悪巧みのレベルじゃないと嘆く影法師
「…………………………思惟さん?」
「んーなに?」
「これ、犯罪じゃ……」
「えー、何言ってるのよ奈緒美ちゃん」
自衛隊実験大隊の研究支部がある町、その町の片隅にある廃工場。
自衛隊の士官服を着た二人の小柄な女性が、意識も無く寝かされている前で奈緒美は顔を真っ青にしながら思惟に尋ねる。
「国に喧嘩売る様な行為、今更じゃない?」
「待って待って待って、なんかおかしい、うん………なんで私がおかしいみたくなってるんですか‼︎」
「そりゃそうでしょ、実験大隊に忍び込むにはこれくらいふつーふつー。それとも、この二人の命の心配? 大丈夫よ、軽〜く『昏睡穴』に点穴しただけだから。私が解穴しない限り起きないわ」
「なお不味いじゃないですかー」
軽く笑いながら言う思惟に、眩暈をさせながら奈緒美は蹲る。
実際二人を拉致した瞬間を見ていたので、確かに命の心配をしていた。
二人が住居から出た瞬間に、思惟が触ったかと思った瞬間に糸の切れた人形の様に崩れ落ちたのだ。
死んだと思ったのは、奈緒美は間違ってない。
「大丈夫、大丈夫。点穴の中ではまだ穏便な奴だから」
「昏睡の時点で穏便じゃないですよ」
「声帯を麻痺させる唖穴、身体を麻痺させる麻穴、視覚を使えなくする盲穴、恐慌状態に落とす恐驚穴、常に鬱状態にする無情穴………」
「わーわー、もう聞きたくありません」
「一月でいきなり原因不明の死を遂げる突死穴ってのも…」
「かなり穏便でした、ごめんなさい」
平謝りである。
思惟はまったくと言わんがばかりに溜息をつくと、昏睡している二人の服を剥ぎ取っていく。
「思惟さん?」
「ほら、貴女はこっちの『雨宮直子技術士官』の服を着て、私は『三枝真央技術士長』の服を着るから。雨宮直子と三枝真央は防衛庁からの出向、今回の開発の視察にきているってのが大雑把なカバーストーリーになってるから。んで、これがその出向指令書と雨宮直子のパーソナルデータ、身長は大雑把で覚えておいて良いけど血液型と体重、後は家族構成はしっかり覚えて」
「ちょっと待って、待って下さい思惟さん」
「ん? どしたの」
「どしたの?じゃないです‼︎ 説明してください。コンビを組むのは聞きましたが、いきなりこんな遠い所までまで来て拉致でコレですよ。せめて納得のいく説明をお願いします」
「あはは〜、ゴメンゴメン。余りにも時間が押してたから、色々端折ってたわ。でも、時間が押してるからやりながらで良い?」
思惟の言葉と同時に、廃工場の搬入口のシャッターが開く。
入ってくるのは大型トラック、横側に剣と槌が交差したロゴマークがついている。
「サイファグループ⁈ 学園都市の経営している母体企業の⁉︎」
止まったトラックの後ろがパカリと開き、中から小太りの男と数人の女性が出てくる。
「細目、時間通りね」
「ああ、予定通りだ。そっちの首尾は?」
「こっちも予定通りよ。雨宮直子と三枝真央の身柄はコッチよ」
「確かに。さて、時間がない二人共中に。河野、高槻、二人の準備を頼む。後は士官を回収……おい、思惟二人はどれ位もつ?」
「チョイと浅めに打って置いたから3日から4日ってところかな?」
「解った、附属病院に放り込んで置く。記憶操作は任せろ」
女性二人にトラックに乗せられながら、思惟と細目と呼ばれる不穏当な単語が行き交う会話に奈緒美は口を噤む。
(彩、お姉ちゃん汚れても頑張るよ)
明らかに犯罪に巻き込まれながら、悲壮な決意だったりする。
鏡に写るのは確かに自分だったが、化粧を施されたその顔は雨宮直子の顔に似通っていた。
「うわ。何コレ、別人って意味で何コレ」
「ウフフ、細目流の変装術よ。凄いでしょう?」
「えっ、はい。顔やパーツが似ているのは解ってたんですけど。化粧だけで、ここまで似るとは思いませんでした」
「化粧一つで万の貌を創る、これが細目流よぅ」
いや凄い、ほんと凄いと奈緒美鏡の中の自分を見る。
確かに雨宮直子は自分に似ていたが、二人を並べると明らかに別人と解る容貌だったのだ。
しかし、化粧を施しただけで一変した。少し幼い顔付きが大人っぽく、目は大きく見え文科系の様な容貌が体育会系になっている。
「化粧だけじゃないでしょうに、河野さんは大袈裟なのよ」
「ちょっ、思惟ちゃん。あまり動かないで、アイラインがずれちゃう」
横の鏡台のまえで思惟さんが笑っていた。もちろん彼女も化粧を施されていて、その貌は何時も優しそうに笑っている思惟さんとは違いキリッとした三枝真央の顔付きだった。
「どういうことです?」
「儀式よ儀式。特別な顔料で見る相手に、無意識に顔を認識させ難くさせる儀式を利用して、相手にこの顔が雨宮直子・三枝真央だとすり替えてるのよ。しかも、化粧の技術でより近づけてるから簡単にバレはしないわ」
「そっそれは凄い儀式ですね。…でもそんな儀式を使ったら逆にバレはしません?」
「大丈夫よぉ。これは紋様儀式を応用してるからぁ」
儀式には色々な物があるが、大抵が能力者の励起波を受けて動く。
しかし、何事にも例外がある。その一つがこの紋様儀式だ。
この儀式は励起波を必要としない、発動方式は単純だ、見た人間の意識に作用し誘導する、それだけ。
分かり易い例えで言えば、とある会社で赤一色で統一された部屋では人は興奮し仕事がはかどり、青一色で統一された部屋では人は落ち着き冷静な話し合いが出来る。
その色による無意識下の意識誘導を更に発展させた物がこれだ。
そう奈緒美が説明を受けていると細目と呼ばれた男が現れる。
「化粧は終わっているな、では説明を受けているだろうが一応かくにと言う意味でもう一度、作戦概要を説明する」
紙束をもって説明をしようとしている細目に、奈緒美はおずおずと手を挙げる。
「あのー、私。問答無用でつれてこられて分からないです」
「なぬっ? ……思惟、お前なぁ」
「だっだって時間が押してたし、一般の公共機関使ってきたから言えなかったんだって」
「…………かっ……イギーの奴、済し崩しにするつもりで、ギリギリに言ったなあの野郎………………まあいい、作戦概要を言う」
溜息や怒りや諦めなど全てを飲み込んだ顔で細目は話を続ける。
「作戦概要を伝える。本日1500時に防衛庁よりこの地にある実験大隊の研究支部に雨宮直子と三枝真央の両技術士官が視察する予定になっている。君ら両名にはこの2名に変装し研究支部に潜入、今回の儀式兵装のスポンサーを探って欲しい」
「スポンサー、ですか?」
「そうだ儀式の開発には金と時間が異常なほど掛かる、また儀式は一から創るのは不可能だ。よって技術供与している人物がいる筈だ」
「了解。スポンサーに繋がる人物を探せば良いのね? …………排除は?」
「国の機関内は不味い。いくらお前が証拠の残さないヤリ方を出来るといっても時期がある。今はいい」
「そう」
ヤリ方。字面はどう書くかはともかく、その言葉に奈緒美は薄ら寒いモノを感じる。
その瞬間、思惟の顔は化粧もあいまって、とても冷たい顔をしていた。
「以上だ。質問はないな」
「あのー拒否権はないんでしょうか?」
「ここまでして、ないと思うか?」
「デスヨネー」
ああ、これが済し崩しかと奈緒美は涙で化粧が落ちないように天を仰ぐ。
「奈緒美ちゃん、がんばれー」
「はい、ガンバリマス」




