脱獄
ひたすら声を張り上げても誰も聞く耳を持ってはくれない。ほぼ一日中、叫び続けてきたがしだいに虚しくなっていった。
そして、窓から日が沈むのを見届けた後、リックはベットで丸くなっていた。
とんでもなく疲労が蓄積し、頭も痛いというのにとても眠る気にはなれなかった。
そりゃそうだよな。だって俺、死んじまうんだし。
縛り首か……痛いのかな、苦しいのかな?
未だに現実感が湧いてはこないが、それも当然だろう。
何で俺がこんな目に合わなくちゃならないんだ?何も悪いことなんてしていないのに……
何度、自問自答を繰り返しても答えは出てこない。
訳の分からない世界に飛ばされるは、冤罪を受けるはでもううんざりだ。そして殴られ、蹴られ、罵声を受け、終いには死刑ときたものだ。
絶望感を通り越し、諦めの境地に達した心は不思議と穏やかだった。
この世界で命を落としたらどうなるんだろう。元の世界に帰れるといいな……。
そしていつもどおりに母さんに怒られて、学校へ行って、友達と遊んで、そしてまたあいつらアースエンブリオで冒険するんだ。
うん、きっとそうだ。悪夢のような出来事が過ぎ去れば、きっと俺はいつものつまらない日常へ戻れる。
そんな都合の良い妄想に浸って正気を保っていたリックの心。
だが、不意にそれを矯正するかのような叱咤の声が牢屋に響きわたった。
「ちょっと貴方ね!よくこんな状況で寝れるわね!さっさと起きなさい!」
「…………え?」
聞き覚えのある女性の声。厳格がありながらどこか優しさを滲ませたその声色はどことなく母親を思い出させた。
小汚い毛布から顔を出し、外を見てみると……
窓から射し込む月明かりに照らされて一人の少女が鉄格子越しに佇んでいた。幻想的なその光景に目を奪われること一瞬。
「…………フィーナさん?」
仁王立ちしながらリックを見下ろしていたのは昨日の昼に、森で出会った美しい少女だった。小汚い牢屋に妖精のような少女はあまりに不似合いで、幻覚かと疑ってしまう。
「まったく、本当に馬鹿ね!私、忠告したわよね。目立つような真似をするなって!」
「…………」
「その忠告を無視するからこんな目に合うの!ろくに調べようともせずに捕まえる自警団も無茶苦茶だけど、目を付けられた貴方も悪いわ!」
少女は腰に手を置きながら咎めるような視線を向けてくる。その叱責に返す言葉もなく呆気にとられてしまった。
ようやく、絞り出した声を絞りだしたのだが、
「えっと……何でここに?」
未だに少女の存在を信じることができず、疑うような声色で問いかけていた。
「貴方を助けるために決まっているでしょ」
ぶっきらぼうにそう告げると、ポケットから鍵を取り出し牢の鍵穴に差し込んだ。ガチャリという音と共に牢の扉が開き、リックは一瞬の間に自由になった。
「ほら、行くわよ」
「え?えッ!?」
あれほど出たいと思っていたのに、いざ牢の扉を開けられると躊躇ってしまう。
えっと……いいのかな?
これはいわゆる脱獄というモノではないだろうか?
突然の展開にリックの思考は追いつけず、未だにベットの上から動けないでいた。
「何をしてるの!早くして!」
「は、はいッ!」
慌てて身を起こし、フィーナの後を追う。
うす暗い廊下を何の恥じることも無く堂々と歩いていく少女。リックはその後ろでびくびく怯えながら付いていった。
「よ、良かったんですかね?逃げ出したりなんかして」
「じゃあ、何?貴方は処刑されるまであの留置所にいる?」
振り向くことなく少女は言い捨て、激しく首を振るリックだった。
小汚い廊下を歩き、やがて出てきたのは鎧が飾られた六畳あたりの小さな部屋。外に通じているその詰め所には異様な光景が広がっていた。
「これは……!」
狭い部屋の中で二人の兵士が床に倒れていた。
確か、俺を捕まえて、取り調べを行っていた兵士達の中にこの顔を見たような……
ピクリともしないため死んでいるのかと驚いたが、良く見てみるとどうやら呼吸はしている模様だ。
何だ……眠っているだけか。
「これ……フィーナさんがやったの?」
「……他に誰かいる?」
ま、まぁ、昨日のあの戦いからフィーナの強さは分かっていたが、でも良いのかな?
兵士をこんな風に倒してしまうなんて……。
「ほら、そこに罪人の荷物が保管されているわ。必要なものがあるなら早く取り出して」
フィーナが指し示したのは、隣の部屋。躊躇いながらも覗いてみると、雑多に物が散乱している物置があった。迷いながらも探ってみると、捕まった際に取り上げられたコートやらポーションやらが置かれている。
それらを再び身に付けていくが、最も肝心な翡翠の宝剣はどこにも見当たらなかった。
立て掛けにいくつか没収されたであろう剣が置かれていたが、どれも錆だらけの欠陥品だ。青い鞘に納められた愛剣がどこにも無い。
「何をしているの?早くしなさい、巡回に出ている自警団が戻ってくるかもしれないわ」
「あ……でも、俺の剣が見当たらなくて」
「……剣?」
ごさごそと物を乱暴に押しのけ探ってみるが、見つから無い。
何でだ?確かに昨日、取り押さえられたときに剣も没収されたはずなのに……!
フィーナも物置に足を踏み入れ、周りを見渡した。
だが、ふとため息をついて……
「残念だけど……貴方の剣は諦めた方がよさそうね」
「え?な、何でですか?」
「見た限り、貴方の剣は珍しいモノだった。多分、自警団の誰かが売り払ったのね。給金が少ない兵士ならよくやっていることよ」
「そ、そんな……!あの剣は友人が作ってくれた物で大事な物なんですよ!何とかなりませんか!」
「無理ね、売った張本人に聞けば分かるかもしれないけど、それは危険すぎるわ。誰かも分からないしね、それよりも今すぐここを離れましょう」
「え~、で、でも……」
諦めろと言われても、そう簡単に諦められるもんじゃない。あの剣は仲間の協力を得て、ようやく合成した大切な物なのだから。
素材集めのために何度も同じモンスターを倒して、『アース・エンブリオ』中を駆け巡った。
もはや身体の一部と言ってもよく、リックの姿であるときは背中に愛剣が無くてはどうも落ち着かない。
それに……この世界で生き延びるのに強力な武器は必須なんじゃないか?
何とかして取り戻すことはできないだろうか、気付けばリックはその場に佇んで頭を悩ましていた。
そんな様子を見て、フィーナはキッとまなじりを上げた。
「貴方ね!命と剣、どっちが大事なの!」
「は、はい!もちろん、命の方です!」
「じゃあ、スパッと諦める!剣なんて所詮は消耗品よ!また買えばいいじゃない!」
まるで子供を叱りつけるかのような口調に思わず直立していた。
そ、そうだよな……所詮は剣だもんな。
それでも後ろ髪を引かれる思いを感じながらも先を進む少女の後に続いた。
フィーナはまるで何事も無かったかのように詰め所を出て、まだ賑わいを見せている中央市場に背を向けた。
う~ん、兵士の二人をこのままでいいんだろうか?
常識的に考えて放置は不味いような気がする。
「あの~、兵士さんはこのままでいいんですかね?」
「いいの、そいつら気絶しているだけだから」
氷のように冷たい口調。交互に見ながら結局、そのままにしてフィーナの後を追っていった。
まぁ、大丈夫だろう。多分、意識を失っただけだろうし……
フィーナが進んでいくのは小汚い裏路地だった。道を照らす街灯も家から漏れる暖かな光もここには届かない。
月と星の明かりだけを頼りに都市の裏側を歩いていく。
路地裏には、生気がまるで無い浮浪者が汚い地面に座り込み、リック達を見ていた。異世界だろうと現実だろうと街の裏にはこういった一面があるのは変わらないんだな……
彼らと目を合わせないように、姿勢よく歩くフィーナの背中だけを見続けた。
ここまで来てようやく自分が助かったのだという実感がわいてきた。
でも、何でこの少女はただ一度会っただけの自分を危険を冒してまで助けてくれたんだろう?
それを思うと助かったという安堵より、何故助けてくれたのだろうかという疑惑のほうが膨らんでくる。
そして、これから一体どこへ連れて行こうと言うのだろうか?
街の闇深くに進むにつれ、不安が再び込み上げてくる。
あれ?ひょっとして俺のピンチはまだ終わってないの?
助けてくれたこの少女を疑いたくは無いが、ここは異世界なのだ。
まして冤罪を受けて、理不尽な扱いを受けたばかりで何を信じればいいのかリックには分かっていなかった。
「あの、フィーナさん?一体、どこへ向かっているんですか?」
「黙って付いてきて、すぐに分かるから」
何とも不気味な道を進むものだから、激しく不安だ。あんな目に合ったばかりだから、どうにも心が疑心暗鬼に染まってしまう。
……奴隷として売られたりしないかな、街の奥まで行ったらバッサリと斬られたりしないだろうか?
どうしよう、このまま逃げた方がいいんじゃないか?
しかし行く宛など無い上に、また自警団に捕まる可能性もあるわけだから行動に移すことはとても出来ないが。
結局、情報も金も持っていないリックは彼女を信じるしかないのだ。
そういえば助けてもらった礼がまだだったことを思い出す。意図を探る意味でも一応は言っておいた方が良いだろう。
「あの……本当にありがとうございました、お陰で助かりました」
「構わないわ。一度会っただけの関係とは言え、無実の罪で死なれたら寝覚めが良くないからね」
フィーナは振り向くことなくそう言い捨てる。
う~ん、何ていう淡泊な反応。いわゆるクーデレというやつだろうか?
いや、デレてないからただのクールか……。
「グリア―ドに到着してすぐに、この都市を騒がせている殺人鬼が捕まったって聞いてね。詳しく話を聞いてみたんだけど……森で会った不審者と特徴が一致してるんだもの。驚いたわ」
「ふ、不審者って……」
否定は出来ないけど、それでもずけずけと言わないでほしい。
「それで、まさかと思って行ってみれば本当に貴方だったなんてね」
「面目ありません……でも、あんな脱獄みたいな真似して良かったんですかね?俺がこの街に来たばかりだって証言してくれれば、それで良かったんじゃないですか?」
「残念だけどそれは無理よ」
「え?何でですか?フィーナさんが言ってくれればきっと分かって……」
「自警団の連中は聞く耳を持たないわ、彼らにはプライドがある。つまんない、取るに足らないプライドだけどね。間違えて連行しましたなんて、死んでも言わないわ」
「そ、そんな……」
「それに殺人犯を捕まえられないことで自警団は上からも住民から批判されていたの、一刻も早く犯人を捕まえて事態を鎮める必要があった」
「……でも真犯人は捕まってないでしょう?もしまた事件が起こったら……」
「その時はその時よ、ただ運の悪かった間抜けが無駄に死んだだけ。自警団の連中は誰も後悔しないし、住民もすぐに忘れるだけだわ」
「そんな無茶苦茶な……」
現実の世界で冤罪で人が死刑になったのならそれこそ大問題になるはずなのに。
異世界だからリックの知る世界とは常識も違うだろうが……いくらなんでもそれはあんまりだ。
そういえば、とふとリックは違和感に気付いた。
自警団でいくら訴えても、自分の言い分を聞き入れては貰えなかったのに、口ぶりからこの少女は自分が犯人ではない確信しているようだった。
何故だろう、とリックは首を傾げた。
フィーナと出会ったとき、ここをゲーム世界だと思いこもうとして、相当変なことを言っていたはずなのに。
「フィーナさんは……なんで俺が犯人じゃないと信じてくれるんですか?その……自分でいうのもあれですけど、疑われても仕方ない振る舞いをしてきたと思うんですけど……」
「そうね、確かに貴方は普通じゃないように見えたわ……」
「うまくいったからよかったものの、自警団を倒して助け出すなんてあまりにリスクが高すぎませんか?
だから、どうしてかなと思って……」
フィーナとは昨日出会ったばかりの他人に過ぎない。そんな危険を冒してまで助けに来るなんて、とてもじゃないけど信じられなった。
リックの問いにフィーナは何かを悩むかのような素振りを見せた。そして迷いながらもその小さな唇を開く。
「……私は今、グリア―ドで起こっているその殺人事件の犯人を追っているの」
「えっと、兵士たちは黒の教団の一員とか言ってましたけど?」
「そうよ……私も貴方に再会するまでは半信半疑だったけど……」
じっと心の奥底まで覗かれるような鋭い視線が突き刺さる。
「今は欠片も疑ってないわ、貴方からは血の匂いもしないし、善良で臆病な青年にしか見えないからね。おそらくただ巻き込まれただけでしょう」
若干、引っ掛かるような言いまわしだったがどうやら犯人ではないと信じてくれたらしい。
ほっと息を吐くリック。
「そしてもう一つ、貴方には聞いておきたいことがあったから助けたの、これを見て」
フィーナは懐から何かを取り出した。それはリックのベルトに付けられていたナイフ。血はとうに固まり、黒い結晶となっている。
「このナイフは……!」
それはリックの冤罪を決定づけた変わった形のナイフだった。あの詰所から勝手に持ち出してきたのだろうか?
「これはね、紛れもなく一連の殺人事件を起こした犯人の物よ。黒の教団の呪具なの。つまり貴方はどこかの誰かに犯人へと仕立てあげられたってわけ」
「なっ!」
「それで聞きたいんだけど、貴方、これを仕込まれたことについて心当たりはある?この都市に来て誰かと会ったりとか、ぶつかったりしなかった?」
「え?えっと……」
記憶を掘り返し、フィーナと別れてからの事に考えを巡らせた。
だが、これといった心当たりはない。
いや心当たりがないというか……この世界が現実だと認めることが出来ず、ひたすら混乱していたから正直、覚えていないというのが本音だ。
「す、すいません、特に心当たりはないです……」
「……もっとよく思い出してみて。これは本当に大事なことなの。貴方の冤罪を明らかにするためにも」
「……ごめんなさい、本当に分からないんです。一体、いつ犯人とやらがこのナイフを俺に仕込んだのか、自警団に取り上げられるまでまるで気付かなかったんです」
いくら記憶の底を総ざらいしても駄目だった。唯一、可能性があるのは殺人現場に群がっていた人ごみに突っ込んでいったときのことだが、あれほどの人だ。誰が差し込んだのか分かるわけがない。
助けて貰っておいて役に立てないなんて不甲斐ない。それに罪を押しつけた奴を捕まえるチャンスでもあるのに情けなかった。
肩を落とすリックに意外にもフィーナはあっさりとした口調で返した。
「まぁ、仕方ないわね……そう簡単にボロを出すような奴じゃないから」
悔しさをかみしめるリックとは対照的に少女は意外にもあっさりとしていた。
あれ?この情報を聞きたかったから、俺を助けてくれたんじゃなかったのか?
それなのに、あまり期待してなかったって……やっぱり俺を助けるためだけにあんな無茶をしてくれたのかな?
あくまで予想だったが何となくリックにはそう思えてならなかった。




