潜入する龍と影法師
「失礼しました」
一礼をして部屋を出る。
とりあえずの着任、大隊長に挨拶して部屋から出た後。
奈緒美はふぃーと緊張を抜くが、脇腹を突く感触に姿勢を正す。
横を見ると三枝真央に扮した思惟が唇をなぞる。
これはここに来る前に決めた合図の一つ。
頭で能力に切り換える。
(まだ気を抜かない、どこで誰が見てるか分からないのよ。透視系の能力者がいる可能性も含め演技は切らさないの)
能力で思惟の思考を読むと怒られた。
それに対し奈緒美は指先をモールス信号の様に動かし意思を伝える、勿論常人には分からないくらいの微細な動きだ。
(初めてなんで多めにみてください、それに多分大丈夫です、この階層には思考波は感じられません)
(なら安心か。建物自体もかなり強力な儀式を重ね掛けしてるみたいだし。とりあえず歩きながら話すわよ、怪しまれる訳にもいけないし。確か第二実験室だっけ?)
部屋の前でいつまでもいたらおかしいと思われる。二人は指示された、第二実験室へと足を向けた。
(確かに強力です、思考波が全く感じられません。恐らく塗料かな?)
(それだけじゃないわ、対爆耐熱etcetc。恐らく隠しギミックもわんさかあるわよ、サイファ本社ビル程じゃないけど一種の要塞よココ)
(サイファ本社ビルを知らないからよく分からないんですが…………)
(いずれ見る機会があるわよ、多分ビックリすると思うわ。でも、だからこそここは怪しいわね)
(ですか?)
(たかが研究支部に要塞級の儀式を注ぎ込むなんて、余程の研究よ。辰学院の地下研究室、通称『根の国』だってここまでじゃない)
(って事は)
(余程の危険のある実験か、後ろ暗い事か、ね)
(じゃあ、打ち合わせ通り。……シナリオとしては?)
(イギーの予定じゃNo.6かな?)
(解りました)
そうして声なき相談がおわり、二人の前には第二実験室のプレートがかけられた部屋の前につく。
コンコンとなるノック。
同時に背の低い女性士官か二人入ってくる。
予定通りの来客に、部屋の中で作業する研究員はそろってビシリと姿勢を正し空気は固まった。
研究室のかたわらで五条と片桐はコソコソと話していた。
「おい、うちに来たぞ。第三研究室じゃなかったのかよ片桐」
「あれ、おかしいな? 聞いた話じゃ、第三研の貝崎が仕事中にアニメ見ながら仕事してた上に、海外の魔法使いの映画を参考に敵の武装を弾き飛ばす儀式を作ったら、武装どころか服ごとマッパにする儀式で、女性所員に吊るし上げ喰らってるって聞いてたから」
「いや、戦場じゃかなり有用な気が……、女性所員に吊るし上げって、もしかして使った?」
「らしいぜ。ちなみに実験体は貝崎自身で、女性所員の前でストリートキングして大喜びで踊ってたらしい」
「流石、変人の巣窟第三研。あいつら最先端どころか未来に生きてるな」
「修飾語に変態のってのを忘れてないか?」
「確かに、以前の儀式兵装のコンペは異次元だったしな」
「何が異次元なんだね? 片桐君 五條君?」
パーテーションの隙間越しに話す二人の背後から、険を含んだ声が掛かる。
恐る恐る二人が背後を振り向くと、そこには目が据わっている中年男性と、その背後に苦笑いをした女性二人がいた。
「ゲェ、船津室長」
「ジャーンジャーン」
思わず言ってしまった五條に、片桐が合いの手をいれる。
ネタに走る片桐を五條はパーテーション越しに睨むが後の祭り、船津室長の顔は怒りで真っ赤。
「誰が関羽だっ」
「いえ違います。船津室長の顔を見たらそう見えません、むしろ地獄の鬼かくやと見えましたが、仏の様に寛大な我らの上司でした」
「がっぐぐっ」
この野郎、油どころかガソリン入れたバケツ持ってタップダンス踊るつもりかと五條は頭を抱える。
いつもならカミナリが落ちる所だが、防衛庁からの監査が居る前でいつもの様にはいかないらしい。
こりゃ後で説教コースかと五條が考えたその時、意外な助け舟がくる。
「まあまあ、船津室長。時間が押してるのでその位に」
「はっ……すいません、見苦しい所を三枝監査官」
「いえ、良いんですよ。篭もりがちになる研究職の人間がこれ位明るいのは仕事のモチベーションが高い証拠です」
「いえっあー些か度が過ぎる事も……」
「それだけ船津室長が信頼されている証拠ですよ」
「えー、ありがとうございます」
クスクス笑う三枝監査官に、船津室長は先程とは違う意味で顔が真っ赤だ。パーテーションの向こうで片桐がスゲェやら天使だとか言っているのは、五條としては一切無視の方向だったりする。
しかし、五條はあれと違和感を感じる。
(それは何だろう、声の質だろうか。防衛庁からの監査官と言うからにはキャリア組だろう、しかし何だ? この違和感は……)
自分の中にある違和感に五條は頭を捻るが、違和感の正体一向に分からない。研究職としての好奇心で三枝監査官を見ようとした瞬間、目が合った。
監査官の横に立つもう一人の女性、首からかけられた入館証に書かれた名前は雨宮直子技術士官。
彼女がジッと五條を見ていたのだ。
まるで彼自身の心を見透すかのごとく…………。
「五條君っ‼︎」
「えっあ、はいっ⁉︎」
気付けば彼女は五條を見ていなかった。
いや、五條としては最初から見つめられてなかったのかもしれないと感じてしまう。
それより目の前の室長だと、五條は居住まいを正した。
「何をボーッとしてる。まあ、君と片桐君は暇そうにしてるから、頼むよ」
「えっ」
「聞いてなかったのかな? 君ら二人に監査官を案内して貰いたい」
「ちょっ室長。俺らそこまで暇じゃ」
「前回のコンペの『引き鉄を引いた』君達にお願いしたいんだ」
「船津室長、アレは自分達のせいじゃ」
「文句を言わずやりたまえよ。では監査官」
言うだけ言って船津室長は自分の席へと戻って行った。
パーテーションの向こうから片桐が五條の元へと来ると肩を組んで来た。
「気にすんな五條」
「気にするわ。てかむしろ、あれはお前のせいだ」
「コンペって何かあったんですか?」
肩を落とす五條に三枝監査官が不思議そうに聞く。
「いやー前々回の儀式兵装のコンペにですね。こいつがギリースーツを一瞬にして装着するベルト作ったんスよ」
「あれは兵士の装備品を減らし尚且つ装備迄の時間短縮の為の儀式だったんだ。そうしたらこの馬鹿が『カッケー、それ変身ベルトじゃん』とか言った所為で、隣の第三研のやつらの琴線に触れたらしく前回のコンペが異次元に…………」
「いっ異次元って何が」
「あれは笑ったわー。いきなりポーズとったらベルトが反応して変身する奴とか、ガチムチの男がキラキラ光りながら幼女向けのヒーロータイムのコスチュームになったからなっ」
「馬鹿野郎、あれは阿鼻叫喚と言うんだ。第三研の篠崎さんとお前は馬鹿受けしてたが、第一研の歴々はぶっ倒れてたぞ」
思い出すと五條は今でも寒気がする、180cm近いガチムチの真面目そうな白衣の男が、ピンクを基調としたヒラヒラした上下の服、しかもミニスカートにハイソックスと鉄板装備に一瞬にして変身したのだ。
悪夢どころか美意識に対して暴力か、可愛いがゲシュタルト崩壊する。
まあ、その後に『あなたのお陰で長年の夢が叶いました』と握手を求められたのが五條の一番の修羅場である。
ふと気付けば先ほどの雨宮士官が口を押さえている、先程の説明で想像してしまったのだろう、可哀想にと五條は話を変えるべく席を立つ。
「それよりも自己紹介を、自分は五條憲一技術士官です」




