室内狙撃
手の平大の大きさ、その弾の大きさは小さな身体にしては大きな手をした思惟の中指から手首より、やや小さかった。
12.7x99mm NATO弾と呼ばれる機関銃によく使われる弾である。
「これ、弾頭が儀式装甲で作られてる」
「だな、殺傷力より貫通力を特化してるなぁ。……AP弾ってヤツだ、まあ本家よりも貫通力は上がってるだろうがな」
「…他にも儀式は?」
「なんだ? 腑に落ちないのか?」
扉から死角になる位置でうつ伏せになったまま喋る二人。
緊張感が漂う雰囲気だか裏腹に二人の口調は世間話の様だった。
「腑に落ちないと言えばそうね、識者である私が『直前まで弾を感知出来なかった』と言う意味であればね」
「それはお前、何でもありの能力者の戦いじゃ、いくらでも可能性があるぞ。お前の感知能力を乱すとか、瞬間移動とかな…。とは言え、このAP弾の傷のつき方見たら大体わかるけどな」
「なによ、したり顔で。さっさと言いなさい?」
「あー少しは、ありがとうとか感謝の気持ちくらい出して言いと思うけど?」
「日頃のあんたの迷惑料よ」
「つれないねぇ、まあ良いや。このAP弾、何かおかしいと思わないか?」
「おかしい? 普通に線条痕がついた弾じゃない」
仰向けになりながら、思惟は撃ち込まれたライフル弾をしげしげと眺める。
着弾する前に励起法で身体強化したイギーが叩き落としたので、ライフル弾の弾頭は凹んでおらず、銃身から出た時にジャイロ回転をさせるライフリングによってつけられたライフルマークがついた綺麗な弾だった。
「ん?」
しかし、綺麗な弾と思っていた弾頭は所々、何かにぶつかったかの様な傷が出来ていた。
イギーが言う仮説、思惟にも解る。
それが解った途端、彼女はその事に対しつい口に出てしまう。
「んなバカな」
「能力者とは常識に照らし合わせて有り得ないを起こす人種だ。有り得ない何て有り得ないさ。この村に張り巡らせられた風水陣を見たろ? エネルギー循環型の方陣だ」
前話でも触れたが、エネルギー循環型の方陣と言う儀式がある。
これは東西問わずに存在する、広域儀式を使う時に基礎に使う儀式だ。
場所によって変わるが、西欧などでは魔法陣・東洋などでは曼荼羅や方陣などと呼ばれる。
主な用途は基礎だが、この陣は様々な使い方をし使い勝手が良い為、あらゆる儀式に使われる。
例えばこの地にある陣は、大地や空間にあるエネルギーを汲み上げ陣の中にある数十ヶ所の起点を減衰させる事無く循環させ、その起点と起点を繋ぐ線に触れたモノにエネルギーを与える力を持つ。
「秦氏の来歴を考えれば、おそらくは『仙丹』作りの陣だろうよ」
「そんな事は解ってるわよ。それを追い求めた人について来た一族なんだから。物質の原子に粒子とエネルギーを与える事により、物質を全く別の物質に変える……あえて言うならば儀式サイクロトロンの磁場に引かせて弾道を曲げて撃って来てる、って事でしょ?」
「何だ理解してたか」
説明出来ずに残念とイギーは溜め息を落とす。
サイクロトロン、と言われて知っている方は居られるだろうか?
それを話すにはまず原子の成り立ちから話さねばならない。
(専門的な話になるので聞きたくない方はここから読み飛ばして下さい)
全てのモノは粒子からなる、人や木や石や水、あらゆるモノは人の見えない小さな粒からなる。
例えば水を見てみよう。
コップに入った水を見れば、それは一つの物質に見えるだろう。
しかし、それを拡大してみると小さな粒が寄り集まったり離れたりとしているのが見えるはずだ。
小さな粒の名前はH2O分子、大きさは約3オングストーム(解りやすく言えば約0.3nm)と言う小ささの物だ。
さらにその分子は原子からなり、原子は陽子や中性子からなる。
さてここで問題、モノの性質はどう決定するでしょうか?
正解は原子の組み合わせである。
水であればH2O、二酸化炭素であればCO2、酢であればCH3COOHと言う具合で様々な原子を組み合わせモノが出来ているのだ。
しかし、ここまで考えると次の疑問が上がる。
原子の組み合わせで物質の性質が変わるなら、その原子の性質を決める要素もあるのだろうか?
その疑問には是と答えよう。
原子の性質の性質を決めるモノは、原子核の中心にある陽子と中性子と言う粒子だ。
これが原子の性質を決めている。
例えば炭素、これの原子核には6つの陽子と6つの中性子。
例えば酸素、これの原子核には8つの陽子と8つの中性子。
例えばカルシウム、これの原子核には20の陽子と20の中性子。
この様な成り立ちで物質はなる。
さて、ここからが本題である。
結論から言えば、サイクロトロンとは原子に陽子を高速でぶつけ新しい原子を生み出す物である。
原子と原子をぶつける事により、原子内の中性子や陽子の数を変えて新しい元素を作り上げる、ビリヤードの様なものなのだ。
(本作中の設定なので、本来のサイクロトロン・シンクロトロンの用途とは違います。本来のサイクロトロン・シンクロトロンの用途のほとんどは粒子実験やポジトロンによるガン治療などが挙げられます)
この実験においては、粒子をぶつけると言う性質上、思う様に原子を作る事は出来ない。
光速に近いスピードで粒子同士をぶつけるのだ、火を見るよりも明らかだ。
しかし、儀式を導入したこの施設は違う。
「数十種の儀式と村の地下に作ったシンクロトロンを組み合わせて、新しい物質を大量かつ正確に作り上げる工場になってる。本場の錬金術士も真っ青な施設だよ」
「これだけの施設の磁場だから、跳弾とローレンツ力を使って撃って来てるのは解るけど……」
「こちらの位置を知るって事か? そりゃ簡単だ、あっちに識者がいるんだろ?」
「そうかもしれないかも、でもこれだけの儀式と磁場よ? 精確にこちらの位置を知るなんて難しいわよ?」
「いや、だからだろ?」
「ん?」
「磁力だよ磁力。相手に磁力線が読める能力者がいるのさ」
彼等がいる部屋から10部屋ほど離れた場所に、二人の男女がいた。
一人は三十も半ば迄過ぎた女性。
少し身体の線は崩れているが昔は美人だったんだろうなと言う風貌に右眼に黒の眼帯をした女性。
もう一人は身体に見合わない大きなライフルを抱えた少年、小学校に上がる手前ぐらいの年でまだ幼い顔に無表情を貼り付けた容貌をしていた。
「ちっなんてヤツだい、一射目どころか二射目も避けやがった。アレク、もたもたするなよ? 三射目の用意はまだかい‼」
「うん、今やってる」
「たく、トロいんだよっあんたはっ‼ さっさとしなっ‼ 私達は流れの商人から役立たずを買ったわけじゃないんだ、食わせて貰ってる恩を感じるなら役に立ちな‼」
「うん……」
「ったく、しかし何者だろうね。あの必殺のタイミングを避けるヤツは只者じゃないね。だけどね、この『コンパス』の石田と『ラインメーカー』アレクのコンビから逃げられると思うなよ‼」
イギーの言っていた事は半分正しかった、正確には相手は二人の能力者だったのだ。




