誰かの罪を知る影法師
DNA、デオキシリボ核酸の略称。
遺伝の話をする場合によく出る単語ではあるが、実際の所これは遺伝の本質であるゲノムを構成する因子でしかない。
積み木で例えれば積み木自体がDNAと言う事となり、それを積み重ねる事で形を作る。
かなり大雑把で的外れな例えだが、本編に少ししか関係ない導入の話なので今はこれで我慢して頂きたい。(遺伝などの話を聞きたい場合はメールでお願いします。)
俗に遺伝と言うモノは、親の形質が子供に受け継がれるモノを言う。
遺伝の本質はDNAからなる二重螺旋の遺伝子、その上にコードされている遺伝情報『ゲノム』にある。
人の形質や性質はすべて遺伝子の海の中にある、遺伝情報によって決定されていると過言ではない。
それは普通の人間だろうが、能力者だろうが変わらない。
以前から人と能力者との差を調べていた重金淨が、この点を調べない事はあり得ない事だった。
遺伝子により形が決定され能力者が能力者たりえる要素、それが脳の中で一際発達している場所。
演算野である。
演算野は、外部から得た情報を解析し固有の計算を繰り返すだけの器官だ。
これが発達すると、普通の人間が通常無視してしまう様な『ごく僅かな』周囲の情報を解析し計算が出来る様になる。
解りやすい例をあげれば、変わる世界での識者・蒼羽天子の能力『水絵』だ。
それは周囲で発生する波を音波や光学偏差・大気圧や空間偏差などを目や耳や体表面で感知し、それを受け取った演算野が計算し脳の中で波で構成する世界へと投影する。
と、この様な計算が能力者の脳では常に行われている。
「ところがだ、ここで不思議な事に気付く。奈緒美君、君は君の親の能力を知っているかな?」
「えっ? 親の能力、ですか? 確か、父は外から来た能力者で身体強化系としか聞いてませんけど。母なら知ってます私と同じ他人の意思を読む能力者です」
「気づかないか?」
「何がです……?」
そこまで言われてから奈緒美はハタと気付く。
ここでもう一度言おう、遺伝とは形質や性質が子に受け継がれるモノだ。
「能力者である事であるかないかは遺伝が決定するが、実際は発現する能力は遺伝しない…」
「そう言う事だ。ジーンマップに描かれたモノは能力者としての器と素養のみ。能力自体は本来ならば遺伝しない筈だ。なにせ、能力を決定つけるモノは、能力者の持つ特異な計算式。しかし、現に能力が遺伝している」
脳と言うモノは、産まれた直後は生命維持以外の働きはほぼ真っ白だ。
それは脳の発達した生物ほどその傾向は顕著で、人間や能力者もその例に漏れない。
産まれたばかりの赤ん坊が目や耳はあるのに話しかけても反応しないのは、見えない聞こえないのではなく感じても対応するロジックがないのだ。
それと同じ様に、能力者も産まれたばかりの赤ん坊の頃は能力は使えない。
一説によると演算を行い能力を行使する為の計算式は、成長する過程で身に付けるらしい。
「そしてそこに目を付けた一人の科学者がいた。彼は常日頃疑問を持っていたらしい、能力者の力の源や三竦みの様な識者・導士・法師の差、能力者の脳内に存在する賢者の石は何なのかを。そして彼は、禁断の実験に手をだした」
空気が重いと奈緒美は感じた。
物理的な重さではなく、ドロリと室内の空気が粘着質の様なモノに変わってしまっているかに感じるのだ。
聞いてはいけない。
そう感じさせる空気と、何と無く今までの話の流れから解る話の続きに身体が恐れているかの様だと奈緒美は感じる。
「当時、霧島の里長の一人娘が子供を孕んだ。相手は里一番の実力者の青年だったらしい。二人とも端正な顔立ちの美男美女で、産まれてくる子供に里の人間が誰しも、産まれてくるのを楽しみにしていたらしい。そんな中、一人の科学者が里長を訪ねた」
「………」
奈緒美は聞きたくなかった。
しかし、耳を塞ぐ事は出来なかった。
奈緒美は無意識に身体を抱き締めていたのだ。
「科学者は里の事をよく知っていた。里長とも数十年来の知り合いで、里の成り立ちから一族の目的を知っているぐらい。訪れ歓待された夜更け。科学者は酔った里長にある提案をしたらしい」
ゴクリと奈緒美の喉が鳴る。
「自分の子供の孫で終わらせないかと」
「どっどう言う事ですか⁉」
奈緒美は思わず声を上げてしまう。
近親婚、血を濃くする、メンデルの法則、遺伝子。
これだけのキーワードがあれば嫌でも解る。
「能力者を使った遺伝子組換え実験‼ 何て事を……」
「普通の精神構造ならば、その反応が普通だ。しかし、その科学者は普通じゃなかった。科学者は霧島の里長の前に人の心を狂わす毒の様な提案を出し、言葉巧みに実験を了承させたらしい」
人の形質や性質を産まれる前から弄る。
もし自分がそうであれば、何と恐ろしい事か。
自分が自分で居られると言うのは、意外と難しい。
日々を普通に過ごしていると解らないが、人の心は簡単に揺らぐ。
例えばダイエットで食事制限などをしている時、食べたら元の木阿弥になる大好物の食べ物を空腹時に出されたらどうだろう。
本能の赴くままに食べるだろうか?
それとも、何かと理由を付けて食べてしまうだろうか?
グッと我慢して食べないかもしれない。
そこで感じて欲しい、その考えに至るまで心が揺らいでいる事に。
心を読む能力者である奈緒美は、それがよく解る。
人の心は些細な事で簡単に揺らぐ、砂の山に立った棒の様なモノだ。
チョットした事で折れたり傾いたり、簡単な事で揺れて倒れる。
そうやって心の病気になるのが解るのだ。
しかし実際はそんな事は表には出ない、何故ならば心を支えるモノがあるからだ。
それは産まれてからの親子の絆や人生経験や知識などで、それが降り積もり砂の山(心の基盤)になり支えているのである。
だが、もし。
自分の基礎になる根幹が弄られていると知ったらどうなるか?
「何て酷い、産まれて来た子供に何と言うんですかっ」
「だからだよ奈緒美君」
「えっ?」
突然の事に奈緒美は一瞬呆然とする。
「実はね、産まれた子供は双子だったんだ。しかも男女。実験は風疹ウイルスを使った、遺伝子を逆転写する不完全なモノだった。そのせいか産まれた子供は二人は、それぞれ欠陥があったんだ。妹の方は成長する過程で治療すれば簡単に治る軽い精神疾患ですんだんだが、兄の方はそうはいかなかった」
「まさか」
「そう、話の結論だ。兄の方は演算野の過形成に寄る前頭葉侵食。それに伴う感情希薄になっていたのだ。奈緒美君、心の専門家の君にお願いしたい。彼を助ける手伝いをしてくれ」
ようやく話の筋が見えたと、奈緒美は息苦しくて吐けなかった息をついた。
「…受けてもいいです。けど一つ聞かせてもらっても良いですか?」
「私に答えられる事なら」
「何でそんなに彼、霧島の人を治そうとするんですか?」
それはちょっとした疑問だった。
いくら同じ能力者とは言え、ここまで親身になって治そうとする重金教授の気持ちが解らなかった。
同じ科学者としての矜持か、はたまた教授が題材にしている研究の一環なのか。
しかし、返って来た返事は違った。
少し辛そうな顔で絞り出す様に重金教授は言う。
「その科学者の名前が重金基一。私の父なんだよ」




