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アルセリア王国には、ヴァルナハト公爵家の秘宝と呼ばれる者がいる。誰が最初にそう呼んだのかについては、王都でも話が少しずつ違った。現国王がまだ王太子だった頃、冬の宮廷でそう口にしたのだという者もいれば、先代公爵が酒席で自慢したのが始まりだという者もいる。
ヴァルナハト家は建国以前から続く古い家で、家系図だけなら王家のものより分厚いため、こういう話を始めると証人が二代三代ほど前まで増えてしまう。領地からは銀も採れるし、北方産の青玉も出るので、昔は本当に宝石を指していたのだと言い張る老人までいた。
もっとも、王都で《公爵家の秘宝》といえば、おおむね同じ人物を指す。それが誰なのか知らない者でも、初夜の話だけは知っていることが多かった。
その秘宝は、婚姻したその日の夜、騎士である伴侶から「私は姫殿下を優先します。殿下とあなたが同時に危機に陥ったとき、あなたの隣に私はいません」と告げられたのだという。
アルベルト・フォン・グラーツェンがその話を聞いたのは、勉学留学という名目でアルセリアへ送り出されて四ヶ月目、王都の南区にある会員制酒場で葡萄酒を三本空けた夜だった。
彼は二十六歳になっていたが、学生としては驚くほど暇だった。王立学院には週に三度、外国王族向けの講義が用意されており、外交史と法制史、それからアルセリア語の古文を習うことになっていたものの、まともに出席したのは最初の二週間だけである。
古文は現代語に訳したものを読めば済むし、法は法官が知っていればいい。外交史も、過去にどの王がどの土地を奪ったかなど地図を見ればだいたい分かる。学院側も外国王子を廊下まで追いかけて席へ座らせるほど熱心ではなく、三ヶ月もすれば講師は彼の欠席について話題にもしなくなった。
祖国グラーツェンでは、アルベルトは第五王子だった。
父王には成人した息子が四人、その下にアルベルト、そのさらに下にも二人いる。母親は子爵家出身の側妃で、王妃の子でもなければ、王位継承争いへ担ぎ出したくなるほど母方の実家が強いわけでもない。
このくらいの王子は、国の役に立てようと思えば婚姻に使うのが一番よかった。父王もそのつもりで、アルベルトが十代の頃から何度か縁談を用意していた。
最初の見合いは十二歳のときである。相手は北方に広い領地を持つラーデン侯爵家の娘で、アルベルトより一つ年下だった。
少女は一族に多い艶のある黒髪を腰まで伸ばしていた。ラーデン家は北国で《夜の守り手》と呼ばれ、雪原では白より黒の方が味方を見つけやすいという古い言い伝えもあって、その髪を家の誇りとしていたのだが、十二歳のアルベルトはそんなことには興味がなかった。
暗い、田舎臭い、顔まで陰気に見える、王子の妻になるならもっと華やかな髪でなくては嫌だと、本人とその両親がいる部屋で泣きわめいた。泣いたのは少女ではなくアルベルトの方である。気に入らない女を妻にされるくらいなら窓から飛び降りると言い、二階だったので父王から好きにしろと返されたところまで含め、しばらく宮廷で語り草になった。
その後も縁談は来た。顔が好みではない、背が低い、声が気に入らない、兄が多すぎる、領地が寒い。伯爵家の娘については胸が小さいと言った。それを誰にも聞かれていないと思っていたが、背後で護衛をしていた者が娘の従兄だったため、翌朝には父王の耳へ入った。
二十歳を過ぎる頃には、王国内でアルベルトを婿に欲しがる家はほぼなくなっていた。王家と縁続きになれる利点を計算に入れてなお、割に合わないと思われたのである。
ただ、アルベルトは誰に対しても嫌な男だったわけではない。むしろ、相手を一度「自分の仲間」と認識してしまえば、身分について拍子抜けするほど頓着しなくなる男だった。
王宮では男爵家の子息に椅子を譲られて当然という顔をするくせに、酒場で隣り合わせた大工が面白ければ、そのまま夜明けまで肩を組んで飲む。
市場で荷馬車の車輪が外れたときには、御者が平民だろうが自分の外套を地面へ放り、膝をついて一緒に車軸を持ち上げたこともある。
翌日、王宮でその話を聞いた侍従が、珍しく人の心がある行動をしたなと思いつつ、綺麗な言葉で感心すると、本人は「あいつと酒を飲む約束をしていた。馬車が動かなければ酒場へ来られないだろう」と答えたので、少なくとも博愛精神ではなかった。
父王には、この性質もたいそう扱いづらかった。
上位の貴族へ無礼を働くなら叱ればよい。平民を虐げるなら遠ざければよい。
ところがアルベルトは気に入らない伯爵へは露骨に舌打ちや欠伸をし、最悪の場合は椅子の足を蹴り続けるという愚行を行う一方、靴職人の親方とは腕を組んで競馬場へ行き、王宮の厩番の息子の結婚式へ勝手に顔を出して新郎より酒を飲み、こんな安酒を俺に飲ませる気かと言いながら、城のワインを勝手に振る舞う。
本人の頭の中でだけ成立している基準によって人を分けており、その基準には爵位も財産もあまり関係がなかった。なので誰も、アルベルトが誰を気に入り誰を嫌うかを予測できない。
貴族相手でも気にいる者もいる。ただ、気にいるタイプの貴族はたいてい変人や風変わりと言われる者たちだった。どっちみち、どうしようもない。
二十四歳の冬には、それが原因でひどい騒ぎを起こしている。
王都の川沿いにある酒場で、革なめし職人の男と喧嘩になった。何が原因だったのかは後になっても判然としない。アルベルトは男が自分の葡萄酒へ勝手に水を足したからだと言い、男はアルベルトが自分の帽子を酒場の犬へ被せたからだと主張した。主人に聞けば両方やったらしい。
やがて胸倉を掴み合い、椅子が倒れ、アルベルトが一発殴れば相手も殴り返した。そこで周囲の誰かが、王子殿下に何をする、と叫んだ。
さすがに男の顔色が変わった。酔客同士の喧嘩と王族への暴行では話が違う。周囲も黙り込み、アルベルトだけが腫れかけた頬を押さえながら、何をそんな顔をしているのかと不満そうに相手を見ていた。
それから胸元を探り、王族であることを証明する金製のメダリオンを取り出した。王家の紋章と本人の名が刻まれた、失くしてよいものでは到底ない品である。
「これがあるからおまえが急に弱くなるんだろう。だったら今はいらん。俺はさっきまでこいつと同じだけ酒を飲んで、同じように殴ったんだぞ。それなのに俺が王子だと知った途端、おまえだけ犯罪者になるのはつまらん」
そう言うなり窓を開け、メダリオンを冬の川へ投げ捨てた。
「これで今ここにいるのは平民のアルベルトだ。平民のアルベルトが、こいつと普通に喧嘩をしている! 衛兵が来たら二人とも同じ牢へ入れろと言え!」
革なめし職人はしばらく呆然としていたが、そのうち腹を抱えて笑い出した。そこまで笑われたことへアルベルトが腹を立て、結局もう一発殴ったところへ衛兵が来た。
その晩、二人は本当に同じ牢へ入れられた。
問題は、そのあとである。
王族のメダリオンには王家の正式な印章が刻まれている。
川底へ沈んだから諦めますでは済まない。翌朝、事態を知らされた父王は報告書を途中まで読み、黙って机へ置いた。さらに、川は昨日から冷え込みが強く、岸辺には薄く氷まで張っていると聞かされた。
「拾えるのか」
「探させます。川幅はそれほどありませんので。ただ、この季節ですから、潜水に慣れた者でも長時間は難しいかと」
「では誰が行く」
「近衛から水中祝福を使える者を出します。聖騎士団にも一名おりますので、念のため同行を頼みます」
王は目を閉じた。息子に会いたくないという理由で、その日の謁見を全部取りやめたくなったが、息子以外の国民には何の罪もないので予定通り仕事をした。
結局、メダリオンを見つけたのは王宮付きの聖騎士だった。腰まで冬の川へ入り、途中から潜り、二時間近くかけて泥の中から引き上げた。
翌日には熱を出して三日休んだ。近衛騎士団からは正式な始末書が上がり、印章管理局では再発行の準備まで進めていたので担当官が半日無駄にした。
ところが当のアルベルトは、牢で革なめし職人とすっかり仲直りしていた。
朝食の固いパンを半分交換し、何となくお前のやつの方が美味くないか? と答えのない会話を楽しみ、昼には牢番から札を借り、その日の夕方にはどちらが先に釈放されたら酒を奢るかまで決めていたという。
父王は何度か、本気で息子をどこかへ軟禁してしまおうかと考えた。
金のある離宮を一つ与え、適当な人数の使用人を置き、一生そこから出さない。婚姻問題を起こすくらいなら、いっそ子を残せない身体にしてしまった方が国のためではないか、とさえ思った。しかし宰相から、どちらもおすすめしないと止められた。
アルベルトは宮廷では鼻つまみ者だが、人気のあるところでは異様に人気があった。
下町には例の酒場事件を「身分を捨てて友と殴り合った王子」と呼ぶ者までいる。兵士にも知り合いが多く、王宮勤めの下級官吏には、偉い者にだけ媚びる王子よりよほどましだという評価すらあった。そして、こういう男を好きになる種類の人間は、なぜかたいてい声が大きい。やる気がある。なんならノリで革命とかをやる類のものにばかり、よく好かれた。
「理由もろくに説明せず幽閉なされば、十年後には自由を愛した王子が冷酷な父王によって閉じ込められた話になるかもしれません。
ましてお身体へ処置などすれば、王位を恐れた兄弟に未来を奪われた悲劇の王子という筋書きまでつきかねません」
宰相にそこまで言われ、王は心底嫌そうな顔になった。
実態は賭場のつけを王宮へ回し、娼館で気に入らない客を殴り、王族の証を川へ捨てた二十四歳である。それが後世で悲劇の王子に仕立てられるなど、迷惑にもほどがある。許してはいけない。出演するなら喜劇だけにしてほしい。
「なぜあれを処分するだけで叙事詩が一本できるんだ。近頃は息子というより、刺激の仕方を間違えると増える何かだと思うことにしている。小さめの厄災じゃないか?」
王はそう言って、結局アルベルトを放置した。父親として諦めたのか、君主として妥協したのか、本人にもよく分からなくなりつつあった。
アルセリアへの留学が決まったときも、父から直接説明を受けた記憶はない。
外務卿から、かの国の文化と制度を学んでこいと言われ、年間の滞在費と侍従二人を与えられた。アルベルトは父がようやく自分に外交の才を見いだしたのだと思った。
母親だけは出立前にずいぶん長く手を握り、あちらでは喧嘩をしないこと、借金をしないこと、女性の身体について感想を口にしないことを繰り返した。
息子が「最後のは一度しかやっていない」と反論すると、「一度でも多いのよ」と泣きそうな顔になったので、アルベルトは母も寂しいのだろうと都合よく理解した。実際に父王が外務卿へ伝えた指示は、王都から一年ほど離しておけ、だった。
《公爵家の秘宝》の話をアルベルトへ教えたのは、アルセリア財務院に勤めるベルトランという男だった。
子爵家の三男で、仕事はまじめだが酒を飲むと他人の身内話を始める癖があり、その夜も自分の伯母が若い頃に駆け落ちしかけた話から、上司の娘が結婚半年で夫を屋敷から締め出した話まで、誰に求められたわけでもなく次々喋っていた。その途中に例の初夜の話が出たのである。
「それで、その秘宝とやらはどうした。婚礼の夜にそんなことを言われて黙っていたのか。俺なら相手が護衛だろうが何だろうが、せめて今日くらい夫婦を優先しろと言うぞ」
ベルトランはしばらく杯の中を眺め、「黙ってはいませんでしたよ。むしろ返した言葉まで含めて有名な話です。ただ、あのお二人は最初から少し変わっていましたから」と答えた。
ちょうどそこへ羊肉の香草焼きが運ばれてきて、腹を空かせていたベルトランは料理の方へ意識を持っていかれた。アルベルトもわざわざ続きを聞こうとはしなかった。伴侶から姫の方が大切だと言われた人間が喜んだはずはない。泣いたか怒ったか、せいぜいその程度の違いだろうと思ったからである。
ヴァルナハト公爵家については知っていた。アルセリアでは王家に次ぐほど古い家の一つで、領地は北西部に広く、銀山と森林を持つ。
公爵本人は王の従兄で、妻も大公家の出だった。王都の屋敷は立地がよく、裏庭の塀一つ隔てた先が王族所有の公園になっている。春には公爵家の庭の花が塀越しに見えるので、近所の者は入園料を払わずそちらを眺めるのだと、侍従から聞いたこともあった。
そして公爵家には、美しい長女がいた。エレオノーラ・ヴァルナハト、二十七歳。栗色の髪に薄い灰青の目を持ち、王宮の夜会では派手な色をほとんど着ないのに、人の目を引いた。美人だからというだけでもない。父親の代わりに領地の慈善事業へ顔を出すこともあり、王妃が主催する基金の会計監査にも名前が載っている。王太子妃と親しく、外国語も二つほど話せるという。
アルベルトが初めて彼女を見た夜、エレオノーラは年老いた伯爵夫人へ腕を貸しながら階段を下りていた。相手の歩調へ合わせているため、ずいぶん遅い。それでも嫌そうな顔をしなかった。
そのあと若い侯爵から声をかけられ、十分ほど話して別れ、さらに別の男が寄ってきたが、そこにも夫らしい人物はいなかった。
翌週、アルベルトは取り巻きの一人へ、エレオノーラは結婚しているのかと尋ねた。相手は未婚のはずだと答え、婚約歴までは知らないと付け足したが、アルベルトは最後まで聞かなかった。
その日の夜には、頭の中で勝手にいくつかの話がつながっていた。公爵家の秘宝。美しく賢い公爵令嬢。婚礼の夜、騎士である伴侶から姫を優先すると宣言された人物。そして現在、夫のいない二十七歳の長女。事情を知らない人間が聞けば、十分もっともらしく思える程度には並びがよかった。
エレオノーラは離縁して実家へ戻ったのだろう、とアルベルトは考えた。一度結婚しているのに未婚として扱われているところを見ると、公爵家が何かうまく処理したのかもしれない。あるいはアルセリアでは、離婚した女を未婚と呼ぶ慣習があるのだろう。
法制史の講義へ出ていれば、そのような慣習がないことくらい分かったはずだが、三週間ほど欠席が続いていた。
一度他の男へ渡った女というのは、本来なら好みではない。しかし公爵家の長女となれば話が違う。年齢は二十七で、自分とも釣り合う。美貌もあり、家には金があり、王家との繋がりも深い。
何より婚姻に一度失敗している女なら、初婚の娘より条件を下げる可能性が高い。祖国で婿入り先を探していた頃は他家へ入ること自体が屈辱だったが、ヴァルナハト家なら悪くない。銀山を持つほどの家へ外国王子が入れば、自分にも相応の発言力が生まれるだろう。
公爵には息子がいるらしいが、長男は領地へ置き、次男には王都で官職でも続けさせればよい。家政は自分とエレオノーラが見る。相手が嫌がる可能性については、特に考えなかった。
この計画を立てた時点で、アルベルトは公爵家の人間構成さえ正確には知らなかった。
一度だけ王立図書館へ行き、貴族年鑑を開いたことがある。現公爵夫妻の下に長女エレオノーラ、長男コンラート、次男ルシアンと並び、コンラートには領地代官補佐、ルシアンには王璽院副典書官と記載されていた。
横には配偶者を示す細かな印や欄外の名前まであったが、版面が古く文字も小さい。アルベルトは長女の生年だけ確かめて本を閉じた。帰りに寄る予定だった菓子店が閉まる時刻だったためである。
そこからアルベルトは、エレオノーラの出席する催しへ頻繁に顔を出すようになった。慈善会、音楽会、王妃の茶会。彼女は外国王族に対する礼儀として挨拶を返すものの、それ以上のことはしない。アルベルトは、一度婚姻に失敗した女が男を警戒しているのだろうと解釈した。
実際のエレオノーラは、もっと単純に彼が苦手だった。
人が話している途中で言葉を遮る。自分より身分の低い者への返事が雑になる。菓子を出されて好みでなければ、一口かじっただけで皿へ戻す。
一度、公爵邸の犬へ好かれて延々ついて回られて、嫌な顔ひとつせず抱き上げたときだけは少し見直しかけたが、アルベルトが「この犬は人を見る目がある」と言ったので、やはり見直すのをやめた。
その頃には、祖国で彼が起こした問題についてアルセリア側にも少しずつ情報が届き始めていた。
正式な犯罪者ではない。外交問題を起こしたわけでもない。ただし、婚姻相手を探している第五王子が、公爵家の長女へ妙に執着している。公爵家が警戒するにはそれだけで足りる。
エレオノーラの周囲には母親や兄、王太子妃付きの女官がいることが増え、老家令などアルベルトが近づくと、どこから見ていたのかと思うほど絶妙な位置へ現れた。
一方、アルベルトはかなり本気だった。酒場でも、いずれヴァルナハト家へ入るつもりだと話すようになった。
長女をもらえば王家との縁もできる、公爵領の銀山は管理が古いからもっと利益を出せるはずだ、長男は領地を任せればいいし、次男は文官なのだから王都へ置いてやれば文句もないだろう。
最初は取り巻きも笑って聞いていたが、何度も同じ話をするため、そのうち一人がグラーツェン大使館に勤める知人へ相談した。
大使館には別件の報告も溜まっていた。宿代の支払いが遅れている。仕立屋が三軒、請求書を持ってきた。賭場でも王家の名を使ってつけを頼んでいる。学院からは出席状況について問い合わせが来ていた。まとめられた報告書はグラーツェンへ送られ、父王がそれを読んだのは朝の宮廷会議前だった。
一枚目を読み、二枚目の途中で王は眼鏡を外した。ヴァルナハト公爵家へ婿入りし、いずれ家中へ影響力を持つつもりでいる。公爵令嬢には離縁歴があると思い込んでいる。理由は不明。周囲へ公言している。
王は息子が幼かった頃のことを、珍しく思い出した。馬を怖がらなかった。剣の稽古で殴られても泣かなかった。十二歳で侯爵令嬢を侮辱した日のことも、あとから自分が悪かったとは最後まで認めなかった。
戦ばかりしていた曾祖父の時代なら、ああいう子供にも使い道があったのかもしれない。敵の数を考えず前へ出て、負けても恥じず、奪えるものがあれば手を伸ばす。死ぬまで戦わせる王子なら、勇敢と呼ばれた可能性くらいはある。
今は戦争がない。実にありがたい時代だった。
「王籍を外す。年金も止めろ。大使館には、今後あれの私的債務を王家へ回さないよう伝える。アルセリア王家にも正式に通告してくれ。今まで軟禁しなかったのは、あれを悲劇の王子にしたくなかったからだが、自分で外国の公爵家を乗っ取ろうと触れ回るところまで来たなら、もう十分だろう」
侍従長は聞き返さなかった。王もそれ以上は語らず、次の書類へ手を伸ばした。南部の堤防工事についての予算案で、去年の洪水では村が二つ浸かっている。
父親として何かもう少し言うべきなのかもしれないと思ったものの、国王としてはそちらの方が急ぎだった。




