メニュー1 ただ焼いただけの肉
まずい。
フォークで口に運んだ肉を噛み締めて、改めて思う。
まずい、と。
なんだ。
なんだこれは。
いやいや、なにかはわかっている。
『肉を焼いた』ものだ。
そう、ただただ肉を焼いただけのものだ。
塩も、胡椒も、香草もなにも使わず、火力の調整もせずにただ肉を焼いただけ。
これが、この世界の料理、なのか……?
いや、これは料理ですらない。
肉を焼いただけだ。
なんの肉かは知らないが、全く脂身がなく焼きすぎでパサパサしている。
あえていうなら、原始的な人間の食事という感じだ。
そっと他のテーブルを見て見ると、同じくタイヤのような肉をかみちぎってよくわからない液体を飲んで笑いあっている。
白いし、もしかして牛乳か?
自分のテーブルの上には水が置いてある程度。
これも頼まないと出てこなかった。
一口のんでみたが、ぬるい。
蛇口からそのまま飲んだ方が美味しいだろうっていうぐらいぬるい。
少し冷めた白湯だこれは。
これが、この世界の料理か……。
肉が刺さったままのフォークを、皿のようなものの上に置く。
カチャリと響く音がなんとも寂しい。
頭を抱えて天井を仰ぎみる。
元日本人に、
そして、
元料理人に、
この世界の料理はきつすぎる……。
日本にいた頃の名前は思い出せない。
なんか事故って死んだらしいということはわかる。
その日も遅くまで新作の試作をしており、帰るのが深夜になった。
あぁでもない。
こうでもない。
なんの調味料を合わせるか。
どんな調理法にするか。
人通りも、車通りも少なくなった道をぶつぶつと歩いていた。
信号が青に変わったのだけはしっかりと確認して、足を踏み出し――
強烈な光。
けたたましいクラクションの音。
覚えているのはそこまでだ。
そして―――
目が覚めると、テン・メンジャンという男に転生していた
意識がはっきりした時、夢を見ているのだと思った。
だが、自分を取り巻く環境の全てが、これが夢ではないと突きつけてくる。
さらに言うと、どうやらもともとの青年も死んだらしい。
死因ははっきりとはわからない。
自殺を図ったのかもしれないし、誰かに殺されたのかもしれない。
だが、外にでて周囲の人とコミュニケーションをとってみたが……まぁ、あまり好ましく思われていないのは確かだが、だからといって殺されるほどではないだろう。多分。
自殺した感じでもなかったのでおそらくなにか事故にでもあったのだろう。
まぁもうその辺りはどうでもいい。
一番の問題はこれだ。
過去を振り返るのをやめて現実と向き直る。
肉が突き刺さったままのフォークを。
食べ物を残すなんてことは死んでもできないので、顎に力を入れて無理やり引きちぎる。
火を通しすぎなんだよ。
いや、もしくはここまでウェルダンにしないといけないほど悪質な肉なのか?
一回厨房を見せてもらいたいが無理だろう。
無理だよな。
無理、でしょうね。
ちらっと覗くだけなら…………なんだあれ?火事か?
厨房?のようなところが客席から丸見えだったので覗いてみると、肉の塊を焼いているであろう光景が目に入る。
火に包まれた、肉塊がそこにあった。
なにをどうしているのかさっぱりわからないが、天井に届きそうなほどに炎が伸びている。
なんかこう……ウェルダンすらも可愛く感じる焼き加減だな。
しょうがない。
肉を無理やり、ぬるい水で流し込んで店を出る。
入るときはよく見ていなかったが、看板のようなものを見ると、
―――元王宮魔法師が焼く極上の肉が食べられるのはここだけ!
と宣伝文句が書かれていた。
なにやってんだよ王宮魔法師……。
ていうか焼いているのは料理人ですらなかったのか。
なら、しょうがないか……。
しょうがない、のか?
ともかくだ。
店で食うのがまずいのなら自分で作るしかない。
とりあえず、食い物が売ってそうな場所に行くか。
人の流れを見て、適当に歩いていると露店が並ぶ通りに出た。
というか、かすかにだがこの男の記憶が残っているのだろう。
なんとなくどういう町かわかるし、言葉も文字もなんとなくわかる。
「ここならなにか食材が売ってそうだな」
異世界の街並みにあまり興味はないが、知らない町、知らない世界の露店には興味がある。
築地の市場にきた気分で適当に歩く。
が、わからない。
この男は食にあまり興味がなかったようで、食材の名前がわからない。
見たこともない謎のフルーツや野菜、そして肉。
だがそれがいい。
未知の食材。
なんともわくわくするじゃないか。
どんな味で、どんな香りで、どんな調理法があうのか。
考えるだけでわくわくする。
野菜は、日本でいったらこれじゃないかなっていうのが何個あったのでそれを購入。
肉は、なんの肉かわからないがそこまで変なものではないだろう。
いくつか買いあさって、調味料が全く売っていないことに気が付く。
「すまん、どこかに調味料が売っている店はあるか?」
「調味料?ソルトやペッパーかい?そんな高級品がこの辺りで売っているわけないだろう」
肉を買った店の店主に聞いてみると、なんとも怪訝な表情とぶっきらぼうな口調でそう言われてしまった。
なんと。
塩や胡椒は高級品らしい。地球でいうところの何時代の話だそれは。
しかし困ったな。
塩や胡椒がないとなるとおそらく醤油もないだろう。砂糖もか?
なるほど、だからさきほどの店でも味付けがなくただただ焼いただけの肉がでてきたわけか。
ならばまずは調味料の確保だな。
塩、か。
海沿いの町にいけたらありそうなものだが……。
そのまま町をぶらついていると、ギルドというものを発見する。
なんかゲームみたいだ。
あまりしたことなかったが、話を聞いている限りこういうものだろう。
食材はあるとは思えなかったが一応入ってみる。
好奇心にはさからえない。
中に入るといかにも恰好をした男性や女性がいる。
日本だと確実に銃刀法違反になるごつい剣を背負っている人もいて少々びくつきながら案内してくれそうな人のところへいく。
「あら、テンさん。お久しぶりですね。」
受付嬢にそう言われた瞬間、一瞬で男の記憶が巡る。
あぁ、なるほど。
なぜかここには来ないといけないような感じになっていたが、この男の記憶か。
好奇心だけではなかったようだ。
「そんなに久しぶりか」
さも当然のように返事をするが、この子は一体誰だ。
なぜ名前は思い出せないのか。
この男が知らなかったのか、それとも興味がないから覚えていないのか……。
いやでもこの世界の美人判定がどうなっているのかわからないが、俺の目からみたら美人だぞこの女性。
「ええ、一か月は来ていませんでしたよ。てっきり餓死したものだと」
そういって受付嬢が笑っているがこっちは笑えない。
え、こいつの死因って餓死なのか?金も食料もあったぞ。
もしかして相当バカなやつだったんじゃ……。
なんでそんなやつに生まれ変わってしまったんだと思いながら受付嬢との会話を進める。
「なにか受けれる依頼があるか?」
「そうですねぇ、テンさんが受けられるのは―――薬草採取ぐらいですからね……」
どうやら大して活動もしていなかったようだ。
そのうえ、なにか含みのある言い方をされてしまった。
「エール草の納品依頼がありますよ。これ、受けますか?」
「ああ、頼む」
快諾すると受付嬢が少し驚いた顔をする。
「どうした?」
「いえ、薬草採取なんて俺がする仕事じゃねぇって言われるとばかり思っていたものですから」
バカの上に性格も悪かったのか。救いようがないな。
「どうせまた仕事首になってお金がないんでしょう?」
「よくわかったな。実はそうなんだ。だからより好みしている場合ではなくてな」
「だから言ったんですよ」
受付嬢がケラケラと笑って手を差し出してくる。
さきほどの含みのある言い方や、言われることを予想していたという話を聞くに、性格が悪かったのは確定だがそれでもこうして笑って対応してくれるこの女性は見事だな。
きっと嫌なこともいっぱい言われただろうに……。
自分はほとんど調理専門だったから、接客はあまりしてこなかったが、それでも時折クレームの対応はしていた。ほとんどが理不尽なものだったが。
そういうとき、自分がこの女性のように対応できていた自信はない。
そんなことを俺が考えていると、手を差し出したままの女性が小首をかしげる。
「受注しますのでギルドカードを出してください」
そんなものがいるのか。
「あーすまん、忘れてきた」
「はぁ、ほんとにテンさんは……。じゃあもう達成時でいいので薬草と一緒にもってきてください」
「すまんな」
軽く頭を下げると、受付嬢がまた驚いている。
「よほどお金がないんですね……まるで別人みたいです」
「少しは反省するさ」
ここまで言われるってほんと前のこいつはどんなやつだったんだ。
受付嬢との会話を終え、ギルドから出る。
さて、エール草の採取だったな。
思い出そうとするが、エール草が全くわからない。
そういえばさっきこんなの俺をする仕事じゃねぇみたいなことを言っていたって聞いたな。そのせいか。くそ、エール草を調べるところからかよ。
さきほどの露店へ戻り、草が沢山売っている店の店主に聞く。
「すまんが、エール草はあるか?」
「あぁ?エール草がこんなところにあるわけないだろう。欲しいなら森へ行くんだな」
「だよな。すまん、変な事いって」
やばい。売ってないのかよ。
エール草ってなんだよ。
まぁいい。とりあえず森へ行ってみるか。
町を歩いていてわかったが、時代は地球でいうところの中世辺り。車も自転車もない。交通手段はおそらく馬車。
馬車……か、あれは?
前から歩いてくるのは馬のような体格をした二本の角がある生き物。
どうみても馬より強そうだ。
というかあんなのが暴れたら人間に止められるのか?
通り過ぎるとき、無意識に解体する手順を想像していた。
筋肉質でうまそうだな。うまだけに。
くだらないことを考えていると、それが伝わってしまったのか馬もどきがちらりとこちらを見る。
深紅の瞳が自分を映す。
こわ……!
そそくさと立ち去ったが、馬も馬で得体のしれない恐怖を味わっていた。
こんな見た目だが大人しい生物なのだ。
結局町の中ではエール草というものを見つけられず、外に出る。
門をくぐった瞬間、風が変わった。
石畳の匂いも、人々の匂いもすべて吹き飛んで―――代わりに飛び込んできたのは、嗅いだことのない草の青さ。
広い。
地平線まで、ただ緑が続いている。
丘のうねりに沿って揺れる草の波が、風が吹くたびに色を変える。
銀色がかった薄緑、深い翠、黄味を帯びた穂先。
俺は黙って草原を見つめる。
日本での自分が死んだということ。
ここが異世界であることを実感した。
―――わけではない。
その時、俺が真っ先に思ったことは、
あの穂、麦に似てるな。粉にできるか?
だった。
ひざ丈ほどの草が群生している一角。
茎が太い。身の入り方が均一だ。雨風に強そうな形をしている。
さらに―――
あっちの葉、厚みがある。加熱したらどうなるんだろう。
あの紫がかったやばそうな草は……アクが強そうだが、さらせば使えるかもしれない。
視線が草原を滑る。
食材として、素材として、可能性として。
遠くに獣影が見えた。
さきほどみた馬に似た動物だ。
もしかしたら野生でもいるのかもしれない。
馬車として繋がれているものはさすがに食えないが、野生のやつなら食えるかもしれない。
肉付きはよかった。脂はどこにのっているだろう。やはり地球の馬とは違うのか。
と、頭が勝手に働く。
笑ってしまう。
俺はどうやら、死んでも料理人らしい。
「おい、どうしたテン。そんな怖い顔をして」
門を通してくれた門番が、突然立ち止まった俺に声をかける。
「ん、ああ、なんでもない。そんなに怖い顔をしていたつもりはなかったんだがな」
ただ、見ていた。
風が一度、強く吹いた。
草原がうねって、緑の波が地平線まで走った。
その瞬間だけ、俺は料理人ではなくなった。
広い。本当に、広い。
見たことのない世界の、見たことのない空の下で、俺はいま立った一人で立っている。
胸の奥が、静かに揺れた。
寂しいのか、うれしいのか。自分でもよくわからなかった。
ただ、熱いものがこみあげてきた。
―――さて、なにから試してやろうか。
風はまだ、草の匂いを運んでいた。
俺が知らない草の匂いを。
わくわくして、踏み出しかけた足を、ふと止めた。
振り返ると、町がある。
石造りの壁に囲まれた町。
あの料理屋で食った肉を思い出す。
焼きすぎて硬くなった肉を。
タイヤを食っているのかと思った肉を。
まずかった。
本当に、救いようがなくまずかった。
なのに誰も疑問に思っていない。
それが普通だからだ。
うまいものを知らないから。
うまいものを求めない。
―――もったいない。
心の底からそう思う。
もったいない、と。
これだけの素材が、町の外には眠っている。
ならば、この世界でみたらどれだけの素材が眠っているのか想像もできない。
俺はもう一度、草原を向き直った。
地平線の向こうに何があるかわからない。
どんな野菜があり、どんな実が生り、どんな動物が走り、どんな水が流れているのか。
だが、それがいい。
30年近く、厨房で生きてきた。
火の扱いなら誰にも負けない。
素材の声を聞くことなら、神様にだって負けない。
この世界には美味い飯がない?
いいだろう。
だったら俺が作ってやるよ!
待ってろよ!
まだ見ぬ食材ども!
こうして、元日本人にして料理人であるテン・メンジャンは踏み出した。
これは、1人の料理人による異世界の食の道を記した記録。
すなわち、
『異世界食道記』
で、ある。
読んでくださりありがとうございます。
不定期更新でゆっくりやらせてもらいます。
テンがこれからどのように異世界食材を調理していくのか。
またどうやって広めていくのか。
見守ってくださると幸いです。
よろしくお願いします。




