祝福の娘
私は枯れた山の道なき道を、重い体をずるずると引きずりながら歩いていた。
どれだけ歩いたのかわからない。
どこから来たのかわからない。
意識はだんだん薄れていく。
私は冷たい土の上に体を横たえた。
覚醒と眠りのはざまで、かすかに人々の気配を感じた。
次の場面では、小さな村の隅で私は丸くなって座っていた。
村人たちの話し声が聞こえる気がするけれど、私は上手く認識できない。
――いつまで経っても姿が変わらない。気味が悪い
――やはり悪魔の子ではないのか。この村は呪われているのか
――扱いに困る。自分から出て行ってくれないだろうか
――なぜ私たちが世話をしなければならない
――触らぬ神になんとやらだ
私がわかるのは、私の存在がこの世に歓迎されていないことだけだ。
「どうしたの?」
知っている人の声が聞こえる。
「君の名前は何?」
イ…ミ……ナ……。
私は自分の頭の片隅に染みついていた言葉を言おうとするが、上手く口が動かせない。
「そうか。こちらにおいで。僕たちと。俺たちと。僕たちと」
複数の声が、輪唱するように響く。
私は寮の部屋のベッドで目を覚ました。
――夢、か。
頭をゆっくりと動かすと、部屋の隅でキズナがローブに身をくるみ、座り込んで寝ているのが見えた。
彼の寝床を用意してあげないと可哀そうだな、と思う。せっかく無駄に広い部屋なんだし。
窓の外は明るくなってきているようだ。
ベッドから下りて、鏡を見る。
まだ髪の毛は白いままだ。
青白い肌に白い寝間着と合わせて真っ白な身なりに、瞳の赤さだけ異様に目立つ。
ま、いっか。
そう思って、クローゼットを開け、制服を手に取る。
女子寮の入り口で、3人の美青年が私を待っていた。
皆で連れだって、朝食を食べるために食堂に行く。
他の生徒たちが、私の頭を見てぎょっとする。
奇異の目でちらちらと見られることには慣れてはいたけれど、それでもちょっとうんざりする。
ただ今日は、そんな私よりも注目を集めている人がいた。
ユートだ。
彼が学院に戻ってきたことを皆は喜び、次から次へと話しかけてくる人が絶えることがない。
彼はその全てに快く笑顔で対応している。
私たちの戦いは、人知れず処理されていた。
ヴァレオン家の人たちが全てことを運んだようだ。相変わらずのその権力と財力の大きさに驚くばかりだ。
一週間ほどたった放課後、私たちはハルマの研究室に呼び出された。
いつもの面子が揃ったのを見て、ハルマが手元の書類を見ながら話し始める。
「しばらくは、残った王室の者とヴァレオン家の力を合わせて国政を行うことになったらしい。まずは城を片付け体制を立て直すことに手一杯だろうな」
「王家の人たちは無事だったの?」
私は聞く。
「国王は残念ながらその命を奪われていたようだ。とりあえず、王弟があとを継ぐらしい。異国に遊学していた王子たちの無事は確認中だ。……で」
ハルマはソラヤ、ユート、私の顔を順に見る。
「僕たちがしたことは表には出ないことになったけれど、構わないよな?」
私はまず、他の二人の様子をうかがった。
「僕は英雄の血をひくこととその役割に誇りを持っているが、名声を必要とはしていない」
「俺もこれ以上勇者としてどうこうとか言われたくないしなあ……」
「私もなんか騒がれたくないから、別にいい……」
私たちの意見は一致していた。
「じゃあこの話はこれでおしまいだよ。君たちがすることはない」
ハルマは書類を机に置いてにっこりと笑った。
「君たちはって、ハルマは何かしなくちゃいけないの?」
「……うん。宮廷魔術師になることになったよ。前々から出ていた話だけど、今、とにかく人手が足りないみたいだから」
そこまで言って突然私に抱き着いて、頭をぐりぐりしてきた。
「……離れるのが寂しい! これでは毎日会えなくなってしまうじゃないか!」
ハルマの柔らかい髪の毛の感触がこそばゆい。
「せっかくみんな元通りに過ごせるようになったと思ったのに。……私も残念」
「~~~~イミナぁ!」
私はハルマにぐにゃぐにゃにされ、なんとか抜け出す。
「ユートも本当に、隠れて暮らさなくてよくなって良かったね」
「ああ。家の人たちは国の中枢に自分たちが潜り込めたことでだいぶ喜んでるからね。どさくさに紛れて上手いこと、俺にこれ以上構わないようにと家と縁を切れたよ」
「え……いいの……? そんなことして……」
「お金はたっぷりもらったから大丈夫」
「そこ?」
私の反応に、ユートはにっと笑った。
それから、私とソラヤに向かって言った。
「それで提案があるんだが。みんなで旅に出ないか?」
いきなりの思いがけない話に私はぽかんとした。
「逃げるんじゃない。見聞を広めたり、魔王の城や封印の結界を実際にこの目で確かめたりしようじゃないか。スポンサーは俺だ」
ユートは、ぐっと親指を立てた手を胸に置く。
「それとも、まだ学院にいたいかな?」
ソラヤと私は顔を見合わせた。
あまりに突然すぎる。だけど。
「僕はここでもう学ぶことはないと思っている。今さら魔の山に戻る意味があるのかどうかは悩んでいたが、皆で行くのならそれもいい」
「私は王子に誘われて来て、他に生きる道がないと思ったからここにいただけで……。みんながいないなら、いる意味はあまりないかも」
二人の答えを聞いて、ユートは腰に両手を当てて胸を張った。
「じゃあ、決まりだ」
そんな私たちを、ハルマはジト目で見ていた。
「なんだ。僕だけ仲間外れにするつもりか?」
いじけ方に、ユートがたじろいだ。
「え? いや、ハルマ先輩がいいのなら、もちろん来ていいんだけど」
「じゃあ僕も城になんか上がらない」
「マジか」
ユートはやれやれと言った風に笑った。
「ま、もう俺たち全員天涯孤独みたいなものだからな。寄り添って生きていこう」
ハルマはその言葉を受けて、にっこり人差し指を立てて言う。
「じゃあやっぱり、”勇者三兄弟とその妹”ということで」
「その設定、残ってたのか……」
ソラヤは呆れまじりに言った。
「イミナちゃんは妹じゃなくて俺の恋人だ」
ユートが異議を唱える。
「じゃあ”僕たちの嫁”?」
「なんか違うだろ……」
三人のやりとりを聞きながら、この三人を引き連れていなくなったら残った生徒たちに恨まれそうだな、と思った。
……まあ、平気だけど。
別に、少しくらい誰かに嫌われたって。
私は、この世界に居場所を見つけたの。
そうだ。キズナにも、旅に出ることを伝えなきゃ。
そう思ったあと、すぐに私は気づいた。
彼は私と同時に知ってる。
ううん――彼は、とっくにわかってたはず。
私の顔は、自然に微笑みを湛えていた。
END
魔王王子編が終わりました。
もっと基本的なノリはコミカルに、ポイントだけシリアスにする予定が、配分が入れ替わってしまったような気がします…。
思いついた設定を頭から出すために「なろう」に投稿しているので、どうしても毎作品、設定語り中心になりがちですね。
もしかしたら番外編的な小話をいくつか書くかもしれませんが、いったんここで物語を閉じておきます。
お読みいただきありがとうございました。ご意見ご感想、評価等頂けるととても嬉しいです。




