霧島の業
裏の世界での有名どころと言えば、個人としては多いが集団としては少ない。
儀式使いを多く輩出するイギリスのフレイザー家、フランスの諜報を司るブランケット家、戦闘狂と揶揄される別名『テュラン(ドイツ語で暴君と言う意味)』のバーンブルグ家、古くから有名な魔女を輩出する一族とその集団ヘロディアス・コミュニティ、世界最古の能力者コミュニティの一つと呼ばれるガンダーラ、中華の山深くに存在する隠れ里にある崑崙などが今の世界で有名どころになる。
その中でも戦闘能力が群を抜いている集団があった。
それが霧島の一族である。
その一族の始まりは、古くは神代の時代まで遡る。
霧島の一族は別名『雷神』と呼ばれるだけあり、一族の祖の名前は神代の雷神『建御雷』と言う。
建御雷、雷の字面通り雷の神だが、実際は軍神や剣神としての側面が大きい。
それに対するエピソードは古事記や日本書紀などにあるので、そちらを参考にして欲しい。
ただ今回の話は少し焦点が違う。
「霧島の一族は、その雷神の血を引く一族と言う事だ。その血の成せる業か、あの一族は励起法を使わんでも励起法の第二深度と同じ程の力を持つ。正直な話、励起法を使った奴らとは殺り合いたくないな」
「解ります、私はこの身で思い知りました」
道理で励起波を感じない筈だと、奈緒美は納得した。
「何て化け物」
「…だがな、あの力は半ば作られたモノだ」
「どう言う事ですか?」
「血の成せる業と言ったろう? 能力者の能力の強度と発現率もそうだが、血・すべて遺伝に関わる話になる」
「遺伝ですか。以前教授の書かれた本に書いていた事ですね」
「そうだ。能力者の能力発現には重要なファクターがある。大きな分類で言えば二つ。一つは脳に出来る演算野、もう一つが出力を司る賢者の石だ」
「へっ?」
「聞き慣れない言葉もあるだろうが、今は遺伝に関係する話をしよう。遺伝に関わる話は特に演算野が大きい…」
聞き慣れないどころか、初めて聞く話だ。
『賢者の石』、確か錬金術に関係する言葉だった筈だと奈緒美は後で調べておこうと心に書き留める。
「…とまあ、演算野はこの様に脳の発達に密接な関係がある訳だ。
そしてそれを制御するのが遺伝子にある」
「と言う事は、能力者同士の子供は能力者になり易く。一方が能力者ではない場合は成りにくいと言う事ですね」
「ああ、あながち間違いではないな。簡潔に言えば、まるでメンデルの遺伝法則に近い。本当はもっと複雑な遺伝法則があるが、今はその理解でいい。まあその法則で行けば子孫、血を受継ぐ者の血は薄まり能力者の発現率が落ちる事となる」
「と言う事は、」
「血を濃くするには一つだ」
その言葉の裏にある意味を、奈緒美は直ぐに解った。
答えは濃い因子を持つモノ同士との交配。
所謂、近親婚と言う奴だ。
「聞いた話、霧島の里では当たり前の様にそれが行われていたらしい」
「何でそんな事を…」
「それは解らん。ただ昔から続くしきたりの様なモノだったらしい、口伝によると何かに備える為だったとしか口伝には伝わってないらしいんだ……そんな連綿と続く雷神の一族の中、産まれたのが霧島の里で最強と呼ばれた双子の兄妹。妹の名は霧島双葉、兄の名は霧島葵。君と訓練したのはその兄の方だ」
霧島の里は山深い所にあり、正に断崖絶壁の上にある棚の様な場所あった。
岩山に木が生えた様な急斜面の森、夏は霧が常にかかり蒸し暑く冬は雪が降らない地方にも関わらず深く雪が積もる場所。
そんな過酷な環境の中、二人の兄妹が産まれた。
最初は同じ里の子供達と同じ様に育っていたが、次第に他の子供達との差が出てきていた。
例えば里の子供達の遊びの山駆け、ただ山を走るのではなく、ほぼ断崖絶壁の様なデコボコとした岩の斜面を駆けるモノの場合。
これは子供の頃から励起法の操作を覚える為の遊びだが、兄妹は励起法を使わずに走り回る。
例えば木の棒で石を弾いて打ち上げる石弾き。
これは霧島神道流の基本技にして奥義クラスの技『雷閃』を覚える遊びだ。
腕を振るうと言う事で腕力強化と、移動する物体に対して正確に得物を当てると言うモノ。
雷閃と言う技は使いこなすと、相手の得物を弾き返したり、応用で銃弾を弾き返したり掴んだり出来る様になると言うモノだ。
普通ならば一月がかりで当てる事が出来る遊びなのだが、兄妹は三日で出来る様になり、一週間後には打ち返してラリーをする程になっていた。
とまあ、二人の逸話は枚挙にいとまがない。
「それは周囲の大人達が畏怖を覚える程の成長スピードだったらしい。しかし、そのスピードには代償があった」
「……」
「ここからは余り他には聞かせられない話になる。実は君に協力して貰いたい事がある。その為の話なんだが」
「……協力、ですか。でも私に出来るんでしょうか?」
「おそらく、この話の流れはイギーの狙いの一つなのかもしれん」
「狙い? 私と霧島の人が何か関係が?」
「葵の奴は、実は被害者と言っても過言じゃないんだ。イギーは奴と昔からの知り合いでな、何故か奴は葵を妙に気に入っている。だからこそ助けたいのかもしれん」
「教授、話が見えません。でも、私が他人を救う事が出来るのならば……協力はします」
奈緒美はジッと淨を見つめる。
この学園に入り、奈緒美はずっと何かに助けられていた。
イギーに、宗像に、思惟に、教授に。
それは打算や義務、同情なのかもしれない。
だけど助けると言う思いは純粋で、奈緒美はそれに助けられた。
奈緒美は相手の心を読む能力者だからこそ、それはヒシヒシと感じている。
たとえ相手が励起法でガードして心が読めなくても、その行動や顔に浮かぶ感情が奈緒美に感じさせ行動を起こさせた。
今こそ恩を返す時と、
「……では、話を続けよう」
話は一転二転と変わる。
教授の部屋は、ユックリと日が落ちはじめていった。
数年後、重金淨はこの時の自分の行動にとても後悔する。
この時の会話が彼女、折紙奈緒美に、これから始まる一連の戦いのトリガーを引かせる要因の一つなったのだから。




