平和とは次の争いへの準備期間でしかないと気付く影法師
「………と言うのが今回の作戦内容です」
学生課棟の3階にある会議室。そこではパワーポイントで作られた概要書を読み上げる第一戦研の櫛川詩穂がいた。
会議室には二十人近くの人数が集まり、各々の手には概要書のコピーが渡されている。
その中の一人、第二戦研の責任者たる宗像双角は、眉間に皺をこれでもかと寄せて手を挙げた。
「質問だ。ここに書いている対象が自衛隊の実験旅団と見えるが……八方塞は本気か?」
「本気と言われても……」
「それを今から説明するんだ」
凄みを効かせた質問に、司会進行していた櫛川詩穂はしどろもどろな対応をする。それをかばう様に、発言に被せるイギー。
「まず全員に認識してもらいたいのは、これは八方塞の要請や打診ではなく、古い盟約に従って申し渡された号令だと言う事だ」
号令、命令に近いそれに一同は押し黙る。
それは古き神代、日の本に住まう主神により締結したモノだ。
それは世界を維持する為のモノであり、それを運営するべく八百万の神々に対して主神が下した命令。
この盟約はかなり古いが、神々の系譜たる能力者にとっては代々口伝で伝わってきた、本能に近い強制力のある盟約であった。
「………チッ、盟約を出されれば嫌でも頷かざるをえんか」
「はいはーい、私も質問」
苦虫を噛み潰したように顔を顰めながら双角は席につく。
それと同時に思惟が元気よく手を挙げる。
「このレポートの信頼性はどの位?」
「八割方と言った所だ。今回の始まりは前回の作戦での発見からなる。櫛川君、補足資料の6番目を」
「はいっ」
イギーの指示で部屋が暗くなり、スクリーンに一枚の図面が映し出される。
「前回の秦氏攻めの時、我々は秦氏の研究所に侵入した。これがその時の研究所の図面の一部だ」
その図面を見て幾人かのメンバーが騒つく。
「気付いた者もいると思うが、これはエネルギーの減衰をゼロに近づける儀式陣だ。クレタのラビュントスをベースに、ケルトの紋章儀式、方術の風水陣と仙術の練丹陣をミックスしている、明らかに高度な儀式サイクロトロンになっているのが解る」
そのイギーの言葉にウウムと唸る数人の声。
おそらくは鍛治をやっている多々良教授が受け持つ金属工学科の生徒達だろう。
「しかしだ、問題はここではない。櫛川君、次を」
パワーポイントで映し出された映像が切り替わる。
図面の一部が拡大されて、建物の構造とは思えない奇妙な図形が現れた。
先程の画像を見ていた数人の人物は、声も無く凝視している。
以前も語ったが、儀式には色々ある。能力者の多くが知る儀式や、家や一族で秘匿される家伝儀式などが。
今回の場合は完全に後者、この場に居る殆どが知らない儀式であり、細かく複雑で理解できないモノであった。
「……イギー先輩、それ……」
「疑問には答える。だから座れ、巌。これが核心になる。秦氏の儀式資料室を調べてわかったのだが、この区画『発電室』に該当する儀式の記述がなかった」
「記述がないか、秦一族に聞いて解らなかったのか?」
「知っている人間は全員殺されていた。殺害方法から巫薙音信が犯人だろう」
「口封じですか。背後関係はわかりませんか?」
「それはサイファの細目を通じて調査中だ。だか別の奴に、この儀式を見せたら知っていると返事が返ってきた」
「その人物は誰だイギー」
「霧島 葵」
名前一つで空気が凍りつく。
末席で話を聞いていた奈緒美は、霧島の名はここまで影響があるのかと呟いた。
「話を進めるぞ。霧島の奴に聞いたところ、これは発雷儀式らしい。しかもだ、地脈や空間からエネルギーを引き出し増幅させる儀式。そしてもう一つ見てもらいたいモノがある、これだ」
「これは……」
部屋のいたる所から驚愕が漏れる。
櫛川が操作して映し出されたのは、一つの図面。
「杖? いやこれはライフルの銃身か?しかしライフリングが妙だ………まさか儀式武器か⁉︎」
「馬鹿なっ‼︎ 儀式兵装だとっ‼︎ 」
「どこの愚か者だっ‼︎ 世界のバランスを崩す気か‼︎」
室内の至る所から喧々囂々と罵声があがる。
能力者達が憤るのは仕方がない事だ。
能力者達が怒る理由、それは儀式兵装があまりにも強力な為だ。
想像して欲しい、
戦場でもし遮蔽物を自ら避けて百発百中になる弾丸があったら?
戦場でもし一瞬にして目標を正確に見つけ出す装置があったら?
戦場でもし建物を破壊せずに人のみを対象に出来る兵器があったら?
もしだ。
その色々な『もし』を可能に出来る兵器があったらどうなるだろう?
正解は、世界のパワーバランスが崩れ、世界大戦が起こりかねない。
そうなると駆り出されるのは誰でもない、能力者達だ。
「前回の戦争でどれだけ能力者が死んだか解ってないのかっ‼︎ イギー、誰だそいつは‼︎」
「落ち着け双角。これはまだ試作品にすぎん、開発されたわけではない」
「これ程の物でもか? フザケルナよイギー。貴様ほどの能力者であればわかるだろうか、これの拙さが‼︎」
「解っている、だからこそ落ち着けと言っているんだ」
睨み合うイギーと双角。
室内は殺気にもにた空気で満ちていた、誰かが動いたら一瞬即発で戦闘に入りそうな状況。
奈緒美は冷や汗を流しながら他の能力者と同じ様に見ていたが、どちらとなく殺気を霧散させ双角は溜息交じりに席に着く。
「まあ、怒りを感じるのはわかるが、今は落ち着いて欲しい。先程も言った様に試作品と言う段階で止まっている情報を得ている」
「と言う事は、我々の行うのは侵入して正確な情報を得る事ですね?」
「それもある。我々の行う作戦行動の目的は三つ。この儀式の入手経路の割り出し、今は亡き霧島の里で失われた儀式が何故この場に出たのかを調べる。次に実験大隊に侵入しこの計画の出所を探る、儀式兵装の作成には莫大な資金と頭脳集団が必要となる、いくら国家の後ろ盾があると言っても一部隊にそこまで金を掛けられるとは思えん。後ろ盾を探してもらう。最後に、開発の進行を阻んでもらう以上だ。何度も繰り返すが、これは盟約に従う問題で拒否権はないとかんがえろ。質問を受け付けるが、ない場合はここで解散だ。作戦提案や細かい部分の打ち合わせは明日以降に行う、各自レポートにまとめて室長に提出してくれ」
騒めく室内を毅然とイギーは見つめるが、いつまでたっても質問は来ないため、やれやれと溜息を吐きながらイギーは壇上から降り部屋を出て行く。
それを奈緒美はアレがカリスマ性ってモノかな? と独りごちる。
その証拠に室内の能力者達の目は獲物を定めた獣の様にギラギラと光り、いくつかのグループに分かれて今後の予定について話し合っていた。
「凄いでしょう?」
「ですね、こんなに人の意識が同じベクトルになるなんて凄い」
唐突に掛けられる声、振り向けば思惟が背後にいて話しかけてきていた。
普通なにかしらの問題が掲示されると通常、大なり小なりと意識は移ろう。反発や怒り、卑屈や盲信、常識や無知によりバラバラになるのが普通なのだ。
しかし、奈緒美は読心能力者だ。周囲の人間達が、話し合いの中で意識が同じベクトルになって行くのをかんじている。
「口調や話もそうだけど、あいつには実績があるからね」
「実績ですか?」
「そっ。実績よ? この間の作戦もそうだけど、あいつ学生会創立から、幾つもの企画や作戦の立案と実行を行ってきた。それは総て私達学生の為になる様にやってきた。企画は皆で楽しく笑い合う為に、作戦は皆の命と生きる権利の為に。まあ、ロクでもなく胡散臭い奴だけど、私達はあいつが良い奴ってのは知っているし信頼もしているからね」
「人気があるんですね?」
「まあね? 私もなんだかんだとあったけど嫌いじゃないわ。色々すくわれたしね」
救われた? ってどういう事なんだろうと奈緒美は目で訴えかけるが、思惟は苦笑いで返す。
どうやらプライベートで、話したくない出来事らしい。
「それよりも奈緒美ちゃん。イギーからの指示、私と組むわよ」
「えっ?」
それはもう、嫌な予感しかしませんでした。




