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逃亡

 複雑に入り組んだ路地裏を辿り、着いたのは粗末なおんぼろな小屋だった。


「ほら、この家が目的地よ、中に入るわ」


 フィーナは今にも立てつけが壊れそうなドアを開け、小屋の中に入り込む。

 

 小屋には机、空っぽの本棚しかなく、ホコリが凄まじくたまっていた。人が住んでいるような形跡はなく、放置されてもうかなり経っているだろう。

 

 何でこんな廃屋に来たんだろう?

 まさかここに身を隠せとでも?

 

 戸惑っているリックを余所にフィーナは小屋の中央に敷かれたホコリまみれの絨毯をはぎ取る。

 

 露わになったのは隠された鉄製の蓋。


 取っ手に手を掛け引っ張るフィーナだったが、なかなか重いのか持ちあがらず唸っていた。


「ちょっと、何を見ているの!ほら貴方も手伝って!」


「は、はい!」


 慌てて駆け寄り、同じように取ってを掴んだのだが……不意に女の子特有の鼻孔をくすぐった。


「ほら、せーので力を入れて」

「……はい」


 それを気にしないように何度も己に言い聞かせ、足腰に力を入れ蓋を持ち上げる。ガゴッという音と共に視界が遮られるほどのホコリが空気中に舞う。


 下にあったのは地下へと続く階段だった。


 真っ暗で先がまるで見えない不気味な階段だった。冥府にまで通じそうな道に思わず身体に震えが奔る。


「……この階段は?」


「都市の外へと続く道よ」


 フィーナは同じく暗闇に支配された地下への道を見下ろしている。


「百年前の戦争で作られた脱出路なの。地下の道を進んでいくと、私達が出会った森へたどり着くわ」

 

 何でもこの都市の地下には大空洞が広がっているらしい。


 その大空洞へと通じるこの通路は都市が敵に包囲されるような緊急事態のために昔の領主が作ったとか。


 自治都市という性質上、他の国からの干渉も多くあり、こういった隠し通路が張り巡らされているとのこと。


「この都市は夜半から朝方にかけて、北と西の門は封鎖されるわ。そして明日になれば、貴方の脱獄が伝えられるだろうから門では検問が行われるはず。だからこの道でグリアードから脱出して」


「え?脱出って言われてもどこへ行けば……!」


「少なくとも、南の連合国家には向かわない方がいいわね。ここは自治都市だけれども、あそことは縁が深いから、いずれ手配されるかもしれない。

しばらく目立たない場所でほとぼりが冷めるまで大人しくしてなさい」


 目立たない所と言われてもそんな場所知るはずがない。ここはリックにとっては未知の世界。


 どんな国があるのかも知らず、どこへ行けばいいのかも分かるはずが無かった。


「……どうしたの?そんな変な顔をして」

 

 頭を悩ませているとフィーナが顔を覗きこんでくる。二つの碧色の目に見つめられ、途方に暮れたような言葉を漏らした。


「……俺、行くあてなんて無いんです」

  

 あまりの情けなさから少女の目をとても見ることができなかった。 


「どういうこと?貴方が変人なのは分かっているけど、さすがに身を隠せる……例えば故郷なんかはあるんでしょ?」

 

 もちろんあるが、どうやって帰ればいいのか、まるで分からないのだ。


 正直に自分の事情を言ってみようか?

 何か手掛かりでも貰えるかもしれない。

 

 だが、信じてもらえるだろうか?


 他の世界から来たなんて正気じゃないって軽蔑されるだけじゃないのか?


 だが、これ以上、自分の胸のうちだけで処理できる問題では無い。


「実は俺……この世界の人間じゃないみたいなんですよ」

 

「…………は?」


 フィーナがぽかんと呆けるような顔でリックを見つめた。


 その表情をまともに見ることが出来ないまま、自分の素性について洗いざらいぶちまけていた。


 自分が異なる世界から来たかもしれないこと。気がつけばあの最初に出会った森にいたことも。


 簡単にだが事の顛末を話し終えた後、フィーナは表情も浮かべていなかった。


 息苦しい沈黙が場を支配する。やがて少女は訝しげな様子で口を開いた。


「とても……信じられないわね」


「……そう、ですよね」


 当然か……。

 俺もこんなことを元の世界で突然、言われたらそいつの正気を疑ってしまう。いたたまれなくなったリックは階段を降りようと一歩踏み出した。


 行くあても路銀もないとはいえ、殺人犯として追われるこの都市にいるよりかはマシだろう。


 なによりここまでしてくれたフィーナの好意を無駄にはしたくなかった。

 だが、不意に少女が大きなため息をこぼした。


「信じられないけど……でも、貴方が本当に困ってるということは分かったわ」


「え?」

 

 その声色に優しさを感じ取ったリックははじかれたように顔を上げる。少女はそんなリックを気にすることも無くただ何事かを考えていた。


「そうね……確認させてほしいのだけど、貴方はこの世界について無知であり、そしてお金も家もないと」


「……はい」

 

 そうリックには何も無い。

 情報も金も食べ物も住まいも……あとは武器も今は無いんだった。

 帰る術も分からず、この世界で生きていく方法も知らない。


 何かを伺うようにフィーナはじっとリックの顔を見つめる。その表情からは何も掴めず、ただリックは彼女の視線から目を逸らしていた。


 そして、諦めたかのようにため息をこぼした。

 

「はぁ~、分かったわ……私は事件の犯人を見つけるためにまだこの都市にいるつもり。貴方が殺人犯として手配されているこのグリアードにね。それでもいいのなら、私が少しの間だけ匿ってあげるわ」


 額に手を当て、いかにも仕方がないという様子で呟いた。願っても無い言葉だった。

 

 だが……


「え?いや、そんなの悪いですよ!」


 命を助けてもらった上にさらに世話になることは心が引けた。嬉しいというよりも、申し訳ないという思いの方が強く慌てて手を振る。


「さすがにそこまでしてもらう訳には……迷惑でしょ?」


「せっかく危険を冒して助けたのに、野垂れ死にされる方が迷惑よ」 

 

 ぐっと言葉に詰まる。


 野垂れ死にか……否定は出来ない。このまま都市の外に一人で取り残されたなら間違いなくそうなるだろうことは明白だ。


「こうなったら毒食らわば皿まで、よ。しばらくの間、貴方の面倒を見てあげるわ」


 きっぱりと宣誓するかのように言い放った少女。ここは汚らしい小屋だというのに、フィーナが神々しく見えた。

 

 感嘆の極まった表情でリックは首を縦に振った。


 ありがたかった、昨日会ったばかりの関係だと言うのにここまでしてくれるなんて。絶望に沈みかけた心が浮上する。


「でも、忘れないでね!貴方は追われている身なの!だから目立つような真似は絶対に避けてなさいよね!今度、捕まっても助けてあげないんだから!」


「は、はい!それはもちろん分かってます!」

 

 今にも敬礼しそうな勢いでリックは頷く。

 気を付けなければと心に誓う。

 

「さて、じゃあ話がまとまった所で取りあえず行きましょうか。いつまでもここに居るのは危険だわ、話の続きは宿に帰ってからしましょう」


「宿って……俺なんかが泊まれる場所なんてあるんですかね?」


「……私がいまお世話になっている宿屋ならきっと許してくれるわ。取りあえず、行きましょう。付いてきて」


 隠し通路を再び絨毯で隠し、小屋から抜け出した。そしてフィーナに先導されながら、再び入り組んだ路地裏に飛び込んでいく。

 

 右へ左へと縦横無尽に歩いていき、リックはすっかり方向感覚を無くしていた。


 ただ前を進む綺麗な金の髪を目印に付いていくだけ。

 

 どこに向かっているのか見当もつかぬまま、曲がり角に差し掛かったところで


「ッ!止まって!」


 不意に何かに気付いたフィーナが足を止めた。


「どうしたんですか?」


「静かに……」


 人差し指を口の前に立てて、先の曲がり角の先を覗く少女。

 つられて、顔を覗かせると銀の甲冑を身に付けた人影がうろうろしていた。


「おい!見つかったか?」


「いや……こっちには居ないようだな。やはり市場の方へ紛れ込んだのか?」


 キョロキョロとせわしなく目を動かせながら何かを探している。

 自警団の連中か……留置所から逃げ出した俺を追っているらしい。

 

「クッソ、まさか仲間がいたなんてな!アランとダスティの奴、ヘマしやがって!」


「怒鳴るなよ、すぐに見つければいいだけのことだ」


「でも、どこを探せばいいのか分からなんだぞ?」


「……門はもう閉じているからな、絶対にこの街のどっかにいるはずなんだ。草の根をかき分けてでも見つけるぞ!」


 自警団の男達の声に耳を凝らしながら、必死に息をひそめていた。


 捕まったら縛り首だ。呼吸すらしないように息を止め、彼らが消えるのを待つ。


 やがて、自警団はどこかへ走り去っていった。


 ほっと胸を撫で下ろしかけるが、安心はまだ出来ない。

 自分を追うためにこの都市中に自警団が散らばっていると思ったら、恐怖で震えてくる。


「だ、大丈夫ですかね?見つかりませんかね……」


「この都市の構造は複雑だからね、うまく逃げられると思うわ。貴方がヘマしなければだけど……」


 さぁ、今のうちに行きましょう。

 手招きするフィーナに従い、慎重に歩を進めていく。

 

 その後も何度か自警団らしき男達を見かけた。どうやらかなりの人員が動員されているようだ。


 俺も警察に追われる身か。


 冤罪だとしても、両親が知ったらなんて思うのか……

 そんな考えても仕方のないこと思いながら、リックは進んでいった。

 

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