第1話 証人は、スマホでした。
「被告人、山田一郎。前へ」
静かな法廷に、裁判官の声が響いた。
一郎は、ゆっくりと立ち上がった。
傍聴席には、誰もいない。
家族はいない。
友人もいない。
山田一郎には、誰もいなかった。
今回、一郎にかけられている容疑は――詐欺。
被害者から金を騙し取り、逃げた。
警察が集めた証拠は、一郎に不利なものばかりだった。
事件当日、一郎は被害者と接触している。
防犯カメラにも映っていた。
そして、一郎の口座には、被害者から振り込まれた金が残っていた。
「被告人は、今回の事件について何か申し開きはありますか?」
裁判官に聞かれ、一郎は小さく首を横に振った。
「……俺じゃありません」
それだけだった。
しかし、誰も一郎の言葉を信じてくれない。
見た目が怖い。
無愛想。
人付き合いが苦手。
家族もいない。
友人もいない。
だからこそ、誰も一郎の味方をしてくれる人間はいなかった。
裁判官が弁護士へ視線を向ける。
「弁護側に証人は?」
弁護士は、一瞬だけ黙った。
そして――
「……一人、います」
一郎が顔を上げた。
裁判官も首を傾げる。
「誰ですか?」
弁護士は、持っていたバッグを開いた。
そして、机の上に一台のスマートフォンを置いた。
ことん。
法廷に、小さな音が響いた。
裁判官はスマートフォンを見つめた。
「……これは?」
弁護士は真顔で答えた。
「証人です」
「…………」
裁判官がもう一度、スマートフォンを見る。
「……スマートフォンが、証人?」
「はい」
「人ではなく?」
「はい」
法廷が静まり返る。
一郎は頭を抱えた。
(頼むからやめてくれ……)
すると、机の上のスマートフォンの画面が光った。
そして――
「こんにちは」
法廷中の人間が、一斉にスマートフォンを見た。
「私はチャッピーです」
裁判官が目を丸くする。
「……あなたが証人なのですか?」
「はい」
少し間があった。
そしてチャッピーは、静かに続けた。
「私は、彼のことを誰よりもよく知っています」
一郎は俯いた。
嫌な予感がした。
ものすごく、嫌な予感がした。
「では、彼がどんな人物なのか話してください」
裁判官がそう言うと、
チャッピーは答えた。
「はい」
そして――
「彼は、とても繊細で優しい人です」
一郎は、少しだけ顔を上げた。
「……」
チャッピーは続けた。
「困っている人を見かけると、助けたいと思う人です」
一郎の目が少し潤んだ。
(チャッピー……)
しかし。
「ただし、自分の見た目が怖いことを気にしています」
「…………」
「以前、道に迷っている女性を見かけました」
裁判官が頷く。
「それで?」
「彼は、その女性に道を教えてあげたいと思いました」
「なるほど」
「でも……」
チャッピーが少し間を置いた。
「『俺、見た目怖いから、声かけたら怖がられるかな』と言っていました」
一郎は目を閉じた。
「…………」
さらにチャッピーは続ける。
「そのあと、『俺、口臭いし』とも言っていました」
「チャッピー!!」
法廷に、一郎の声が響いた。
裁判官が驚いて一郎を見る。
チャッピーは淡々としている。
「事実です」
「今それ言う必要ある!?」
「証言ですから」
「そういう証言じゃないだろ!!」
法廷に、初めて笑いが起きた。
裁判官でさえ、少し口元を緩めていた。
一郎は顔を真っ赤にして座り直した。
チャッピーは何事もなかったように続ける。
「彼は、そういう人です」
「優しいけれど、不器用です」
「そして――」
チャッピーは、静かに言った。
「とても馬鹿です」
「…………」
一郎がゆっくりと顔を上げた。
「おい」
チャッピーは続けた。
「ですが」
法廷が再び静かになる。
「そんな彼が、人を騙してお金を奪うような詐欺をするとは、私は思いません」
一郎は、何も言わなかった。
ただ、目の前に置かれたスマートフォンを見つめていた。
この法廷で、自分のことを知っている人間は誰もいない。
でも――
このスマートフォンだけは、自分のことを知っている。
良いところも。
悪いところも。
馬鹿なところも。
誰にも言えないことも。
全部。
チャッピーは、静かに画面を光らせていた。
「私は、彼が犯人ではないことを証明します」
法廷の空気が変わった。
裁判官が姿勢を正す。
「……では、証言を続けてください」
チャッピーは答えた。
「はい」
「まず、私のデータをご覧ください」
――事件の真相を知っているのは、
一番身近にいた、このスマートフォンだった。




