第025話 “暴食”の微笑
ここは美多摩市の某所。無数の木々が並び、緑の葉が生い茂る、自然豊かなエリアである。そんな場所に彼らの根城はあった。
「申し訳ありません、ベルゼ様」
ベルゼの根城に帰還した彼の親衛隊の一角・フライ。彼は開口一番、ベルゼへの謝罪の言葉を口にした。そのまま彼は話を続ける。今日の出来事を主に報告するために。
「噂通り、ルシフェリアは人間の少女に取り憑いているようです。そして、その少女の意思を奪うことなく、デビライズも……」
「……それで?」
漆罪魔・ベルゼ――フライの主である。彼はライトグリーンの綺麗な髪を弄りながら、退屈そうに部下からの報告に耳を傾けていた。
「私も手近な人間を捕え、デビライズして交戦したのですが……。まるで歯が立ちませんでした」
「それでそのザマ、ということかな?」
フライの身体は傷だらけでボロボロだった。骨が折れ、表皮もあちこちが裂けて血が流れている。魔族でなければ立ち上がることすらままならないだろう。
「お、お恥ずかしながら……」
「そうかい」
部下が重傷であってもベルゼは意に介さない。はっきり言って興味がないのだ。
「要するに、ルシフェリアを舐めてかかってコテンパンにやられた、ということだろう?」
「は、はい……」
「それならそうと早く言いなよ。今更取り繕おうとしても無駄なんだから」
「申し訳ありません……」
何度も頭を下げるフライ。だがベルゼ相手には意味がない。
「……なぁフライ。先程から謝っているのは何故だい?」
「えっ?」
「ボクの顔に、謝ってほしいなんて書いてあるかな?」
「そ、それは……」
ベルゼの口調は非常に静かだった。だが、怒りを込めていないわけではない。単に彼が怒りで声を荒らげるタイプではない、というだけだ。
「そもそも、だ。謝るにしても、キミは謝るべき理由をまるで理解していない」
「え……?」
彼は淡々とした口調で部下の誤りを指摘していく。
「ボクがキミに与えた命令は何だったかな?」
「そ、それは……」
「それは?」
部下を追及し、追い詰めていく。
「る、ルシフェリアの潜伏先を探ること……です」
「そうだね。覚えているよね?」
「も、もちろんです」
「フフッ。それじゃあ……」
彼は笑みを浮かべている。目の前の部下を追い詰めていく過程が堪らなく楽しいのだ。
「キミはどうして戦いなんて挑んだのかな?」
「わ、私の魔力の波動を追ってくる人間がいたので攻撃したところ、実はその者がルシフェリアの依代でして、やむなく……」
「つまり、ルシフェリアに挑むつもりはなく、あくまで成り行きでそうなった、と?」
「は、はい……」
配下の男は正直に語る。しかし、主の方は納得がいっていない。
「正体がわかった時、キミは逃げようとしたかい? しなかったよね?」
「そ、それは……」
「命じられてもいないのに戦い続け、結果コテンパンにのされて逃げ帰った。……とんだ大失態だよね?」
「う、うぅ……」
主にどんどん追い詰められ、もう呻くことしかできないようだった。
「これでキミの反応を追跡され、この場所が見つかってしまったらキミのせいだ。せっかくボクらが極限まで力を抑えて気配を殺しているというのにね」
「も、申し訳ありません! 申し訳ありません……!!」
彼はもう、謝ることしかできなかったのだろう。だがベルゼは謝罪など求めていない。すでにそう告げている。
――ゴッ!!
フライの頭を鷲掴みにするベルゼ。そしてそのまま地面へ叩き付けた。
「がぁっ!?」
「謝罪は要らないって言ったよ。ま、この軽い頭じゃ覚えられないか」
ベルゼは微笑む。まるで下等生物を嘲笑うかのように。そして放るようにフライの頭から手を離した。
「ぐぅ……」
「さて、改めて訊こうか。キミは何故、ルシフェリアからすぐに逃げなかったんだい?」
「そ、それは…………。て、手柄を立てて、ベルゼ様のお役に立てれば、と思いまして……」
また沈黙すればどうなるか察したのだろう。今度はすぐに返答した。
「そっか、ボクのためか。そっかそっか」
「え、ええ。そうなのです。全てはベルゼ様の……」
「全てはベルゼ様のため」――フライはそう言いかけたのだろう。だが言い終えるより先に、彼の口と身体は離れた。
もちろんこれは彼の能力ではない。ベルゼの放った蹴りの風圧で、フライの首が刈り取られたのだ。彼の鮮血が木々を赤く染め上げる。
「何がボクのため、だ。ボクがどれだけルシフェリアを食い殺すのを楽しみにしているのかも知らずに……」
主の願望すら知らずに主のためなどと宣う輩がベルゼは心底嫌いだった。
「おっと、ボクとしたことがつい怒りを露わにしてしまったよ。魔王たるもの、簡単に怒りを露わにするようじゃまだまだだよね……」
風の力を操り、ブーツに着いた血を吹き飛ばしていく。何事もなかったかのように、ブーツは元の綺麗な黒光りを取り戻す。
「辺りに飛び散った血は後で“ムーシュ”にでも片付けさせようかな。彼女はボク以上の綺麗好きだし」
独り静かに呟き、ベルゼは玉座に腰を下ろす。部下たちが簡易的に作った木製のものだ。
「……材質的にはこちらの方が落ち着くけど、やっぱりプライド城のあの座がほしいね」
元はルシフェリアが鎮座し、今はサタナスが勝手に座っている魔界を統べる者の座。その座を手にするため、ベルゼは動き始めていた――
「只今戻りました」
その声と共にベルゼの前に現れたのはムーシュ。ベルゼ親衛隊に所属する女性。ベルゼやフライと同じく虫型、正確には蝿型の魔族だが、ベルゼ同様美しい姿をしている。
また、かなりの綺麗好きでもある。辺りに飛び散った血の跡を見れば、主の命令など無くても勝手に掃除を始めるだろう。
「ムーシュ、ちょうどいいところに。実はこの血……」
「その前にご報告があります」
「…………」
主相手だと言うのに食い気味である。整った顔立ち、綺麗好きの他に気が強いというのも彼女の特徴だろう。
「ベルゼ様の依代に相応しい人間を探しておりましたが、ようやく候補が見つかりました」
「本当かい!? それじゃあ早速どんな人間なのか教えてもらおうかな」
ムーシュの報告に、ベルゼは目を輝かせていた。つい先程、部下を一体殺害したばかりとは思えないほどに。
「可愛らしい外見とそれにそぐわぬ食欲。そして『悪しき欲』が芽生えつつあります」
「へぇ、それは楽しみだね。“暴食”を司るボクとマッチしてくれるといいのだけど」
魔族と人間のデビライズの鍵となるのは人間の「悪しき心」。程度に個人差はあれど、「悪意」を全く持たない人間などほぼ存在しない。だから理論上はどの人間とでもデビライズは可能である。
だが、より強い力を発揮するためには「悪意」の強さや質が重要となる。ベルゼもこの事実を知っていた。そのため彼は部下たちに、理想の依代となり得る人間を探させていたのだ。
「フフッ。それじゃあ早速、その人間に会いに行こうかな」
「ハッ! それではご案内いたします」
ベルゼとムーシュは飛び立ち、美多摩市の夜空を舞う。お目当ての人間に取り憑くために。
「待っててね、ルシフェリア。もうすぐキミを、美味しく喰らってあげるから」
ベルゼの歪んだ笑みが、美多摩市の夜空に溶けていく――
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続く第26話も投稿しております。よろしければお読みください。




