メニュー5 卵料理 仕入れ
お待たせいたしました。
新メニューです。
まずは、仕入れから。
ボボが作ってくれた不思議な大鍋のおかげで、当分の間世捨て町の住人たちは飢えを感じることがなくなった。
さすがに5日もしたら無くなったが、あの量で5日ももったことが不思議だ。
「よく頑張ってくれたな」
俺はねぎらいながら大鍋を洗う。
さて、次はこいつでなにを作ろうかと考えながら。
大鍋だからな。またシチュー系、カレーもいいな。でもさすがに調味料すらまともに手に入らないこの世界でカレーは難易度が高い。香辛料なんてどこいったら手に入るのか想像もつかない。
「テン、いま次はこれでなに作ろうかなって考えてるでしょ」
隣で鍋を洗っているのをずっと見ていたエルミナが、俺を覗き込みながら聞いてくる。
「顔にでてたか。せっかくボボが最高の鍋を作ってくれたからな。次はなにを作ろうかと今からわくわくしているんだ」
「ふふ、テンはわかりやすいね」
返事の代わりに肩をすくめる。
この数日でエルミナはずいぶんと回復し、行く当てもないためずっと俺と一緒に住んでいる。
当初あった余所余所しさ、敬語もなくなり、ずいぶんとフランクになった。
まぁそこはエルミナと頻繁に遊んでいるノアのせいでもあるが……。
「エルミナはなにか食いたいものあるか?」
「食べたいもの?うーん……でもここにいたら普段の食事ありつけるだけでもありがたいことだから」
「それもそうか」
日本にいた時は、何食べたい?なんでもいい。なんでもいいが一番困る。みたいなやり取りがあったが、ここでは本当の意味で『なんでもいい』んだよな……。
じゃあ今日は雑草でも食べとけ!って言われたら本当に雑草を食べる生活をしているからな。
今でこそ多少ましになったが、ここの連中は1,2日食わないなんてのもざらにある。
あれが食べたい、これが食べたいなんて言えるわけがない。
あるものを食う。
それだけだ。
「ってなると俺が食べたいものだな。肉は食いまくってるし、海は遠いし……あ!」
食べたいものを考えているときにふと思い至ったものがある。
「たまご!たまごを食べたことがない!!」
そうだ。料理といえばたまごと言えるぐらいたまご料理は重要だ。
の、だが……。
「この世界にたまごってあるのか?」
少なくともこの町では見たことがない。
「私は食べたことあるけど……かなり貴重なものみたいよ?すごく高価だっていう話は聞いたことがある」
「やっぱりそうか……。この町の市場にいっても見たことなかったからな」
それにしても、そんな貴重なたまごを食べたことあるって。エルミナはやっぱりどこかの貴族様なのか?それがなぜ森の中に一人でいたのかはわからんし、迷子にしては探しにくる人がいない。
まぁ訳ありなんだろ。深く詮索はしまい。
「じゃあちょっくらギルドにいって聞き込みといくか。エルミナも来るか?」
「うん。今日はノアも仕事だっていっていたし」
「そうか、ならいくぞ!」
たまごが食べたいと考えてしまったらもうそれ以外考えることができない。
洗い終わった大鍋を干し、その足で冒険者ギルドに向かう。
「たのもー」
勢いよく扉を開き、二人で中に乗り込む。
「テンさん、普通に入ってきてください……」
「あ、悪い悪い」
アインに呆れられたが、気にせずそのままアインの前に立つ。
「はぁ、で、今日は何用ですか?エルミナちゃんまで連れてきて」
「たまごってどこで手に入る?」
まどろっこしいのはなしだといわんばかりに要件だけを伝える。
「はい?」
「だからたまごだよたまご。なんのたまごでもいいけど、できれば鳥系の」
「いや、それはわかりますけど……たまごですか。そんな貴重なもの、この町周辺では滅多に手に入りませんよ」
「ふむ、ならどこにいけば手に入る?」
「そうですね……王都周辺までいけばさすがに手に入ると思いますが……。」
「王都はちょっと遠いな。なにか、鳥系の生物や魔獣はいないのか?」
「鳥系、というとコカリオンとかですか?あの魔獣はランクCからの依頼となりますので、テンさんには紹介することができません」
「別に討伐しようってわけじゃないんだ。ただ、巣かなんかからたまごさえ取ってこれたら……」
「簡単に言いますけど、たまごを守る親がどれほど狂暴になるかわかるでしょう?」
「まぁ、そうだな。俺だったら怒り狂うな」
「わかっているなら聞かないでください」
「ふむ……そうだな、手間取らせた。じゃあな」
あっさりと引き下がったことに若干の違和感を覚えたようだが、深く追求されることはなかった。
そのままギルドを出て、少し歩くと隣のエルミナが口を開く。
「で?なにを企んでいるのですか?」
口調が敬語になっている。これはなにか訝しんでいる時だ。
「討伐依頼がランクCからということは、この近辺にいることはいるんだろう、多分。だったら、ちょっと森の奥の方にいってたまたま見かける可能性だってあるわけだ」
「そんなことだろうと思いました。本当にいくのですか?」
「なに、無茶はしないさ」
「私が止めたところで聞かないとは思っています。ですが、無茶はしないという約束は守ってください。でないと、私はまた……」
また、でエルミナが言葉をきって真剣な眼差しで見上げてくる。
「ああ、わかってる。お前は一人にするわけにはいかないからな」
頭に手をのせて乱暴に撫でてやると、少し怒ったように手を払いのけられた。
これが反抗期か。
「ノアがいますから、私は別に一人になりません。ただ、ご飯が食べられなくなると悲しいだけです」
「ツンデレツンデレ」
「意味はわかりませんが、馬鹿にされたことはわかります」
はっはっはと笑いながら前を歩く俺の後ろを、頬を膨らませながらエルミナがついてきた。
キングギゼやら、その他ギゼやウルフを狩って素材や魔石を売っているおかげで、金はそれなりにたまっていた。
なので、コカリオンを前に装備を新調することにした。
ガトムの店に行き、最近力が上がったのならこいつを試してみろと言われた大剣を買い、少し頑丈な小手も買う。
よし、準備は整ったな。
「行ってらっしゃい、テン。気をつけてね」
「じゃあね、テン!おいしいごはん楽しみにしてるよ!」
「おう!まかせとけ!」
幼女二人に見送られて、俺は家をでた。
そのまま門の方へと向かい―――
「どこ、に、いくの?」
ミリアーヌと遭遇した。
「おう、ミリーか。実はな―――」
と、思わず言いかけたところで止まる。
いや言ってどうする。
俺はあくまでこっそりといって、こっそりたまごを持ち帰ってくる予定だっただろう。
ここでミリーに打ち明けてしまっては意味がない。
確実に怒られる。
「ちょっと、森まで……その、ギゼを狩りに」
「う、そ」
一瞬で看過されてしまった。
「嘘が、下手、すぎる」
「いや、あの~、別に嘘っていうわけじゃなくてな。ほら、その、本当にギゼは狩りに行くつもりだったんだ」
くすりと笑う妖艶な美女を前に、しどろもどろになってしまう。
「ギゼは、狩りにいく、つもり。じゃあ、ほか、は?」
マイペースで、おっとりとした喋り方をしているが、ミリアーヌは聡明で鋭い。
当たり前だ。
なにしろ相手はA級のソロ冒険者である魔法使いなのだから。
対して、ただの料理人である俺ができることは……!
「なぁミリー……腹、減ってないか?」
「減って、る」
飯を与えて見逃してもらうことぐらいだ!
門番に挨拶をしてから町の外へ出て、だだっ広い草原の真ん中。
そこに。
「はい、はい、はい、はい」
ポンポンポンポンとミリーがテーブルやら椅子やら出してくれる。
「まじで大容量のアイテム袋って便利だよな。俺もそれぐらい大きいやつがほしいぜ」
「このサイズ、だと、大金貨100枚、ぐらい。あなたなら、特別に、金貨100枚、でもいい、よ」
「かなりまけてくれている気がするが、それでも全然たりねぇんだよな~」
ざっくり日本円で換算したら金貨1枚が1万円。大金貨なら1枚10万円ぐらいだろうと思っている。全然違う可能性もあるが……。
だから、1000万円が100万円だから0が1個なくなっている。かなりまけてくれているのだろう。
だが、俺の貯金は装備を新調したというのもあるが、銀貨が数十枚程度。
とてもじゃないが払えない。
「アイテム袋の、値段は、人によって、全然違う、よ。私は、適当」
「だろうなぁ。でもそもそもミリーに頼む人っていなくないか?」
アイテム袋の作成にはかなり高度な空間魔法?次元魔法?とにかくそんな魔法を使える人じゃないと作れないらしく、作成できる人がそもそも少ない。俺が使っているぐらいのサイズは、魔法使いが練習で作る程度のサイズなのでそこそこ出回っているようだ。
ただやっぱり高度な魔法だけあって、練習こそすれ上達できる人は一握りらしい。
そんな一握りが、目の前にいる。
なのに、この町の冒険者たちがミリーにアイテム袋を作ってと頼んでいる姿は見たことがない。
「私は、使えない、ことに、している、から」
「あ、そうなのか。やっぱり、頼む頼むって言われてめんどくさいからか?」
「そう、だね」
「ふ~ん。でも俺の分はいつか絶対作ってくれよ!金は頑張って貯めるからな!」
「いい、よ。あなたのためなら、作って、あげる」
ミリーに特別扱いされたようで、少しだけ気持ちが浮つく。
「で、今日は、なにを食べさせて、くれる、の?」
「ん?ああ、この前クリームシチューってやつを作ったんだよ。ほら、あの時倒したキングギゼの肉を使って」
「噂は、聞いた。子供たちが、うれしそうに、話していた、から」
「そうそう。あのあとは結局会えなかったからな。次あった時一緒に食おうと思って2人前だけ置いといたんだよ」
アイテム袋から凍って固体となったシチューを取り出し、器に置く。
氷漬けになっている固体をまじまじと眺めて、ミリーが問いかける。
「どうやって、凍らせた、の?」
「保存しようと思った時にふと凍らせたら長持ちするんじゃないかと思ってな。ミリーに魔法を教わっただろ?火も水も出せるなら氷も出せるんじゃないかと思って試してみたんだよ。ちょっと扱い難しかったし、少し脱力したが無事に冷凍できたってわけだ!」
「そ、う。魔法、上達してる、ね」
「いやいや、ミリーに比べたらこんなの。あ、いまから解凍するからちょっと待っ――」
待ってくれ、そう言おうとしたがミリーが触れた固体が一瞬で解凍され湯気まで立ち昇るのをみて言葉を失った。
「おいし、そう。いただき、ます」
ポン、と手を合わせていただきますというミリー。
自分がこの間やっているのを見て真似したのだろう。
それはいい。
問題は、ミリーの魔法制御力の高さだ。
ちょっと教わっただけでもわかる。
ミリーの実力がとんでもないということが、いまの短い動作に詰め込まれていた。
おそらく、極小の圧縮された炎をシチューの真ん中に打ち込んだのだろう。
それも解凍と温めがちょうどよくなる温度を見極めて。
シチューを凍らせただけでちょっとドヤ顔した自分が恥ずかしくなるじゃないか。
なんでこんなすごい魔法使いが、俺なんかとこうしてシチュー食ってるんだ?
まあそれはそれとして、やはりシチューは何度食ってもうまかった。
「おいしかった、よ。ごちそう、さま、でした」
いただきますと同じように、ポンと手を軽く合わせてごちそうさまをいうミリアーヌ。
年齢は知らないが、大人の女性だと思っているミリアーヌのその仕草は、少しだけ子供っぽく見える。
女性に年齢を尋ねるなど愚かな質問はしないが。
でもどうなんだろう。
異世界でもやっぱり女性の年齢を聞くのはタブーなのか?ちょっと試しに……いやダメに決まってるだろ。アイテム袋の値段釣り上げられたらどうするんだ。
水魔法で軽く作った器を洗い流し、風魔法を使い乾燥させる。
ミリーを見てたらずいぶん簡単そうに魔法を使うなと思うが、いざ自分で使ってみたらなんとも難しい。
きっちりすべて片づけてくれて、出てきた時と同じようにテーブルや椅子が袋の中に入っていく。
ほんと不思議だよなぁ、あんな大きいものがあんなちっちゃい袋の中に入っていくなんて。
「なぁ、ミリーの持っているアイテム袋の中で一番大きいやつってなんなんだ?」
なんとなく聞いてみると、ミリーの動きがぴたりと止まり、こちらを凝視する。
なんだ?なんか不味い質問でもしたのか?
凝視してくるだけで一言も発してくれないミリーに、不安ばかりがどんどん募っていく。
視線に耐えきれず、背中に嫌な汗が流れはじめていよいよ謝った方がいいか?と思い出した時。
「多分、重竜種の骨?だと、思う。でも、最近整理していないから、わからない……」
やっと話してくれた……!
「わからないって、自分でもなに入っているのかわからないってことか?」
「そういう、こと」
「そんなでけぇのか。すごいな」
「今度、整理、してみる」
「ミリーのことだからなんかすっげぇお宝とかでてきそうだな」
「価値が、わからない、ものも多い」
ちょっと楽しそうだな。
え、ていうか……。
「なぁもしかしてだけど、ミリーのアイテム袋の中にたまごって入ってたりしないか?」
「た、ま、ご……?」
なぜか思い切り首を傾げられた。
「そう、たまご。鳥類でも何類でもなんでもいいんだけどさ」
「たまご……」
今度は逆の方に首を傾げる。
え?なんで?もしかしてたまごがなにかわからないのか?いや、アインが知っていたんだから知ってるだろ。
ミリーの反応に戸惑っていると、ようやく再起動し、アイテム袋の中に手を突っ込む。
「ん、ん、ん……?な、い、な~」
アイテム袋から手を引き抜き、なぜかミリーの方ががっかりした様子を見せる。
「そうか。まぁしょうがないな」
ここでミリーにもらえたら話は早かったんだけどな。
「あなたの、目的は、コカリオン、ね?」
―――ギクゥ!!
「でも、あなたは、まだDランク……。だから、ギゼを狩る、と見せかけて、たまごを探しにいく、と」
さっきの間はそれを考えていたのか!?
くそ、ふと思いついたから聞いてしまったが、ミリーの頭の回転のはやさをなめていた!
俺が考えていたことをすべて当てられてしまった!
「えーっと……それは、だな……」
なんて言えばいい?
どんな言い訳を並べたらこの場を切り抜けられるのか……!
唸れ、俺の灰色の脳細胞!!
………………。
「頼むミリー!いやミリアーヌ様!見逃してください!!」
両手を合わせ、勢いよく頭を下げる。
なにも良い言い訳が思いつかなかった。
俺の脳細胞は死んでいたようだ……。
「いい、よ」
「え?」
なにを言われるかと思っていたら、まさかの承諾。
あっさりしすぎていて、思わず聞き返してしまった。
「い、いいのか?本当に?」
少し詰め寄り、改めて問いかけると、無言のうなづきが返ってきた。
「その、代わり」
来た!
そうだよな。黙ってといてやる代わりに対価をよこせ。そういうことだろう。
「な、なんだ?」
たまごのためなら多少の無茶はするが、さすがに命をかけることはできない。
「たまごを、使った料理、食べさせて、ね」
ミリーのお願いはちょっと予想外なものだった。
だが。
「はは、それならお安い御用だ。料理なら任せておけ。最高にうまいたまご料理を食べさせてやるよ!」
それは俺がもっとも得意としていることだった。
「で、あの……なぜミリアーヌ様が一緒に来ているんですか?」
いつもの歩きなれた森。
がさがさと落ち葉を踏む音は、二人分。
シチューを食べ、黙っておいてくれると約束を交わして別れた、はずだったが、ミリアーヌは少し離れた後ろを歩いてついてきていた。
「ミリーで、いい、よ。ギルドには、黙ってて、あげるけれど、あなた一人で、奥地は、危ない」
どうやら俺の心配をしてくれているようだ。
「それはありがたいが……もしギルドにばれたらミリーも怒られるんじゃないか?」
「私は、討伐ランクに達しているから、平気」
それもそうか。
俺はランクがまだ低いから遭遇したら逃げろと言われているが、ミリーの場合は討伐できるんだから逃げる必要がないのか……。
その後、ミリーのランクの話をしたり討伐した魔獣の話などをしつつ森の奥へ奥へ。
森の木々が深くなり、まだお昼をちょっとすぎた頃なのに薄暗い。
ウルフの遠吠えやギゼの声に混じり、聞いたことのない鳴き声が混じる。
しかし、勢い余ってきたものの、コカリオンの強さもよくわかっていないし、ほかにも強い魔獣とかいるんだろうな。
そういえば前にカイルがコカリオンやジンパルドって言っていたな。ジンパルドなんて名前から姿が想像もできねぇ……。
植生も徐々に変化していき、森の入口では見なかった実や草がある。
適当に採取していったら売れたりすんのか?
斑模様も毒々しい草を眺め、触れようか触れまいか考えて結局やめておくことにした。
今日の狙いはあくまでたまごだ。もしも毒草にあたったりなんかしたら目も当てられねぇ。
たまご、たまご……とつぶやきながら森を歩き、たまに聞こえる魔獣の鳴き声にびくっとして周囲を見渡す。
「大丈夫、だよ」
びくりとする度にミリーから言葉をかけられる。
それが、うれしいような恥ずかしいような……。
だいぶ慣れてきたとはいえ、まだまだ魔獣と戦うは怖い。ノアやエルミナの前では格好つけて余裕ぶっているが実際にはいまだ手が震える。
弱腰になる己に叱咤し、無理やり剣を振る。
今も突然現れたギゼを、内心ドキドキしながら両断した。
「おぉ~」
パチパチとミリーから控えな拍手を送られる。
「ガトムの親父さんにおすすめしてもらったが、確かに大剣の方が俺にはあってるかもしれねぇな」
今回、たまごを狙うにあたり装備を新調したが、その時に俺の体格だと片手剣よりも大剣の方がよいということで装備の変更を薦められたのだ。
「う、ん。そっちの方が、いいと思う。私、は、あまり知らないけれど、ガトムさんの助言は、いつも正しい」
大剣に変えての初戦闘だったが、ギゼの爪を剣でガードし、隙をみて大剣の一振りで首を切り落とした。
短剣、というかただのナイフを使っていた時に比べたらかなり安心感がある。
「それに、案外重くないんだよな」
重たいものだと思っていたが、別にいうほど重くはない。もちろん、ナイフと比べると重いが振り回せないほどではない。
俺の筋力が上がっただけかもしれねぇが。
「その人に、合わない武器を、ガトムさんは勧めない」
「それもそうだな。しかし、よく見ただけでわかるよな」
武器を変えようと思って、ガトムさんのところへ行き、2、3言葉を交わしただけなのに大剣に変えろと言われてしまったのだ。
これまで多くの冒険者たちを見てきた勘ってところなのか?
なんにせよ、多少立ち回りを変える必要はあるが、大剣の方がしっくりくるということがわかった。
ゴブリンやウルフ、ギゼなど森の入口でもよく見る魔獣を数体倒し、大剣の調子をなじませていく。
森を探索しはじめて2時間ほど経過したとき、ついにその時は訪れた。
「あった……」
見ただけでわかる。
あれが、コカリオンの巣だと。
禍々しい紫色の葉や木々に囲まれた巣。その中央に、鶏のたまごよりも二回りほどでかい、みたことないが多分ダチョウぐらいのサイズはあるたまごが三つ、置いてある。
あの禍々しい色は明らかに毒だな。毒のある草木で囲ってたまごを守っているというわけか。
「あれが、コカリオンの卵か」
「そ、う。巣と周りを、毒で侵して、自身の縄張りに、する」
「親がいないのは、毒で守っている安心感からか」
独り言のようにつぶやくと、ミリーがコクンと頷いてくれた。
「コカリオンの、毒は強力。並の生物なら、少し触れただけで、侵されて死ぬ」
「その並の生物に俺たちのような人間は入って……?」
「い、る」
「だよなーやっぱり」
さて、どうするか。
と、思案している俺をミリーが不思議そうに見てくる。
「そもそも、どうするつもり、だったの……?」
そうだよな。
その疑問はもっともだ。
「俺もどうするつもりだったのかわからん」
というかなにも考えてなかった。
なんとなく、にわとりのたまごみたいなものをイメージしていたがそんなわけないよな。
ここは異世界で、相手は冒険者でも恐れ慄くコカリオンとかいう怪鳥なのだから。
「呆れ、た」
呆れられてしまった。
ふぅ、と息を吐き、ミリーが毒の巣の手前まで近寄る。
そして、なにかを呟くとミリーの周囲に白い霧のようなものが発生する。
「氷漬けに、なりなさい。―――氷の棘」
白い霧が、毒の巣周辺へと一気に広がり、たまごだけを避けて周囲を氷漬けにした。
「うぉ!」
突如襲ってきた冷気と驚きに身を固まらせる。
一瞬で、森の情景が変化した。
あれだけ毒々しかった森の一部が美しい氷の世界へと変わったのだ。
「す、すげぇな……ミリーの魔法は」
「この程度なら、普通、だよ」
「そういうものなのか……?」
残念ながらほかの魔法使いを知らないから比べようがない。
ただ、ミリーはA級の冒険者だ。普通、ということは多分ない気がする。
戻ったらカインにでも確認してみるか。
「それより、ほら。道ができた、よ」
ミリーが指し示す通り、毒はすべて氷漬けになっており、たまごまでの道ができている。
「確かにそうだな。ありがとな、ミリー。一緒に来てもらってよかったぜ」
「滑るから、気をつけて」
「おう」
ここで滑って転んで氷柱に貫かれるとかいうのだけは勘弁してほしいからな。
一歩一歩慎重に進み、ついに卵の目前までたどりつく。
「これが、コカリオンの卵か」
卵自体に毒があったらどうしようかと思ったがさすがにそれはなさそうだ。
両手で抱えるほどのサイズ。
白でも茶色でもなく、薄く紫がかった、見たことないような色合いをしていた。
いまさらだけど、この卵って中身食えるのか?ここまで苦労して食べれませんでしたーはちょっと笑えねぇぞ……。
その場合だときっとミリーが止めてくれていただろう。
彼女はきっと、なんでも知っているからな。
そんなことを思いながら、自分のアイテム袋の中に卵を入れていく。
一番小さい要領のやつだが、三つぐらいなら入りそうだ。
いやでもさすがに全部取っていくのか可哀そうか……?
二個を入れたところで、少しだけ思案する。
生態系への影響とかそういうのを考慮しないとダメっていうのは一番はじめにギルドで聞いた気がするな。
そのことを確認しようと、ミリーの方を向くと、
「コカリオンは、危険だから。巣や、卵を見つけたら、潰すのが、鉄則」
「了解した」
俺がなにを聞くかわかっていたのだろう。
問いかける前に答えてくれた。
さすがミリー。
しかし、危険だからといって自分の巣や卵が帰ってきたら潰されているってどんな気持ちなんだろうな。
俺だったら、きっと怒り狂って暴れまわる。
心の中ですまん、と謝りながら三つの卵をすべてアイテム袋に収納する。
来た時と同じように慎重に氷の道を歩き、ミリーの元へと戻ってきた。
「よし!任務達成だ!」
「依頼では、ないよ」
「わかってるって!気分だよ気分。さ、親が戻ってくる前に―――」
帰ろうぜ、という言葉は最後まで言うことができなかった。
森に、耳を劈くような鳴き声が響き渡ったからだ。
思わず、足が止まる。
森の空気が、一瞬で変わった。
さきほどまで鳴いていたなにかの生物の鳴き声も。
風も、葉擦れも、森のすべてが息を殺している。
怒れる魔獣を、これ以上刺激しないように。
啼き声が、再び森を引き裂いた。
たしかに鳥の声だ。
けれど、音量が。音圧が、その概念の外にある。
まるで大木が根こそぎ倒れるときの轟音に似た何かが、あの甲高い啼き声の奥に混じっていた。
油断とか、侮っていたわけではない。
だが、心のどこかに隙があったのだろう。
これまで、何体か魔獣を倒してきたという自信が。
甘かった……。
これが、ランクCの魔獣……!
まだ鳴き声を聞いただけ。
だがそれだけで、テンの足は動かなくなった。
逃げろ、と頭の中で誰かが言っている。
それは自分自身なのか。それとも、元のテンの意識なのか。
全力で警報を鳴らしている。
なのに足が、膝が、まるで石になったように言うことを聞かない。
この異世界にきて、もう何体の魔獣を仕留めただろう。
戦いになれることはない。
例えギゼと戦うことになってもいまだに緊張はする。
しかし、二体、三体と重ねるうちにわかってきたことがある。
魔獣も結局は肉だ。
血が通っていて、急所があって、熱を加えれば火が通る。
恐ろしい見た目をしていても、冷静に観察すれば隙はある。
日本にいた時だって、別に食材となったものばかりを調理してきたわけじゃない。
結局のところ、根っこは変わらない。
そういう割り切り方が、いつの間にか身についていた。
油断ではない。慢心でもない。
ただ、経験だ。
だがそんな経験を無にするかのように、一線を画す魔獣の存在。
地を踏みならす音が徐々に聞こえてくる。
鳴き声がどんどん大きくなる。
逃げろ。
逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ……!!!
だが、足が動かない。
ただ、音のする方をじっと見据え―――
「逃げる、よ」
普段の様子となに一つ変わらない、少し間があく独特の話し方。
少し子供っぽい声色。
その声の主はミリアーヌ。
彼女が言葉をかけてくれたおかげで、世界の時が動きだす。
「あ、ああ、さすがにやばそうだな!」
あれだけ動かなかった足が、いとも簡単に動いた。
ミリーと共に、来た道を急ぎ足で戻る。
枝が顔を打った。
根に足を取られてよろけた。
構わなかった。
体が悲鳴を上げているのはわかったが、聞いてやれる余裕がなかった。
また、鳴き声が響く。
近い。
「あいつ、俺たちのこと追ってきてないか!?なんでわかるんだ?」
「親、だから?たとえ、アイテム袋に入れても、卵の場所は、わかる」
「え、じゃあ逃げきれないってことか!?」
「そ、う。どこまでも、追って、くる。あなたなら、自分の子供が攫われたら、どうする?」
「そりゃ怒り狂って追い回すな」
「そういう、こと」
鳴き声が、自分たちのすぐ後ろから聞こえた。
ちらりと背後を見ると、自分たちが避けた大木がなぎ倒されていた。
木の幹から、葉の隙間から、紫色の体毛が見えた気がした。
でかい……!
当たり前だが忘れていた。
卵のサイズがこれだけでかいのだ。
本体は、もっとでかいに決まっている。
忘れていたというより、考えたくなかったのかもしれない。
背筋を、氷のような何かが這いあがった。
あの鳴き声には重さがある。空気そのものを押しつぶすような圧があって、振動が背中から体の内側に入ってくる。
胃が縮む感覚。
これは―――
怖い。
一番単純な感情だった。
今まで感じたことのない種類の怖さだった。
魔獣を前にしたときの緊張感とも、はじめて血をみた時の恐怖とも違う。
もっと根っこにある何か。
獣に追われた人間が、何万年も前から持ち続けてきた、本能の底に刻まれた恐怖だ。
木々の感覚が広くなった。
少し先に、岩場が見える。
「あそこで、迎え、撃つ……!」
ミリーの言葉に正気を疑った。
迎え撃つ!?あれを?嘘だろう?
と、叫びそうになるのを必死にこらえる。
そうだ。
迎え撃つしかないのだ。
きっと、ミリーはすべてわかっていたのだ。
もし卵を入手したらこうなるということを。
それでもなお、自分と一緒に来てくれた。
だったら……俺だけ逃げるわけにはいかねぇよな。
「わかった。そう簡単にうまいもんが食えるとは思ってねぇよ。ついでに、あいつの肉も食ってやる!」
なけなしの勇気を振り絞り、己に喝を入れるように叫ぶ。
「いい、ね。コカリオンの肉は、きっと美味」
二人で笑い合い、岩場に飛び込む。
飛び込んだ瞬間、足がもつれた。
地面に手をついた。石で手のひらを切ったが、すぐに立ち上がり、背後を振り返る。
森が、割れた。
木が折れた。
根本からではなく、幹の中ほどから、まるで枯れ木のように。
そして、それをやったものがゆっくりと姿を現した。
鶏だ、と思った。
鶏だが、違う。
鶏の形をした何か、という方が正しい。
肩までの高さが優に3メートルは超えている。
羽毛は紫で、光の加減によっては青にも緑にも見える。
爪は木でも石でも砕けそうなほど太く、地面に食い込むたびに低い音を立てた。
首は長く、くねりながら持ち上がって―――その頂点にある顔が、テンをみた。
目が黄色かった。
怒りに染まる、黄色の瞳。
その中に、しっかりと自分が映りこんでいる。
これが、コカリオン……!
近づくな、出会ったら即逃げろと言われていたのが、こうして対峙してみるとよくわかる。
果たしてこれは、人間が勝てるような相手なのか……?
コカリオンの、嘴が開く。
身を竦ませるあの啼き声が、至近距離からたたきつけられた。
鼓膜が痛む。
頭の中が白くなる。
次の瞬間―――息が来た。
紫色の、靄のようなものが嘴から吐き出された。
勢いよく吐き出された靄が、触れた岩の表面を変色させ、草が音もなく萎れた。
逃げろ、避けろ!
頭に警告の声が響く。
だが、足が動かない。
また石になってしまったかのように。
靄が、自分のすぐ前まで迫り―――
一瞬、日本にいた時の記憶が浮かんだ。
熱い油、沸騰した出汁、慣れた手つきで握る包丁。
そのすべてが、いまの自分とひどくかけ離れていた。
あぁ、これが走馬灯ってやつか。
最後の最後の瞬間まで、俺は料理人なんだなと思い知らされる。
どこか、遠いところから声が聞こえた気がした。
「ぼーっとしてたら、やられる、よ?」
走馬灯を見ていた俺を現世に引き戻してくれたのは、またしてもミリーの言葉だった。
はっと意識を戻すと、紫の靄は自分たちを覆う光の壁のようなものに遮られていた。
「これは……?」
「ただの、防御、魔法。でも、コカリオンのブレスは、防御魔法も、浸食する、から、長くは持たない」
じっと、ミリーが俺の方を見てくる。
なにが言葉を発するわけではないが、その瞳は雄弁に物語っている。
―――大丈夫か?と。
大丈夫じゃない。
怖い。
逃げ出したい。
このまま逃げ帰って、あったかい飯を食って寝たい。
だが……!
奥歯にぐっと力を入れて。
力強くミリーの瞳を見返す。
ふっ、とミリーが息を吐き、緩く笑った。
―――もう、大丈夫だね。
そう言いたげに。
ミリーに一つ、うなづきを返して、コカリオンの方を見る。
新調したばかりの大剣を構えて、少し長く息を吐く。
気持ちを落ち着かせろ。
焦りや緊張は必ずミスが生まれる。
―――ピシリ、と光の膜に亀裂が入る。
もうもたないか。
だったら……!
「ミリー、防御魔法を解除してくれ」
「ん、わかった。気をつけて、ね」
「あぁ、まかせとけ!」
防御魔法が解かれ、テンは一気に駆けだす。
だが……。
防御魔法が解かれるのを待っていたのはテンだけではなかった。
駆けだしたテンの前に、爪が来た。
「…………!?」
息を飲む。
驚いているひまもない。
体が、勝手に動いた。
横へ。半歩だけ。
紙一重で爪先が空を切る。
風圧が頬を撫でた。
空を切った爪が地面に降ろされ、大きい音がなる。
重い。想像よりずっと重い。
そして、速い。
地を蹴る音すらなかった。
あれだけの巨体が、ほとんど音もなく跳び、一息でここまで接近されていた。
鶏みたいなもんじゃねぇのかよ……全然違うじゃねぇか。
鱗のようなものに覆われた太い前脚。
大剣でガードしたら、自分ごと吹き飛ばされるだろう。
テンからしたら必殺の一撃だが、コカリオンからしたらなんてことのない、ただ爪を振り下ろしただけ。
コカリオンは止まることなく、今度は左脚を振り上げる。
後ろに跳び、左脚をかわすと、そこに今度は嘴が襲ってくる。
ちょっとつつかれただけで体に穴が開くだろう。
咄嗟に、大剣を前に突き出してガード。まるで金属同士がぶつかり合ったような、甲高い音が響き、テンは後ろに弾き飛ばされる。
着地と同時に体勢を立て直して再び大剣を構える。
コカリオンもこちらを向き、嘴を開く。
あの啼き声だ。
だが、もうテンは怯まなかった。
怖くないわけではない。笑いだしそうになる膝を抑えるので必死だ。
それでも足は地を踏んでいた。
見極めろ。
コカリオンの動きを。
戦闘の勘ではない。そんなものは俺にはない。
俺にあるのは、この食材をどう捌くかという知識と経験だけだ。
繊維の向き、筋の走り方。
そういうものなら、ずっと見続けてきた。
魔獣でも、基本は同じだ。
重心が移動している。
筋肉が動いている。
右脚が、まるでボールを蹴るかのように鋭く振られる。
今度は避けなかった。
横へ滑り込みながら、前へと踏み込んだ。
コカリオンの首の付け根。鱗の薄くなっている部分。
捌くなら、まずここからだろ……!
大剣を、振るう。
刃が走った。
深くはない。だが、確かに切り裂いた。
赤黒い血が、一筋流れた。
コカリオンが悲鳴を上げた。
怒りか、痛みか。
暴れるコカリオンに弾き飛ばされないように体を丸め、まるで転がるように必死に後ろへ回り込んだ。
ここだ。
ここで、攻め切る……!
身体強化魔法を発動させて、首を切り落とす!
そう決めて、強化魔法を発動さえようとした時、
「待って!」
ミリーの、静止の声が響いた。
はじめてきく、するどい言葉。
咄嗟に魔法の発動をやめて、後ろに下がり距離を取る。
暴れていたコカリオンは不意に長い首を下に向け、勢いよく紫色の靄のようなものを吐き出した。
「毒か……!」
コカリオンを中心に広がる毒の靄。
「くそ、これじゃあ近寄れねぇ……!」
あと一歩、だったのかどうかはわからない。
必死だった。
たった数度のやり取りだけでこんなにも息は上がっているし、動きをとめると膝が笑いだす。
大剣を握っている手も、油断すると落としそうになる。
だから……。
「すまん、ミリー。あと、まかせていいか?」
後ろで、魔法陣を何個も展開させていたミリーに声をかける。
「う、ん。まかされ、た」
5個、いや6個か。
自分では到底制御できそうにないほどの術式を展開させて、それらすべてが一気に広がって空へと上がっていく。
「落ち、ろ。―――星墜」
ミリーが魔法を発動させる。
その時、影が落ちた。
コカリオンを、毒の靄ごと覆い尽くすようにすっぽりと黒い影が。
テンは、反射的に空を見た。
コカリオンですら、一瞬で沈黙し空を見上げる。
空に穴が開いていた。
いや、穴ではない。
黒い塊だ。
灼熱の縁を纏いながら、まっすぐに落ちてくる山ほどの岩の塊。
隕石。
まさにそう呼ぶにふさわしいもの。
テンと共に、茫然と見ていたコカリオンが我に返りはじめて後ずさった。
本能が命じたのだろう。
―――逃げろ!と。
だが、もう遅い。
轟音。
衝撃波がテンの体を地面に押し付けた。
耳がつぶれるかと思った。
土煙が壁のように立ち上がり、視界が消える。
熱気が、波のように押し寄せた。
そして、静寂。
ふいに風が吹き、土煙を払っていく。
ミリーの魔法か。
目の前の光景に茫然としながら、そんなことを思う。
そこには、クレーターがあった。
少しだけあった岩場は綺麗に消え失せて。
代わりに丸い穴が地に穿たれていた。
コカリオンの姿は、もうどこにもなかった。
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