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カジバノチカラ - 鉱石少女がエクスカリバーになるまで -  作者: 上田文字禍
第1部 「新たなる奇石」
22/42

21 「私が死んだら」

「会いたい、ですか? ……ええ、それはもう。岩石王はあなたに会いたくてたまらないでしょう! あなたが戻れば《日食》を待たずに復活出来るんですから」

スクルージがわざとらしく笑う。


「……」

ミスリルの目つきが変わった。

「わっ……私に会いたいって……そういうこと?」


「あ〜いや。僕も伝え聞いただけですからね」

スクルージの目が泳ぐ。

「闇の王国に戻れば分かりますよ! それで解決。」

彼が両手を合わせた。


「王国に戻るって……。それ……魔鉱石として取り込まれるってことでしょ? ……そしたら私、死ぬんだけど」

ミスリルが苦笑いする。


「……《死ぬ》? ははっ! 死ぬって言葉を使うのは生き物だけですよぉミスリルさん。あなたは魔鉱石で、あなたの意識は、岩石王の一部を安全に守るために存在してるんです」 

スクルージがミスリルをバカにするように笑った。


彼はイライラしているようだ。

頭を乱暴に掻きむしり、ひきつった笑みを顔面に貼り付けている。


「あはは……。そっ、そっか……鉱石ね。……うん、私魔鉱石」

ミスリルが恥ずかしそうにうつむいた。

スクルージの態度にビビってしまっている。


「いかがです?」

スクルージがきいた。

彼は片足を小刻みに揺らしている。


「えっと……えっと。……お父さんもあなたも……私の自我の生き死には全然興味ないってことは分かったかな……」

ミスリルが遠慮がちに言った。


「は?」

スクルージが目を丸くした。

片足の揺れが止まる。


「なに? なんなのコイツ……。イライラするなぁ」

スクルージがつぶやく。

「一丁前にさぁ……石がよぉ……。頭働かせてんじゃねぇよ……」


ミスリルが泣きそうな顔をした。


「おまえになんかなぁ……人生も何もないんだよ!」


おい流石に我慢できねぇぞ……。

立ち上がろうとすると、ノーミードがおれのケツに指を突き刺した。


きゅうぅ!!!!!!

何すんじゃぁ! この女ぁ!!!

そう心の中で叫ぶ。


ノーミードは笑いを堪えると、「まだダメ」と、首を横に振った。

まだあいつ泳がす気かぁ?


スクルージは挙動不審のまま、右手の人差し指あたりを掻きむしっている。

あいつ……。なんかずっと焦ってんなぁ?


人差し指……。

指ぃ。

……あぁ、指輪か。


サイレンスが作る〈魔法の指輪〉

受け取ったものは魅了にかかり、岩石王の手下になる。

王国の酒場でおれを襲った暗殺者アサシンと同じだ。

じゃあ、スクルージも〈沈黙の使者〉で確定かぁ?


でも変だぜ……。

妖精王が魔法の指輪を見落とすか?


「……もう、おっ怒んないでよぉ……。ぐすっ。アンタ誰だよぉ……。人生って……私だっていらなかったよぉ……」

スクルージの罵倒(ばとう)を受けて、ミスリルが頭を抱えた。


「じゃあさっさと人生終わらせろよ! とにかくオオカミになって、それで……」


「うるざいな゛ぁっ!!!!!!」

スクルージの言葉をミスリルが遮った。


今まで聞いた中で一番大きな声だった。



「うぁぁ、もう! 大声出すなよ」

スクルージが慌てた。

ミスリルに大きな声を出されると思ってなかったようだ。


「……自分が魔鉱石ってことくらい……私が一番分かってるよぉ! ……何したって……どうせ死ぬ運命なのも知ってる!」

ミスリルがうつむいたまま、強く言う。

垂れた銀の髪が、彼女の表情を隠した。


「ねえあなた……死って知ってる? 私は知らなかった……。でも……あのオオカミを見た時……泣いてる子供たちを見たときに、急に感情が流れてきて……私も一緒に辛かった。苦しかった。……死って、心が寂しいんだね」


「カジバは……私に目的をくれた……。《ハルジオンを見返そう!》って。……私は頑張って……ちゃんと見返せて嬉しかった。でも……また目的がなくなっちゃって……」

ミスリルは表情を(ゆが)めた。


スクルージはイライラしながら辺りを見渡している。


「みんなが言うし……聖剣になろうかなって思ったけど……。やっぱり怖かったし……。最近カジバは聖剣より〈銃〉って武器の事ばっか考えてたし……。そのうち『おまえ、いらない』って言われるかも……とか。色々、色々……」


銃?

あぁ〜。

旅の道中で、おれが〈銃〉についてブツブツつぶやいたの、聞いてたのかぁ……。


「この森に来た時も……ずっと……どうしたらいいか分かんなかった……。エルフさんたちが私を怖がってるのが分かった。……言ってないけど顔で分かった。『出てけ』って心ではみんな思ってる! ……そういうのは言わなくても分かるもん!」

ミスリルが感情を垂れ流す。


……もしかして、ずっと居心地わるかったのか。ミスリル。

たしかに、妖精王やサンタクロース、それに13人の子供以外のエルフは、歓迎の表情じゃなかったかもしれない。



「カジバは『聖剣は1本でいい』なんて言うし……。私の武器の《擬態》は危険って言われるし……。もう、わっがんないんだよぉ!」

ミスリルが言葉を振り絞る。

「……なんで石がこんなに考えなきゃダメなの……。私石だよ? ……じゃあなんで考えてんのぉ!!!」


「しらねぇよ」

スクルージは呆れていた。

心底めんどくさそうにミスリルを見ている。


ミスリル……おまえそんな風に。

「聖剣は1本でいい」ってのはそんな意味で言ったんじゃないんだ。



「っ時間だ! ……仕方ない」

スクルージは一瞬、月を見上げると、地面に並べた素材に手を当てた。

魔術の素材は円形に並んでいる。


何かを始めようとした彼の手をノーミードがつかんだ。


「っおまえ!!!」

スクルージが彼女を見て、目を見開く。


ん?

となりを見た。

ここにもノーミードがいる。

そっか、こいつ分身できるんだった……。


「ネズミくん。これは……〈交信魔術〉?」

ノーミードが低い声で尋ねる。


「あっ、あっ」

スクルージの顔が青ざめた。


ここしかねぇ!

おれはすかさず茂みから飛び出した。


「カッ……カジバっ……!」

ミスリルがおどろいた。


「ミスリル泣かすなぁ!!! お前ぇ、エルフの鍛冶師ってのは嘘だなぁ!?」

スクルージに向かって怒鳴る。


思えば違和感はあった。

「大陸の鍛冶師で戦鎚ウォーハンマーを知らない奴はモグリだ」と、ドワーフのみんなからおれは聞いていた。

スクルージは戦鎚を知らなかった。


戦鎚は100年前に勇者ハルマが《対石像用》に考案した万能武器だ。

今では、どの種族でも主要武器として採用しているらしい。

鍛冶師で戦鎚を知らないなんてありえねぇ。



「っ! カジバァ……」

スクルージがこちらをにらんだ。


「手、みせて?」

ノーミードがスクルージの革手袋を強引に脱がす。


彼の素肌が露出する。

そこに指輪はなかった。だけど、人差し指の付け根に濃いアザができていた。


「今は持っていないけど……前につけてたわね。指輪」

ノーミードがつぶやく。

「妖精王たちが森の外を警戒している隙をつくなんて」


「あぁっ!!! 失敗したっ、失敗したっ……!!!」

スクルージが取り乱す。

「ハメソ……ヘギウ……ムニ……ノホク」

彼はノーミードの拘束を解こうとしながら、なにかを唱え始めた。


「おだまり」

ノーミードがスクルージの頬をぶっ叩く。

スクルージは白目を()き、吹っ飛んでいった。

「あらら。加減を覚えないといけないわね」


「ぐふっ、ああ……ダメだぁ。これじゃあ返してもらえない……僕の宝物……。嫌ダァ!」

スクルージが地面に頭を擦り付けた。


返す?

宝物?



「指輪を与えて魅了漬けにしてから、指輪を取り上げる。その後、命令を達成できたら指輪を返してやると脅す。こんなところか……」

そう言って、奥の茂みからハルジオンが出てきた。

「手元に指輪がなければ妖精王にも感知されない。随分悪知恵が働く奴だな」


「おまえいたのか」


「帰りが遅いからな」

ハルジオンが眉を上げる。

その後、彼はスクルージの方を見た。


「だが解せないな。そんな狡猾(こうかつ)なことをサイレンスが考えるのか?」

ハルジオンが腕を組み、地面に並んだ魔術の素材を睨む。

「いるな……。裏に、魔術師が」


「どいつもこいつも僕の邪魔ばかり……。そうか、お前らも指輪が欲しいんだな? ボクだけの宝物ぉ、狙ってるんだなぁ!」

スクルージがにらんだ。


「魅了にかかったやつって、こうなんのか……。目がイってるぜ、あいつ」


大きく口を開けたデックの唇から血液が落ちた。

その血が、魔術の素材の上に落ちる。


「あ」

ノーミードが一言だけ言った。


魔術の素材から紫の炎があがる。


「あ? なんか発動したぞ?」


「あぁっ! どうしようっ。なんて報告すれば……」

スクルージが頭を抱えて狼狽(うろた)える。

この発動は彼にとっても予想外だったようだ。


「うぅ! 魔鉱石! 一緒に来い!」

スクルージがミスリルに手を伸ばした。


ミスリルは悲しそうな表情をすると、スクルージに少し近づいた。


「私は……確かに魔鉱石だけど、こうやって考えたり話したりするのは私の自我だから。私の自我がどうでもいい人たちとは絶対一緒に行かない」

ミスリルがキッパリと言った。

「かっ、カジバはさ……何考えてるか分かんない時もあるけど、私のこと人間だって言ってくれたから。《人間試験合格》だって……。イルザさんやノーラさん、桃頭も、一緒に食事したり、寝たりしてくれる。私はそういう人たちの所で……」


「よく喋る石だなぁ! おまえの意思なんかどうでもいいんだよぉ!」

ミスリルの言葉をスクルージが遮る。


おれはミスリルの元に駆け寄る。

「ごめんな! おれ、おまえの気持ち全然分かってなかったよな」


「ううん。私、カジバに『聖剣になってくれ』って言って欲しかったんだ。『聖剣になるのやめていいよ』じゃなくて……。でも……私がちゃんと言わないと、ダメなんだよね。」

ミスリルがこちらに笑いかける。

「私、聖剣になりたい」


「ちゃんと伝わったぜ……おまえの心」



「魔術が発動しきる前に、あいつをなんとかする!」

ハルジオンは腰の短剣に手をかけた。


「待って! 私に……私に……やらせてください!」

ミスリルがハルジオンに言った。


「お前……」

ハルジオンが目を見開く。


「あなたがずっと私を疑ってるのも、私の剣を使いたがらないのも、正しいと思う。私が疑わせてたようなものだもん。孤独な石のまま、私には関係ないって、いつも目を逸らしたかった。でも、ふたりが土に埋まって、いざ孤独に戻ったら寂しかった。みんなこんなに寂しい思いをしてきたんだって気づいた。カジバも、あなたも、子供たちも……」

ミスリルが言う。

「私は……だれかに認められたいし、だれかと繋がっていたい……みんなの側にいたい……」


「……それはお前の言葉か?」

ハルジオンが尋ねた。

「うん、私の言葉」

ミスリルがうなずく。

「……ったく。なら人を助けろ。自分の力で信頼をつかめ。それしかない」

ハルジオンが短剣からゆっくりと手を離した。

「みんな大事な思いを俺たちに託している……。お前はもう、1人ではいられないぞ」


「この戦いに命がかかってるのは……私だけじゃない。みんな、私なんかよりずっと(もろ)い体で戦ってる。みんなの力になりたい……」


「なら頑張れ」

「はい」


ミスリルがおれの方を見た。

「カジバ! お願い、私に力を貸して」


その言葉につい笑みが溢れた。

「その言葉待ってたぜ! カジバのチカラ、お前に全部やる!」

彼女の手を握った。

「行くぜぇ、錬成モーフィング!!!!!!」


ミスリルが光り輝いた。

辺りに火花が散る。


おれの手元に、美しい銀の長剣が現れた。


「やっとお披露目だぜ。鍛冶ギルドのみんなのアドバイスを経て進化した、おれの自信作……」

おれは長剣を(かか)げる。

「《レヴェル(ツー)》だ」


「鍛冶師!」

ハルジオンが手を出した。

長剣を彼に渡す。


「どうする? まさか切んの?」

ハルジオンにきいた。


「切らん。まずはあいつの魅了を解く」

ハルジオンが長剣を握った。


「できんの?」


「多分。まぁ荒療治だがな」

ハルジオンはミスリルの剣を片手で持つと、自身の顔の前に掲げた。


長剣の剣身が激しく光り始める。

ハルジオンはそのままの体制で、スクルージにゆっくりと近づいた。


「お前、そんなに指輪が欲しいのか?」

ハルジオンがスクルージに問いかける。


「指輪! あぁ! ……あぁ。……あぁ?」

スクルージの様子が変わっていく。

彼はミスリルの剣が放つ光に目を奪われていた。


「それはなんだぁ……その光はぁ……宝物よりもきれいな……」

スクルージがミスリルに向かって手を伸ばす。


ハルジオンは一瞬のすきをついて、剣を持っていない方の手で腹に一撃を入れた。


「き、きれいな……」

スクルージが倒れ、気絶する。


「今、何したんだ?」


「あいつにかかった魅了を、ミスリルの魅了で上書きした。これで誰かさんの命令に従う必要はない」

ハルジオンはそう言うと、紫の炎をにらんだ。

「おい聞こえてるんだろ? 魔術師!」

彼が光に向かって言い放つ。


少しの沈黙。



「……ふふっ。アハハ。失態だわぁ」


沈黙を破ったのは女の声だった。紫の炎から怪しい声色が響いている。

「そこにいるのは誰かしら? 様子が見れないのが残念。どうやら〈魔力放出〉を使えるようだけど……ヒルデブラント以外にこんな逸材がまだ大陸にいたのね……」


「お前は何者だ?」

ハルジオンがきく。


「……私は〈沈黙の魔女〉。岩石王の妻。また、いずれ会いましょう」

女が言い終わると紫の炎が消えた。

円形に並んだ素材は跡形もなく消えていた。


「岩石王の妻だと……?」

ハルジオンはレヴェルⅡをおれに返すと、あごに手を当てて難しい顔をした。


おれはミスリルのモーフィングを解く。


ミスリルは人間の姿に戻ると「ふう」と、息をついた。



「ねぇ、カジバ。私が死んだら泣いてくれる?」

ミスリルがおれの目をまっすぐ見た。

「私が死んだら悲しい?」


おれは一瞬声が出なかった。


「……悲しいよ」と、声を絞り出す。


「もし私が死ぬときはさ、そばにいてね。……そしたらきっと寂しくない」

ミスリルがゆっくりほほえんだ。

彼女は優しい目をしていた。



自分の目から、一筋の涙が流れたのが分かった。

ずっと心に閉じ込めていた感情が、どっと溢れ出すのが分かった。


両親との幸せな記憶。

……両親の最期。

職人殺しからおれを逃すふたり。

背後から聞こえる大きな衝撃音と叫び声……。


結局、おれは逃げてから、ずっと洞窟で震えていた。

「絶対にふたりは帰ってくる」と言い聞かせながら。


翌日もその次の日も、おれは外に出なかった。


ずっと心残りだった。


両親を助けに戻らなかった。

両親の側にいなかった。看取(みと)ってあげなかった。


結局、両親がいた場所に戻ったのは、ドワーフに拾ってもらったずっとあと。

当然そこには何もなかった。

戦いの痕跡も、ふたりの死体も。


結局、墓も作らなかった。信じたくなかったからだ。



「……って、今泣かないでよ」

おれの涙にミスリルが苦笑する。


「いやぁ。これは汗だし。……あちぃ〜」


「……私が死んだら、いっぱい泣かせてやるから」

ミスリルが優しく笑った。

「だから、カジバは私より先に死なないでね」


「死なねぇよ。ふたりともな」



そして、密かに心に誓う。

今度こそ、出来なかったことをやろう。

どんな形であっても、おれは最期まで、ミスリルの側にいると。

またみてね!

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