春斗の部屋
彼の家は十三階だった。
間取りは私の家より少し狭いけれど、
整った部屋で、お香のいい香りがしていた。
「一人暮らしには広くない?3LDKあるよね?」
メリが聞いた。
「寝室と、趣味の部屋と、仕事の部屋があって……」
「趣味? 仕事の部屋! すごいね!趣味はなになの?」
身を乗り出して私が聞くと、春斗くんは少し言いづらそうに答えた。
「絵です……。
下手なんですが、描いているときは何も考えなくていいから。
その時間が好きなんです」
本当は「見せて!」と言いたかった。
でも、見せるのは嫌そうだったので、言うのはやめた。
リビングの真ん中には、L字の黒い布の大きなソファがあった。
ダイニングテーブルはなく、
キッチンのカウンターにハイチェアが置かれている。
メリはソファに座っていた。
「何か飲みますか?」
春斗くんが聞いた。
「春斗くんは自炊しているの?」
「はい。外出はあまりしないので、ネットスーパーで買って、
簡単なものを作って食べてます」
「えらいね」
「えらくないですよ。
外食は好きじゃないし、作るのも苦じゃないので。
食べたいものを作ってるだけです」
「そうなんだ……」
春斗くんの家族はどこにいるのかな。
仕事は何をしているのかな。
今の時代は、人のことを根掘り葉掘り聞いてはいけないと娘が言っていた。
私は聞きたい気持ちを抑えて、タイミングを見て聞こうと思った。
「あの、それで何を飲みますか?
紅茶とコーヒーと緑茶があります」
「私は緑茶がいいな」
メリが言った。
「じゃ、私も緑茶で」
春斗くんはキッチンに向かった。
キッチンの作りは私の家と同じだった。
食器棚や冷蔵庫が違うだけで、こんなにも雰囲気が変わるのかと思った。
若いのに、緑茶の茶葉を用意してあるなんて珍しい。
やかんでお湯を沸かしている間に、急須に茶葉を入れていた。
私はソファに座り、部屋を見渡した。
テレビはなく、ソファと小さなテーブル、
それから音楽用のスピーカーが置いてあるだけだった。
「音楽でもかけますか?」
「うん。ボサノバがいいな」
春斗くんがスピーカーに
「ボサノバをかけて」
と言うと、やさしい音楽が流れ始めた。




