21 「私が死んだら」
「会いたい、ですか? ……ええ、それはもう。岩石王はあなたに会いたくてたまらないでしょう! あなたが戻れば《日食》を待たずに復活出来るんですから」
スクルージがわざとらしく笑う。
「……」
ミスリルの目つきが変わった。
「わっ……私に会いたいって……そういうこと?」
「あ〜いや。僕も伝え聞いただけですからね」
スクルージの目が泳ぐ。
「闇の王国に戻れば分かりますよ! それで解決。」
彼が両手を合わせた。
「王国に戻るって……。それ……魔鉱石として取り込まれるってことでしょ? ……そしたら私、死ぬんだけど」
ミスリルが苦笑いする。
「……《死ぬ》? ははっ! 死ぬって言葉を使うのは生き物だけですよぉミスリルさん。あなたは魔鉱石で、あなたの意識は、岩石王の一部を安全に守るために存在してるんです」
スクルージがミスリルをバカにするように笑った。
彼はイライラしているようだ。
頭を乱暴に掻きむしり、ひきつった笑みを顔面に貼り付けている。
「あはは……。そっ、そっか……鉱石ね。……うん、私魔鉱石」
ミスリルが恥ずかしそうにうつむいた。
スクルージの態度にビビってしまっている。
「いかがです?」
スクルージがきいた。
彼は片足を小刻みに揺らしている。
「えっと……えっと。……お父さんもあなたも……私の自我の生き死には全然興味ないってことは分かったかな……」
ミスリルが遠慮がちに言った。
「は?」
スクルージが目を丸くした。
片足の揺れが止まる。
「なに? なんなのコイツ……。イライラするなぁ」
スクルージがつぶやく。
「一丁前にさぁ……石がよぉ……。頭働かせてんじゃねぇよ……」
ミスリルが泣きそうな顔をした。
「おまえになんかなぁ……人生も何もないんだよ!」
おい流石に我慢できねぇぞ……。
立ち上がろうとすると、ノーミードがおれのケツに指を突き刺した。
きゅうぅ!!!!!!
何すんじゃぁ! この女ぁ!!!
そう心の中で叫ぶ。
ノーミードは笑いを堪えると、「まだダメ」と、首を横に振った。
まだあいつ泳がす気かぁ?
スクルージは挙動不審のまま、右手の人差し指あたりを掻きむしっている。
あいつ……。なんかずっと焦ってんなぁ?
人差し指……。
指ぃ。
……あぁ、指輪か。
サイレンスが作る〈魔法の指輪〉
受け取ったものは魅了にかかり、岩石王の手下になる。
王国の酒場でおれを襲った暗殺者と同じだ。
じゃあ、スクルージも〈沈黙の使者〉で確定かぁ?
でも変だぜ……。
妖精王が魔法の指輪を見落とすか?
「……もう、おっ怒んないでよぉ……。ぐすっ。アンタ誰だよぉ……。人生って……私だっていらなかったよぉ……」
スクルージの罵倒を受けて、ミスリルが頭を抱えた。
「じゃあさっさと人生終わらせろよ! とにかくオオカミになって、それで……」
「うるざいな゛ぁっ!!!!!!」
スクルージの言葉をミスリルが遮った。
今まで聞いた中で一番大きな声だった。
「うぁぁ、もう! 大声出すなよ」
スクルージが慌てた。
ミスリルに大きな声を出されると思ってなかったようだ。
「……自分が魔鉱石ってことくらい……私が一番分かってるよぉ! ……何したって……どうせ死ぬ運命なのも知ってる!」
ミスリルがうつむいたまま、強く言う。
垂れた銀の髪が、彼女の表情を隠した。
「ねえあなた……死って知ってる? 私は知らなかった……。でも……あのオオカミを見た時……泣いてる子供たちを見たときに、急に感情が流れてきて……私も一緒に辛かった。苦しかった。……死って、心が寂しいんだね」
「カジバは……私に目的をくれた……。《ハルジオンを見返そう!》って。……私は頑張って……ちゃんと見返せて嬉しかった。でも……また目的がなくなっちゃって……」
ミスリルは表情を歪めた。
スクルージはイライラしながら辺りを見渡している。
「みんなが言うし……聖剣になろうかなって思ったけど……。やっぱり怖かったし……。最近カジバは聖剣より〈銃〉って武器の事ばっか考えてたし……。そのうち『おまえ、いらない』って言われるかも……とか。色々、色々……」
銃?
あぁ〜。
旅の道中で、おれが〈銃〉についてブツブツつぶやいたの、聞いてたのかぁ……。
「この森に来た時も……ずっと……どうしたらいいか分かんなかった……。エルフさんたちが私を怖がってるのが分かった。……言ってないけど顔で分かった。『出てけ』って心ではみんな思ってる! ……そういうのは言わなくても分かるもん!」
ミスリルが感情を垂れ流す。
……もしかして、ずっと居心地わるかったのか。ミスリル。
たしかに、妖精王やサンタクロース、それに13人の子供以外のエルフは、歓迎の表情じゃなかったかもしれない。
「カジバは『聖剣は1本でいい』なんて言うし……。私の武器の《擬態》は危険って言われるし……。もう、わっがんないんだよぉ!」
ミスリルが言葉を振り絞る。
「……なんで石がこんなに考えなきゃダメなの……。私石だよ? ……じゃあなんで考えてんのぉ!!!」
「しらねぇよ」
スクルージは呆れていた。
心底めんどくさそうにミスリルを見ている。
ミスリル……おまえそんな風に。
「聖剣は1本でいい」ってのはそんな意味で言ったんじゃないんだ。
「っ時間だ! ……仕方ない」
スクルージは一瞬、月を見上げると、地面に並べた素材に手を当てた。
魔術の素材は円形に並んでいる。
何かを始めようとした彼の手をノーミードがつかんだ。
「っおまえ!!!」
スクルージが彼女を見て、目を見開く。
ん?
となりを見た。
ここにもノーミードがいる。
そっか、こいつ分身できるんだった……。
「ネズミくん。これは……〈交信魔術〉?」
ノーミードが低い声で尋ねる。
「あっ、あっ」
スクルージの顔が青ざめた。
ここしかねぇ!
おれはすかさず茂みから飛び出した。
「カッ……カジバっ……!」
ミスリルがおどろいた。
「ミスリル泣かすなぁ!!! お前ぇ、エルフの鍛冶師ってのは嘘だなぁ!?」
スクルージに向かって怒鳴る。
思えば違和感はあった。
「大陸の鍛冶師で戦鎚を知らない奴はモグリだ」と、ドワーフのみんなからおれは聞いていた。
スクルージは戦鎚を知らなかった。
戦鎚は100年前に勇者ハルマが《対石像用》に考案した万能武器だ。
今では、どの種族でも主要武器として採用しているらしい。
鍛冶師で戦鎚を知らないなんてありえねぇ。
「っ! カジバァ……」
スクルージがこちらをにらんだ。
「手、みせて?」
ノーミードがスクルージの革手袋を強引に脱がす。
彼の素肌が露出する。
そこに指輪はなかった。だけど、人差し指の付け根に濃いアザができていた。
「今は持っていないけど……前につけてたわね。指輪」
ノーミードがつぶやく。
「妖精王たちが森の外を警戒している隙をつくなんて」
「あぁっ!!! 失敗したっ、失敗したっ……!!!」
スクルージが取り乱す。
「ハメソ……ヘギウ……ムニ……ノホク」
彼はノーミードの拘束を解こうとしながら、なにかを唱え始めた。
「おだまり」
ノーミードがスクルージの頬をぶっ叩く。
スクルージは白目を剥き、吹っ飛んでいった。
「あらら。加減を覚えないといけないわね」
「ぐふっ、ああ……ダメだぁ。これじゃあ返してもらえない……僕の宝物……。嫌ダァ!」
スクルージが地面に頭を擦り付けた。
返す?
宝物?
「指輪を与えて魅了漬けにしてから、指輪を取り上げる。その後、命令を達成できたら指輪を返してやると脅す。こんなところか……」
そう言って、奥の茂みからハルジオンが出てきた。
「手元に指輪がなければ妖精王にも感知されない。随分悪知恵が働く奴だな」
「おまえいたのか」
「帰りが遅いからな」
ハルジオンが眉を上げる。
その後、彼はスクルージの方を見た。
「だが解せないな。そんな狡猾なことをサイレンスが考えるのか?」
ハルジオンが腕を組み、地面に並んだ魔術の素材を睨む。
「いるな……。裏に、魔術師が」
「どいつもこいつも僕の邪魔ばかり……。そうか、お前らも指輪が欲しいんだな? ボクだけの宝物ぉ、狙ってるんだなぁ!」
スクルージがにらんだ。
「魅了にかかったやつって、こうなんのか……。目がイってるぜ、あいつ」
大きく口を開けたデックの唇から血液が落ちた。
その血が、魔術の素材の上に落ちる。
「あ」
ノーミードが一言だけ言った。
魔術の素材から紫の炎があがる。
「あ? なんか発動したぞ?」
「あぁっ! どうしようっ。なんて報告すれば……」
スクルージが頭を抱えて狼狽える。
この発動は彼にとっても予想外だったようだ。
「うぅ! 魔鉱石! 一緒に来い!」
スクルージがミスリルに手を伸ばした。
ミスリルは悲しそうな表情をすると、スクルージに少し近づいた。
「私は……確かに魔鉱石だけど、こうやって考えたり話したりするのは私の自我だから。私の自我がどうでもいい人たちとは絶対一緒に行かない」
ミスリルがキッパリと言った。
「かっ、カジバはさ……何考えてるか分かんない時もあるけど、私のこと人間だって言ってくれたから。《人間試験合格》だって……。イルザさんやノーラさん、桃頭も、一緒に食事したり、寝たりしてくれる。私はそういう人たちの所で……」
「よく喋る石だなぁ! おまえの意思なんかどうでもいいんだよぉ!」
ミスリルの言葉をスクルージが遮る。
おれはミスリルの元に駆け寄る。
「ごめんな! おれ、おまえの気持ち全然分かってなかったよな」
「ううん。私、カジバに『聖剣になってくれ』って言って欲しかったんだ。『聖剣になるのやめていいよ』じゃなくて……。でも……私がちゃんと言わないと、ダメなんだよね。」
ミスリルがこちらに笑いかける。
「私、聖剣になりたい」
「ちゃんと伝わったぜ……おまえの心」
「魔術が発動しきる前に、あいつをなんとかする!」
ハルジオンは腰の短剣に手をかけた。
「待って! 私に……私に……やらせてください!」
ミスリルがハルジオンに言った。
「お前……」
ハルジオンが目を見開く。
「あなたがずっと私を疑ってるのも、私の剣を使いたがらないのも、正しいと思う。私が疑わせてたようなものだもん。孤独な石のまま、私には関係ないって、いつも目を逸らしたかった。でも、ふたりが土に埋まって、いざ孤独に戻ったら寂しかった。みんなこんなに寂しい思いをしてきたんだって気づいた。カジバも、あなたも、子供たちも……」
ミスリルが言う。
「私は……だれかに認められたいし、だれかと繋がっていたい……みんなの側にいたい……」
「……それはお前の言葉か?」
ハルジオンが尋ねた。
「うん、私の言葉」
ミスリルがうなずく。
「……ったく。なら人を助けろ。自分の力で信頼をつかめ。それしかない」
ハルジオンが短剣からゆっくりと手を離した。
「みんな大事な思いを俺たちに託している……。お前はもう、1人ではいられないぞ」
「この戦いに命がかかってるのは……私だけじゃない。みんな、私なんかよりずっと脆い体で戦ってる。みんなの力になりたい……」
「なら頑張れ」
「はい」
ミスリルがおれの方を見た。
「カジバ! お願い、私に力を貸して」
その言葉につい笑みが溢れた。
「その言葉待ってたぜ! カジバのチカラ、お前に全部やる!」
彼女の手を握った。
「行くぜぇ、錬成!!!!!!」
ミスリルが光り輝いた。
辺りに火花が散る。
おれの手元に、美しい銀の長剣が現れた。
「やっとお披露目だぜ。鍛冶ギルドのみんなのアドバイスを経て進化した、おれの自信作……」
おれは長剣を掲げる。
「《レヴェルⅡ》だ」
「鍛冶師!」
ハルジオンが手を出した。
長剣を彼に渡す。
「どうする? まさか切んの?」
ハルジオンにきいた。
「切らん。まずはあいつの魅了を解く」
ハルジオンが長剣を握った。
「できんの?」
「多分。まぁ荒療治だがな」
ハルジオンはミスリルの剣を片手で持つと、自身の顔の前に掲げた。
長剣の剣身が激しく光り始める。
ハルジオンはそのままの体制で、スクルージにゆっくりと近づいた。
「お前、そんなに指輪が欲しいのか?」
ハルジオンがスクルージに問いかける。
「指輪! あぁ! ……あぁ。……あぁ?」
スクルージの様子が変わっていく。
彼はミスリルの剣が放つ光に目を奪われていた。
「それはなんだぁ……その光はぁ……宝物よりもきれいな……」
スクルージがミスリルに向かって手を伸ばす。
ハルジオンは一瞬のすきをついて、剣を持っていない方の手で腹に一撃を入れた。
「き、きれいな……」
スクルージが倒れ、気絶する。
「今、何したんだ?」
「あいつにかかった魅了を、ミスリルの魅了で上書きした。これで誰かさんの命令に従う必要はない」
ハルジオンはそう言うと、紫の炎をにらんだ。
「おい聞こえてるんだろ? 魔術師!」
彼が光に向かって言い放つ。
少しの沈黙。
「……ふふっ。アハハ。失態だわぁ」
沈黙を破ったのは女の声だった。紫の炎から怪しい声色が響いている。
「そこにいるのは誰かしら? 様子が見れないのが残念。どうやら〈魔力放出〉を使えるようだけど……ヒルデブラント以外にこんな逸材がまだ大陸にいたのね……」
「お前は何者だ?」
ハルジオンがきく。
「……私は〈沈黙の魔女〉。岩石王の妻。また、いずれ会いましょう」
女が言い終わると紫の炎が消えた。
円形に並んだ素材は跡形もなく消えていた。
「岩石王の妻だと……?」
ハルジオンはレヴェルⅡをおれに返すと、あごに手を当てて難しい顔をした。
おれはミスリルのモーフィングを解く。
ミスリルは人間の姿に戻ると「ふう」と、息をついた。
「ねぇ、カジバ。私が死んだら泣いてくれる?」
ミスリルがおれの目をまっすぐ見た。
「私が死んだら悲しい?」
おれは一瞬声が出なかった。
「……悲しいよ」と、声を絞り出す。
「もし私が死ぬときはさ、そばにいてね。……そしたらきっと寂しくない」
ミスリルがゆっくりほほえんだ。
彼女は優しい目をしていた。
自分の目から、一筋の涙が流れたのが分かった。
ずっと心に閉じ込めていた感情が、どっと溢れ出すのが分かった。
両親との幸せな記憶。
……両親の最期。
職人殺しからおれを逃すふたり。
背後から聞こえる大きな衝撃音と叫び声……。
結局、おれは逃げてから、ずっと洞窟で震えていた。
「絶対にふたりは帰ってくる」と言い聞かせながら。
翌日もその次の日も、おれは外に出なかった。
ずっと心残りだった。
両親を助けに戻らなかった。
両親の側にいなかった。看取ってあげなかった。
結局、両親がいた場所に戻ったのは、ドワーフに拾ってもらったずっとあと。
当然そこには何もなかった。
戦いの痕跡も、ふたりの死体も。
結局、墓も作らなかった。信じたくなかったからだ。
「……って、今泣かないでよ」
おれの涙にミスリルが苦笑する。
「いやぁ。これは汗だし。……あちぃ〜」
「……私が死んだら、いっぱい泣かせてやるから」
ミスリルが優しく笑った。
「だから、カジバは私より先に死なないでね」
「死なねぇよ。ふたりともな」
そして、密かに心に誓う。
今度こそ、出来なかったことをやろう。
どんな形であっても、おれは最期まで、ミスリルの側にいると。
またみてね!




