第1話 引きこもりの第二王子
「――陛下。以上が我がヴァレンシア王国の、惨憺たる実状でございます」
それを聞いて、俺は腕を組み天井を見上げた。
このままだと、俺の国が潰れるらしい。
……よりによって俺が王になった途端に。
そもそも、なぜ俺が王になったのか。
話せば長くなるが、簡単に言えばこうだ。
ある日、俺はベッドの上で目を覚ますと異世界の王子になっていたのだ。
それと同時に、前世の記憶がおぼろげながら流れ込んできた。
前世の俺は、一言で言えば『できれば家から一歩も出たくない人間』だった事を。
仕事が終われば光を超える速さで帰宅し、必要な時以外は自宅で引きこもり一択。
会社の飲み会?
そんなもの、行きたくないに決まっている。
休日にはバーベキュー?
なんだそれは、ただの拷問じゃないか。
ストイックとか、社会不適合とか、たぶんそういうのでは無い。
責任感も人並みにあると思うし、そのせいでいつもストレスが溜まっていた。
だからこそ、俺は家にいたいのだ。
前世の日常は生きるために働いているのではなく、まるで『働くために生きている』ような状態だった。
ならばせめて自分の時間は家で静かに、誰にも邪魔されず、好きな事をして生きていたい。
それこそが俺の至上の幸福であり、生きる目的だった。
そんな筋金入りの引きこもり体質である俺が、転生してしまったのだ。
それも、巨額の負債を抱えた弱小国家『ヴァレンシア王国』の第二王子、カスティエ・ヴァレンシアへと。
俺が今いる重厚な執務室には、埃の匂いが染み込んでいた。
壁一面の棚には帳簿が隙間なく並び、その背表紙の色の褪せ方が、この国の歴史の長さと疲弊を同時に物語っている。
窓の外には石造りの城壁と、その向こうに広がる街並み。
そこで老練な宰相クローニから我が国の状況について一通りの説明を受け、俺の頭の中は真っ白になっていた。
宰相の他にも、各大臣たちが心配そうに俺の様子を伺っている。
我が国には、金が無いらしい。
無いどころか、笑えない額の借金があった。
さらに軍事力は頼りなく、国内の行政もガタガタ。
周辺国と敵対状態ではないことだけが、唯一の救いだった。
「念のための確認だが、父上と兄上が遺したものはこれだけか?」
俺は背もたれに身体を預け、できるだけ冷静を装って尋ねた。
これ以上の負債があったら国が詰みそうだし、俺が泣いてしまうかもしれない。
「はい。他にはございません。私どもが帳簿を徹底的に洗いましたので」
「そうか。それは重畳だ」
父と兄は、宰相たちにも秘密に色々と金を使っていたらしい。
だが、その言葉にホッとしつつも、同時に暗澹たる気持ちになる。
――どうして、こんなことになってしまったんだ……
発端は、1ヶ月ほど前。
俺の父親である先王、ギルディ・ヴァレンシア。
日頃から遊び放題で、ギャンブル大好きな散財癖のある罪深いダメ王だった。
王のくせにほっつき歩いて、どこぞの社交界で泥酔して階段から転落死するという、なんとも締まらない最期を遂げた。
そして我が兄であり、王太子の第一王子ネドリック・ヴァレンシア。
女癖が最悪で、他人の婚約者に手を出しまくっていたらしい。
そんな兄も女性に会いに行く途中で、これまた階段から落ちて死んでしまった。
誰かの恨みを買って突き落とされた線が濃厚だが、今となっては真実は藪の中だ。
引きこもりを極めていた俺は、父と兄のそんな生々しい実状を全く知らなかった。
父と兄は「カスティエ、お前は好きなことをしていなさい」と微笑みながら、俺に声を掛けてくれていたくらいだ。
優しくて、面倒見が良い家族だとすら思っていた。
父と兄の訃報を立て続けに受け、俺は号泣さえしていたのだ。
単に俺を放置して自分たちが遊んでいただけだったと知ったのは、二人が死んで、宰相から真実を聞かされたつい先ほどのことである。
ちなみに、我が母は俺が小さい頃に病で亡くなってしまった。
俺は絵画でしか母を見た事がない。
そして俺はというと、第二王子という身分を最大限に活用し、二十一歳になるまで自室で趣味を謳歌していた。
絵を描いてみたり、楽器を弾いてみたり。
そして、もっとも没頭していたのは本だ。
だが、読書ではない。この国には漫画はおろか、小説なんてものは無かった。
あるとしても歴史書だったり神話の本だったり、そんな小難しいものばかり。
だから、自分で小説を書いていたのだ。
『冒険者が怪物を倒す英雄譚』という娯楽小説を!
自分で作り、自分で読むという自給自足生活を、それなりに満足していた。
たまに、近隣の軍事国家から『鋼鉄の王女』と呼ばれる、いかにも恐ろしそうな二つ名を持つ王女との縁談が来ていたが、ずっと無視を決め込んでいた。
なぜなら、兄上がいるから俺の人生は安泰。そう高を括っていた結果がこれだ。
王と第一王子の急逝。だから急遽、俺が王になってしまった。
当然、宰相たちも焦っている。
今まで部屋に引きこもって、一度も公務に出たことのない穀潰しを、今日から『王』として働かせなければならないのだから。
俺も気が重いし、胃が痛い。
これから一体、どうなっちゃうんだよ……
「……陛下。顔色が優れませんが、大丈夫でしょうか?」
宰相クローニが、心配そうに俺の顔を覗き込む。
クローニの顔に刻まれた深い皺が、今までと、これから訪れるであろう苦労から来ていると思うと申し訳ない気持ちになる。
「ああ、問題ない。……では、早急に解決すべき最優先の課題は何だ?」
「課題は山積みではございますが、まずは国庫の財務です。このままでは、我が国はあと一年を持たずに破綻いたします」
破綻、かぁ。現代の言葉で言えば、国家の倒産というところだろう。
もし国が倒産したらどうなるんだ?
王族である俺は、やっぱり処刑されたりするんだろうか?
良くても、奴隷として売られたり?
……いやいや冗談じゃない。
夢の引きこもり生活どころか、生存権の危機じゃないか……?
引きこもりを続けるためには、どうにか国を再興させなければならないようだ。
俺は宰相クローニの顔を、ジッと見つめた。
「最優先は財源の確保か。……では問うが、今まではどうやって財源を産み出してきた?」
俺の質問に、宰相クローニは少し驚いたような顔をした。
「説明させていただきます。おい、ルシアンテ。地図を持ってきてくれ」
「はい。ここに」
宰相の後ろに控えていた青年が、滑らかな手つきで机の上に大きな地図を広げた。
「陛下。ここからは私の愚息、ルシアンテも同席させていただきます。私の補佐をさせておりますので」
「ルシアンテと申します。陛下、以後お見知りおきを」
ペコリと、恭しく一礼するルシアンテ。
宰相の息子か、今まで見た事がないような気がするけど。
「ルシアンテか。俺と以前、会ったことがあるかな?」
「いえ。幼少の頃より帝国の全寮制学校に留学していましたゆえ、陛下とお会いするのはこれが初めてになります」
ほうほう、あの大きな国である帝国の学校に通っていたのか。
ということは優秀、ってことだよな。見た目も聡明そうな青年だし。
だが、俺を見るその目はどこか氷のように冷ややかだ。
……そりゃそうか。
なにせ、俺は今まで国の仕事もせずに引きこもっていたのだから。
まあ、引きこもっていたのだから、会う機会もなかったということか……
「陛下。このルシアンテは、帝国の知識を学んでまいりました。陛下の御手足としても、どうぞ存分にお使いください」
「ああ、大いに期待している」
俺がそう答えると、ルシアンテは表情を一切変えずに地図の一点を指差した。
「では、我が国の現状の財源について説明いたします。ここが王都です。そして、かつて我が国の財政を支えていた産金地である金鉱山や河川がこちらになります」
ふんふん、なるほど。
……ん? 今、「かつて」って言った?
「その『かつて』とは、どういう意味だ? 今は違うということか?」
「はい。すでに金の産出量は全盛期から激減しました。そのため民は別の土地へ流出し、金鉱の街の人口は著しく減少しています。街は空き家だらけで、人口も街を維持できる最小限といったところです」
要は金鉱のバブルが去って、街が寂れたって事か。
まるで一時的に流行った観光地だな。
「我が国の財源を早急に確保するには、この金鉱山を再利用するのが最も早いと思われます。金自体はまだ眠っているのです。ただ、広範囲に分散しているため効率が悪い状態にあります。そこで――」
ルシアンテは冷徹な瞳のまま、俺を真っ直ぐに見据えた。
「民の総動員をかけて人海戦術で再び金鉱山を採掘させてはいかがでしょうか? 急な事ですから、陛下が自ら民を扇動するのも有効ですし、現地へ赴き民を励まし、声を掛けるのも良いかと」
その言葉を聞いた瞬間、俺の全身の細胞が拒絶反応を起こした。
俺が? 現地に? 行って? 鉱山で? 民を励まし? 声を張り上げて? 扇動しろだと……!?
――そんなの、拷問じゃないか。出来る気がしないんだが。
俺は絶対に部屋から出ない。鉱山で演説するなど、引きこもりに対する死刑宣告に等しい。
だが、金がなければ国は滅び、俺の引きこもり空間も消滅してしまう。
なら、どうする?
……答えは一つだ。
『俺が外に出る必要が生まれないように、他人に動いてもらえばいい』
そのために、俺がすべき事。
自分が外に出る必要がない、究極の不労所得システムを構築するんだ。
まずは、目の前の問題だ。
金鉱の街。民の動員。
……このルシアンテの提案、何か聞き覚えがある気がするんだよな。
俺の頭の中で、前世の記憶が静かに動き始める。
……そうだ、これはあの話だ。本で読んだことがある。
それは十九世紀のアメリカ、ゴールドラッシュ。
金鉱を巡って大量の民が採掘に訪れたのだ。
だが、この話の結末には問題がある。
金を掘った者の大半は、金が見つからず貧しいまま帰るという結末だった。
まるで、これからの俺たちじゃないか。
だが、ゴールドラッシュで一部、儲かった者がいる。
『ゴールドラッシュ』を利用して最終的に儲かったのは、『インフラ』を提供した者たちだったのだ。
金鉱を求めて来た者たちを運ぶ鉄道会社だったり、シャベルや頑丈な服を売る者たちだったり。
ならば、この『ゴールドラッシュ』という現象を使って、ここで同じ発想を使えばいい。
「……いや。金鉱山の人海戦術は却下だ」
俺の言葉に、ルシアンテの眉がピクリと動いた。
その目は「やはりこの無能な引きこもりは現実から逃げるのか」とでも言いたげだ。
財務大臣たちも、落胆の息を漏らしている。
「では、他にどのような策があると? 我が国にはもう、金目のものはございませんよ?」
ルシアンテの声に、隠しきれない棘が混じる。
俺は椅子から立ち上がり、地図を指さした。
地図に描かれている、稲穂の絵。
「この金鉱山の街の周辺は、農地か?」
「はい。街から多少の距離はありますが、当時の街の大量の人口の食糧を支えるべく、広大な田畑が広がっております」
「それは今も、生産されているか?」
俺の言葉に、宰相とルシアンテ、大臣たちが確認していた。
「はい。食糧生産地として活用されていますが……それが何か?」
宰相が怪訝そうに尋ねる。
なるほど。
良い条件じゃないか。
俺は皆を見回し、静かに告げた。
「分かった。では、金鉱山を周辺諸国の民に『全面開放』する」
俺の言葉に、執務室が静まり返った。
次の瞬間、宰相が絶望に染まった顔で叫んだ。
「へ、陛下!? 正気ですか!? そんなことをすれば、我が国の貴重な資源が他国に奪われてしまいますよ!?」
「案ずるな、クローニ。話は最後まで聞け」
俺は再び、ゆっくりと椅子へと座った。
「金鉱山の街で、寂れて空き家だらけなんだろう? それを宿や酒場として整備しろ。そして、周辺国に情報をばら撒け。『ヴァレンシア王国の金鉱山は、誰でも自由に採掘してよい。掘り当てた金は君たちのものだ』とな。ただし――」
俺はニヤリと笑った。
「採掘の『入場料』を取る。さらに、鉱山で使うツルハシなどの道具の売買や貸し出し料、宿代、食事代、酒代。これらすべてを他国の連中から外貨を巻き上げるんだ」
俺の言葉に、大臣たちが唖然としている。
口が開きっぱなしだ。
だが、ルシアンテだけが、目をカッと見開いている。
俺はさらに説明を続けた。
「金を掘るのは、莫大な労力がかかる。つまり、金が掘れるかどうかは確率の低い博打だ。だがな、金を夢見て集まってくる連中に『シャベル』を売る商売は、絶対に負けない。彼らが金を掘り当てようが、手ぶらで帰ろうが、我が国には確実に利用料が入るのだ」
これこそ、引きこもりによる、引きこもりのための、究極の『動かない』ビジネスモデルだ。
「……なるほど!」
ルシアンテの喉から、押し殺したような感嘆の声が漏れた。
「金を『呼び水』に人を集め、その消費行動から確実に外貨を回収する……これなら、我が国から無理な人員を割く必要もありませんね……!」
そうだ。よく分かっているじゃないか、ルシアンテ。
俺はさらに畳み掛ける。
「そして、周辺国の『おしゃべりな者たち』を招待しろ。貴族の放蕩息子や、吟遊詩人だ。彼らには、金が比較的出やすい一等地の採掘権を一定期間、無料で貸し出してやれ」
俺の提案は、いわば広告塔。インフルエンサーだ。
『ヴァレンシア王国の金鉱山で一山当てた』という事を、他国で言いふらしてくれればいい。
そうすれば、それを聞いた夢追い人たちが、勝手に我が国へ金を落としにやってくる。
「なるほど……それは素晴らしい提案です! 承知いたしました!」
ルシアンテが興奮を隠しきれずに身を乗り出した。
先ほどまでの冷徹な雰囲気はどこへやら、その瞳は知的な興奮でギラギラと輝いている。
「陛下っ! では、周辺国との往来をしやすくするべく、人員を運ぶ荷馬車を定期的に配備するのはいかがでしょうか!?」
「良い提案だ、ルシアンテ。では、この件、お前に任せられるな?」
「はっ! これほどまでの絵図を頂けたのです、必ずや成功させてみせます!」
そう言って、ルシアンテは深々と頭を下げた。
その顔には、俺に対する侮蔑の色はカケラも残っていない。
そしてルシアンテは、宰相や財務大臣たちに分かりやすく説明していた。
「おお、なるほど!」
「それは面白い……!」
大臣たちも、希望に満ちた表情で議論を始めている。
部屋が、少しだけ明るくなった気がした。
……悪くない。
「……では、あとは頼んだぞ。俺は少し疲れたので戻るとする」
俺はそれだけ言い残し、静かに執務室を後にした。
金鉱山の街の施策には、まだ問題はあるだろう。
外部流入してくる民の治安問題、整備の準備不足など。
だが、そんなものは適宜対処すればいい。
これで国は潤い、俺の処刑を免れる。
そして何より――俺が外に出る必要は、これっぽっちも無くなったのだ。
よし! これで俺の快適な引きこもり生活は続行だ! ……などと思っていた時期が、俺にもありました。
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