影法師と迷宮、弾丸と龍
侵入した場所は薄暗い廊下だった。
樹脂で塗られた白い床と天井を伝う大小の管が、ここが工場だと主張していた。
「方向はわかるか?」
「……すみません、周辺の壁全てが儀式処理をしている見たいで…やっぱりダメだ。人が居るのは解るんですが、精神波が乱反射して読み取るどころか位置の特定も出来ません」
「乱反射?」
「恐らく電磁波を反射する合金だと…」
奈緒美は自分で言っていて、明らかにあり得ないと頭をふる。
電磁波。
いわゆる電気や磁力などが発する波だ。
奈緒美が読み取る精神波もその一つだが、違いが一つだけある。
精神波は電磁波とは違い、エネルギーが弱いのだ。
波と言う字の通り、それはまさしく水溜まりに石を投げ入れた水面の様に空間に広がる。
想像して欲しい、強い波と弱い波、どちらが遠くに波が届くだろう。
正解は強い波だ。
それと同じ理屈で考え乱反射などするとどうなるか?
考えた末に出た答えを奈緒美は出した。
「減衰する筈の精神波を何らかのモノが増幅しているモノがあります」
波は色々なモノで弱まる。
その所為で弱い波は遠い場所には届きにくい点がある。
中でも精神波は弱い波で、素材にもよるが壁などがあると途端に減衰してしまう。
だからこそ、この『乱反射して特定出来ない』状況があり得ないと、奈緒美は無意識に否定してしまう。
悩む奈緒美、それに葵はアッサリと答えをだす。
「儀式じゃないか」
「儀式? これも、ですか?」
「一般ではないが、そう言った儀式があるかもしれない」
儀式。
それは能力とは違った、もう一つの奇跡を起こす技術体系だ。
地方や国によって名前がかわる。
西欧ではウィッチクラフト・シャーマニック、東洋においては呪術や方術・道術などと呼ばれものだ。
もっと解りやすく言えば『魔法』と呼ばれるもの。
「……そう言えば教授の講義にありました、今だに表に出てこないその家特有の家伝儀式があると」
「その一つかも知れない」
「では、どうします? こう言う得体の知れない儀式は、下手にいじったら大変……って、葵さんっ?」
悩む奈緒美を尻目に、葵は掌を壁に当て目をつぶっていた。
何事かと慌てた奈緒美だが、謎はすぐに解決する。
「エネルギー循環型の儀式だ。魔法陣型の儀式、広域設置型の儀式の基礎となるモノ」
「知ってるんですか?」
「前にヨーロッパ辺りで見かけた覚えがある」
何故か葵のその言葉に奈緒美は嫌な予感を感じる。
それは追及すると確実に不幸になる、そんな予感だった。
その時、奈緒美は忘れていた。
子供の頃から言われてきた能力者の格言の一つを。
『能力者の予感は予知と同じ』
この言葉はとても能力者の性質を言い表している。
能力者には、膨大な計算を一瞬で処理できる演算野が脳にある。
その演算野が能力の発現に関係するのだが、何もそれは能力だけに使われる事はない。
未来予知に近い予感にも使われる事もあるのだ。
その証拠は簡単に手に入る。
奈緒美の不用意な一言で。
「どこで?」
「クレタ島の古い迷宮」
「ラッ、ラビュリントスッ⁈」
所変わり。
薄暗い空間の中、エッグハルト・ヴィオ・バーンシュタインことイギーは楽しそうにほくそ笑みながら、口に加えたペンライトで照らされている古書を読んでいた。
その部屋は資料室と書かれた扉の中であり、その扉にもたれながら思惟は龍の角を付けた仮面の裏で呆れた表情を作っていた。
「こんな事だと思ったわよ」
「何がだ?」
いつの間になどと言う言葉は、おくびにも出さずに、イギーは古書から目を離さず答える。
「あんたの本当の目的」
「酷いなぁ、お前の言い分だと俺の目的がココみたいじゃないか?」
「違うの?」
「いや、あながち間違いじゃない。ココは俺のターゲットの一つだからな」
悪びれる感情など毛ほども感じさせず、イギーは言い切る。
以前の話でも(森の中での影法師を参照)書いたが、秦氏は機織りの家系。
しかも、ヨーロッパを拠点としていた神々の末裔で、流浪の旅の果てでこの島国に辿り着いた一族だ。
実はこの一族は他にはない特色があった。
神道などの宗教の概念を初めて伝えた一族と言うのは覚えているだろうか?
この秦氏と言う一族は、宗教と共に様々な「儀式」を持ち込んだ一族である。
「ふふん、流石はシルクロードを渡った一族。古代ヨーロッパの儀式から、中央アジアの失伝儀式があるぞ」
「………マジで?」
「おう、マジマジ。今さっきあっちの棚には道教系の儀式が書いてあったぞ」
「後で見せて」
その思惟の言葉にイギーは、ペンライトを咥えたまま口だけを歪めるとおもむろに本を思惟に投げる。
「これ、奇門…遁甲?」
「お前、昔言っていたろ? 」
受け取った古書のタイトルを読み驚いた思惟の顔を見てイギーはしてやったりと笑う。
思惟の家系、時枝家は古代日本の時代に中国から渡って来た一族だ。
渡って来た当初は、不老不死の秘薬を求める徐福の護衛。
住み着いた後は天皇の衛士、南北朝時代に辞め医学の徒と同時に刺客として生計を立てていた一族だ。
思惟自身も数年前迄は、姿を見せない一級の『暗殺者』として身を立てていた。
ところが、とある事件で思惟以外の一族が死傷する事となった時、彼女は足を洗う事となる。
「覚えてたのね」
「原点回帰を目指すお前には必要だろう?」
家族がいなくなり、生き残ったのは遠縁の能力を持たない一族だけだった。
絆がなくなり、孤独に近くなった思惟に残されていたのは一族の復興だけ。
その為に必要なのは、遠い日の記憶。
「爺ちゃんの昔話、失われし拳・護天八卦を復活かー。一族を復興させる為に必要とは言え、先が長い………」
「裏の世界じゃ、名を上げるには力をつけるのがオーソドックス………」
突然二人の会話が止まる。
開け放たれた扉からは遠くから喧騒が聞こえるが、元は静かな資料室なので静寂が二人の間を満たした。
「……っ⁉ 思惟っ‼」
「解ってるっ‼」
叫ぶイギーよりも早く思惟は動く。
低深度の励起法を瞬間で引き上げる。
「っ‼」
仮面の奥の瞳。
励起法で引き上げられた動体視力で思惟は見た。
細長く、先細りの鈍色の弾丸。
気付けば顔の真横、米神に着弾するコース。
「くっ」
それを首をそらす事で、思惟は寸でところで躱す。
しかし、思惟の被る仮面を削りながら弾丸が突き進む。
その先は。
「イギー‼」
「解ってるさ」
向かう先はイギーだが、それは同じく励起法を展開していた彼が持つペンライトで叩き落とされていた。
「ふむ、合金科で作って貰ったが案外使えるなコレ」
「感心してる場合じゃないでしょ‼ ほらしゃがみなさい‼」
弾丸を叩き落としても壊れないペンライトに感心するイギーを、思惟はしゃがむようにと引き倒す。
「おい」
「解ってるわよ、室内で狙撃なんて非常識な攻撃。こんな事しても意味が無いって解ってるわ。でも、相手の射線から外れるのはセオリーよ」
「違うコレだ」
そう言ってイギーが思惟に差し出したのは一発の弾丸、おそらくは先ほどの弾丸だろう。
「これは…」
「そうだ、ライフル弾。お前の予想通り、狙撃だ。」




