番外編2 本人次第
「マーガレット。そろそろ行こうか。」
「そうですね。行きましょう、ユーリス様。」
私たちは支度を済ませ、馬車に乗る。
だってこれから行かなければならない所があるから。
そして…迎えに行かなければならないから…。
馬車の中での私は緊張からか言葉も何も出なかった。
馬車の中は沈黙に包まれている。
だけど、そんな沈黙を破ったのはユーリス様だった。
「マーガレット、緊張しているのか?」
「…はい。ものすごく…」
緊張するよ…
だって、私たちが迎えにいくのはレイスだから。
レイスは私の殺害をお兄様に依頼した張本人。
彼の行動は全て自分の父を殺害した私のお父様への復讐のために私の殺害を依頼した。
私を殺害すればフィーレス家は終わると踏んだレイス。だけど、それは未遂に終わった。
彼のお父様は食中毒で亡くなった。
それもお父様の焼いたクッキーで。
だからレイスは私のお父様が自分の父親を殺害したんだと思った。
だけど、レイスは知らなかった。
そのクッキーで私のお父様も食中毒になっていたことを。そして、私のお父様は助かった。
もし、その事実を初めから知っていればレイスが罰を受けることはなかったはず。
そんな彼を迎えにいくのには理由がある。
お父様と私で彼に面会した時、彼に伝えた。
牢獄から出る日。
その日から私の執事に戻ってほしいと。
最初はもちろん断られた。
自分は主人を殺そうとした人間。
そんな人間がまたその主人に仕えるなどあり得ないと。何度も何度もお父様と二人で面会した。
来るたびに私は伝えた。
執事になってほしいと。
私の執事はこれからもずっとレイスしかいないと。
しつこかったからなのかもしれない。
だけど、レイスは最後の最後受け入れてくれた。
何度も面会したのになぜ緊張するのだろう。
自分でもよく分からない。
「心のどこかで不安なのだろう。あの男が本当に自分の執事に戻ってきてくれるのかが。」
「…確かに…そうかもしれません…。しつこく頼んでしまったから…それに、レイスは私から早く離れたいのかもしれないし…」
ここまで不安だとは思ってもみなかった。
口にすればどんどん言葉が溢れてくる。
そんな私の手をそっと握るユーリス様。
「大丈夫だ。もしあいつがお前の執事にならないと言うならそれで終わりだ。そして、あいつが本当に戻りたいと言うなら迎えてやるんだ。全部、あいつ次第なんだ。だから、何も不安に思うな。楽にしていればいい。」
ユーリス様の言葉はいつも私を安心させてくれる。
だからこの人が好き。
欲しい言葉をくれて、いつも優しいこの人が。
「ありがとうございます、ユーリス様。あなたの言う通り、レイス次第ですものね。」
「ああ、そうだ。だから、気にするな。」
「はい。」
私とユーリス様は牢獄に着くまでの間に色んな話をした。いつか二人でどこかに旅行に行こうかとか、今日は何を食べるとか、そんな話。それと、ユーリス様はお腹に手を添えゆっくりと撫で、私たちの子が男の子なのか女の子かどちらなのかをすごく楽しみにしている。子どものことを話すユーリス様の表情は緩んでいて可愛いと思う。本人には言わないけどね。
そしてついに、馬車が止まった。
「着いたようだ。降りようか、マーガレット。」
「はい。」
先にユーリス様が降り、私に手を差し伸べる。
私はその手を取り、慎重に馬車を降りた。
そしてすぐ近くに牢獄から出たレイスの姿を見つけた。
「レイス…!」
「…マーガレット様…。」
私は思わず走りそうになったけど、ユーリス様に慌てるなと少し怒られてしまった。
「レイス…。」
「……。」
何も言葉を発しないレイス。
今何を考えているのだろうか。
でも、ユーリス様に言われたもの。
全部レイス次第だと。
「レイス。私、あなたに執事に戻ってほしいと言ったけれど、あなたが嫌ならいいの。あなたがどんな選択をしても私は怒ったり、嫌ったりしない。あなた自身の選択を…あなた自身の気持ちを私は尊重するわ。」
どんな選択をしても構わない。
もちろん、一番望むのは彼が私の執事として戻ってきてくれること。だけど、彼の意思は違うかもしれない。嫌なことをさせるのは良くないことだから。
だから、彼の選択を尊重するの。
「…マーガレット様。僕は…あなた様の執事に相応しい人間ではありません…。」
「…そう…」
「でも、ずっとあなたを見てきた…。強いけれど、本当はか弱いあなた様を。僕はやってはいけないことをしました。だけど、あなた様がもう一度、必要としてくれるのならば、マーガレット様のおそばに…執事として居させてください…。」
「…レイス。それがあなたの本心?」
「はい。」
「その選択に後悔はしない…?」
「しません。絶対に。」
「…分かったわ。」
やっと聞けた。
レイスの本心を。
安心した。
私の執事としてそばにいたいと言ってくれたから。
「…おかえり、レイス…!」
「ただいま戻りました…マーガレット様…!」
彼は涙ながらに私を見つめ笑った。
その涙につられて私も涙を流し、そしてレイスに答えるように笑った。
「レイス。」
「ユーリス様。」
「俺はマーガレットを傷つけようとしたお前を許さない。」
ユーリス様の言葉に表情を固めるレイス。
「だが、今日までマーガレットがお前を忘れたことなど一度もなかった。ずっとお前の帰りを待っていたんだ。マーガレットの執事に戻るのならば、お前の人生をかけてでも、マーガレットに尽くせ。執事としてな。それに、俺も毎日そばにいれるわけではない。俺がいない時は不安だ。お前も安心できる相手ではないが、いるといないとじゃ全然違う。」
「…ユーリス様。」
「だが、これだけは覚えておけ。次、またマーガレットを傷つけることがあれば…その時はお前の命をもらうからな。」
その言葉に背筋が凍ったのは私だけじゃない。
その言葉を言われた張本人のレイスはもっと恐怖したことだろう。
「ユーリス様。失った信頼を取り戻すことは簡単なことではないことは理解しています。これからは必ず、人生をかけてでもマーガレット様に仕えます。」
「言葉だけでなく行動で示せ。分かったな。」
「はい。」
レイスの顔つきが変わった気がした。
吹っ切れたように、そして心機一転、これから頑張らなければという表情をしていた。
「ユーリス様、ありがとうございます。レイスを受け入れてくれて…」
「マーガレットの望むことならなんだって叶えてやる。だけど、これは仕方なくだから。」
「ありがとうございます、ユーリス様…!」
私はユーリス様の手を握り馬車へと乗り込んだ。
行き道とは違う。
今はレイスも一緒にいる。
昔に戻った気分…
これからまた始まるんだ。
新たな生活が。
そして戻ってきた日常が。
早く…このお腹の子にも会いたい。
そして私の大好きな人たちに早く会わせてあげたい。
そのためにも私は元気でいないとね。
お腹にいる我が子へ。
元気にすくすく育つんだよ。




