧の文化があることに驚いたが、それ以上に戦場で化粧をしていることに驚きを隠せない。
「何してるんだよ……敵が迫ってるんだぞ……?」
「ウサギアバターで出ていったら舐められるでしょう。この場を乗り切るには、あの子じゃ駄目なのよ」
完全に関西弁の抜けた真白は、僕の知っている真白とは思えなかった。
演技の天才とは聞いていたが、まさかこのレベルでキャラを作り込んでいたとは……。
真白は早替えのような速度で化粧を終えると、髪を結び、襟を整えた。さらに、腰から細身のレイピアを取り出す。
「その武器は?」
「小型レイピア。収納だけが取り柄の見せかけの武器。私の手作りよ」
鋭利な剣身、レア武器の象徴である金色の持ち手。一見すると強そうに見えるが、贋物なのか。工作品というより映画の小道具に近い。近くで見ても迫力がある。
真白はレイピアを腰に刺し、背筋を伸ばした。
その姿はどこからどう見ても女騎士。ギルドリーダーのような風格すら漂っている。
トリックを知っていても尚、実は真白は戦闘力が高いのでは……?と疑ってしまうほど、圧倒的な存在感。
化粧と演技だけでこれほど変わることができるとは……正直、真白の特技を舐めていた。
これなら見た目だけで多少のハッタリが通用するだろう。そこへ僕の戦闘力が合わされば……ひょっとしたら、切り抜けられるんじゃないか……?
「私が交渉してくる」
「いや、待て。一人よりは二人の方がいいだろう」
何を言ってるんだ? というような表情で僕を見る真白。
ウサギアバターのときと比べ口数が少ない。その代わりに目で語るようだ。立ち振る舞い、姿勢、呼吸、どれもが凛とした空気を醸している。これほどの演技力を人は身につけられるものなのか……。
演技と分かっていても、頼もしさを感じる。自然と緊張が解けていく。強い姉御肌の女騎士と行動する新米冒険者のような気分になる。
「一つだけ、ワイヤーを一瞬で切る方法がある」
「なぜ最初からやらなかったのだ?」
「でかい音が立つからだよ……」
男前な口調の真白は話しにくい。やっぱり関西弁の方が好きだな。
そんなことを思いながら、僕は繋がれた鎖を見る。
敵の足音はすぐ側まで迫っていた。
「雑黒……」
「わかってる。……宝石箱の石礫」
呟いた瞬間、喉の奥から込み上げてくる異物感を感じた。
自然と口が開き、弾丸のような小石が放たれる。
その粒は金属のワイヤーを乱打し、その背後にある木ごとボロボロに穴を開けていく。
ガシャッ。
腕輪が外れ、地面に落ちた。
「なんという無茶を……」
真白が心配そうに僕の手を見ていた。しかし、僕の手は無傷だった。HPが減った様子はない。
やはり、そうか。
大抵のゲームで、魔法使いは自分の属する技に耐性がある。確証はなかったが、少なくとも攻撃が手を貫通することはないだろうと予想していた。その予想は当たっていたようだ。
大きな音を立てた為、敵には気づかれただろう。けど、状況は幾分かマシになったはずだ。僕は動ける。




