01話 召喚された少女達の送還
眩い光が無くなり、視界が開けた。
俺が立っている場所は、およそ二十坪ほどの広さの室内の壁際。
壁や床、天井までも石造り。アーチ型の天井の四隅に作られた小窓から、室内に光が届く。
テーブルや家具のような物は見当たらない。
正面の壁際に一つ、小さい祭壇のような物が存在する。
その上には、1mほどの大きさで、十字架とは少し異なる”♀”に似たモニュメントがあった。
十字の上端は○の部分の中央まで届き、横棒も少し斜めになっている。
床の中央にだけ赤い絨毯のようなものが敷かれていた。
教会の中か、修道者の修練所の様にも思える。
モニュメントの前では、白い修道服らしき服を着た少女が床に両手をついて項垂れる。
横には西洋風の甲冑をつけた逞しい男が、右腕を少女の前に出し、庇うようにして佇む。
白い口髭、白髪のオールバック。太い腕に、ぶ厚い身体。身長は170cmほどか。
歴戦の勇士を彷彿させるこの男が、近衛騎士団長バルド・ゴードン。まるで”海のリ○ク”。
横で床に項垂れる少女が、アリスティア・ミドルランド王女。❛神の眼❜で得た情報だ。
【名前】バルド・ゴードン
【種族】人間
【職業】近衛騎士
Lv:69
HP:3305/3305
MP:216/216
【称号】王家の守護
【名前】アリスティア・ミドルランド
【種族】人間
【職業】ミドルランド国王女・巫女
Lv:21
HP:1007/1007
MP:2018/2018
【称号】なし
中央付近の絨毯の上に、通学用の黄色い帽子を被り、ランドセルを背負った子供達がいた。
キョロキョロしながら涙を流し、四人で必死に抱き合い、震えながら固まっている。
10歳にも満たないであろうその姿は、まるでヒヨコを連想させた。可愛そうに…。クソッ!
時間にして数秒。異変に気付いた騎士が一歩前に出、そっと剣の握りに右手をかけた。
「待たれよ!バルド殿!」
先制して声をかける。相手が騎士のためか、時代劇風になってしまった。
もう、この場はこれで通そう…。
「召喚に巻き込まれてこの場に来た者だ。怪しいものではない!
勇者では無いが、途中、神に出会い、その子らの送還と魔王の討伐を依頼された。
バルド殿に問う!勇者ならば、子供でも魔王は倒せるのか?」
依然として剣から手を退かさなかったが、首を小さく横に振るバルド。
これは否定の素振りだろう。
「あの…貴方様は?」
やり取りに気づいた王女が顔上げて言葉を発する。
白い肌に青い瞳。腰まで届きそうな長い金髪。
身長は140cmほど。清楚な白い服と相俟って、まるで天使のような美しさ持つ。
膨らみかけた胸の前で両手を組み、一縷の希望に縋るような瞳で俺を見つめていた。
すると、突然、後ろにあるモニュメントが白く輝きを発した。
同時に少女の額も白く輝く。そして、モニュメントに似たマークが少女の額に浮かび上がる。
「私の名は山田聖人です。
此方の事情は神様より伺っておりますよ、アリスティア・ミドルランド王女様。
貴女はこの現状を憂い召喚の儀を行った。屈強な勇者が召喚されると期待して…。
しかし、召喚された勇者は自分よりも幼く見える者たち。絶望していたのではありませんか?
貴女の願いは私が叶えます。心配いりませんよ。魔王の事は私にお任せ下さい。…ね?」
初めは”人権無視の召喚魔法なんて、何馬鹿な事やってるんだ!”と憤りを感じ、一言文句を言ってやろうと思っていた。
だが、床に両手をついて項垂れている姿を見た時、不憫に感じ怒りが収まってしまった。
逆に子供に重責を背負わせる原因になった、魔王に対して腹が立つ。
少女には、なるべく優しい口調で話しかけた。
(そしてなにより、恰好いい!…。額が光ってマークが浮かび上がっちゃったよ…。どこの砂○美ちゃんですか!)
「はい、はい…」
頬を染め、コクコクと頷く王女。
「では、この子たちを送還しても宜しいですね?」
王女とバルド、二人が視線で会話する。
やがてバルドが右手を剣から離し、一歩下がって俺に黙礼した。
俺も黙礼を返し、子供達に近づく。
4人に笑顔はかけても、言葉はかけない。
こんな事、夢だと思ってくれればいいんだ。
❛聖なる送還❜を唱えると、子供達の姿が消えた…。
これで一つ目の依頼は終わった。
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アリスティア side
一月前、魔物の大陸、イビルランドで魔王が生まれたらしい。
魔王軍を集結し、ドアー・リフル海を超え、十日前にはサウスランド大陸に上陸。ドワーフが作った強い武器を使う獣人たちの奮戦も空しく、獣人の国『ブック・ベア国』が陥落。
蹂躙が始まったとの知らせが届いた。
七日前には、ハーバリアー海を超えウェストランド地方に侵攻。『マフチの街』『ロシマの街』『マネシの街』が、一日で壊滅したと聞いた。魔王軍は西から侵攻を続けているらしい。
母である、女王キャサリン・ミドルランドの王配、すなわち私の父は、ウェストランド地方の『神聖ラーナ王国』から婿に入った。神聖ラーナ王国国王は、私の伯父になる。
父は五年前に他界した。
私、アリスティア・ミドルランドは、両王家の血を引く者だ。
守らなければならない民がいる。このまま滅亡を待つ訳にはいかないのだ。
「バルド、お母様は何と?」
「姫様、女王陛下は『この非常時だからこそ、王家の宝珠を使う訳にはいかない』と仰られています」
王家の宝珠とは、大量の魔力を貯蔵しておくことのできる宝珠の事だ。また、貯めた魔力を魔法師に補充することもできる。
ここ十年かけて、数十人の王宮魔法師が魔力を蓄えてきた。…戦争のために。
互いが疲弊したため今は停戦しているが、十年前まではエルフ・獣人・ドワーフ連合との戦争が続いた。
その戦いで人間は負け、イーストランド王は討たれてイーストランド王家は滅亡。
これによりイーストランド地方の元王国、『ブルー・フォレスト国』をエルフが、隣の『キアタの街』を獣人が、『ワイテの街』をドワーフが治める事になった。
イーストランド地方で残ったのは『マガタの村』『ヤギーの村』『クシューマの砦街』の三つ。
『マガタの村』『ヤギーの村』では、その後エルフ・獣人・ドワーフと人間との共存が行われているらしい。
『クシューマの砦街』はミドルランド地方が死守。今も兵を常駐し警戒に当たっている。
始まりは私が生まれる前の事。詳細は分からない。
人間から仕掛けたとも、”森林破壊が許せない”と、エルフや獣人から攻めてきたとも、『ワイテの街』の”ナンブー鉄鉱石”をドワーフが欲しがったからとも言われている。
エルフ・獣人・ドワーフと人間の共存する村が本当に存在するのだとすれば、イーストランド王が何かを仕掛けたのが発端かもしれない。
人間よりも強力な魔法を使うエルフ、筋力の強い獣人やドワーフと互角に戦うためには魔法が要となる。
攻撃・防御・回復…。
MPが減った何十人もの魔法師に、速やかに魔力の補充を行える宝珠。
これは数百・数千の魔法師を相手に戦うと同義だ。
そしてその膨大な魔力は、古文書にあった”勇者召喚魔法”のカギとなる。
何処の誰が残したか定かでは無いその古文書。
王宮図書館の最奥で、数年前に清掃中の司書が偶然発見したものだ。
王宮の賢者や学者が集まり、血眼になって解読した結果、魔法師百人程の魔力を集めれば、異世界から強い力を持つ勇者を召喚できるというものだった。
勇者召喚魔法の詠唱自体には、魔力の必要はない。ただし、召喚を求めたものは勇者に”誓い”が必要で、身体の何処かに誓いの印が刻まれるという事であった。
余剰な魔力がある訳でもなく、また、『印とは奴隷の烙印である』と結論付けられ、古文書は賢者シモン・エリュクにより封印された。
三日前、お母様…女王様から招集令が下り、ブレーンが王の間に集められた。もちろん私も。
放たれていた情報収集を担う”影の者”が一名のみ帰還できた。それによると、『カヤマの街』『トリの街』『ゴヒョウの街』の三つの街が壊滅。
生き延びた者や、残りの『ワヤマの街』『サカオの街』『旧都トキョーの街』『エミの村』の人間は『神聖ラーナ王国』に集結し応戦準備を始めた。
総兵数約三万。魔王軍の総数は不明ということだ。深手を負ったその”影の者”は、役目を終えるとその場で事切れた。
これまで戦死した者は獣人の国『ブック・ベア国』を含めれば兵士だけで十万を超えると聞いた。
到底三万では応戦できると思えない。
会議では、
神聖ラーナ王国に兵を集結すべき言う者。
エルフ・獣人・ドワーフ連合に助けを求めるべきと言う者。
クシューマの砦街から総兵、約五千を王都トゥーキングに戻し、守りを固めるべきと言う者。
イーストランド王家を討った、エルフ・獣人・ドワーフ連合に注意すべきと言う者。
そして私は”勇者を召喚するべきです!”と唱えた。
深夜まで続いた論争は、結局結論が出ることはなかった。
昨夜、お母様が私の部屋に訪れた。
「アリス、貴女だけでも逃げ延びなさい」
「お母様、民も国も見捨てられません。だいいち何処に逃げれば良いのですか?私一人の覚悟で皆が助かるのならば、召喚魔法をやらせて下さい!」
「勇者召喚が成功したとして、勇者が男か女か、それ以前に人間が召喚されるか如何かも分からないのですよ?それに、奴隷になるかもしれないのです」
「それでもです!このままでは、皆が見す見す魔物の餌食になるのを待つだけではないですか!」
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「そう。…分かったわ。あなたの決意が固いなら、この期に及んで是非も無いわね。召喚魔法を試してみていいわよ、アリス…」
そういって封印してあるはずの古文書と、王家の宝珠を手渡された。
勇者召喚魔法を試す日がきた。翌日早朝、人目を忍んで城の修練所に向かおうとしたところ、途中でバルドが現れた。
「バルド、お母様をお守りするべきではないですか?」
「姫様、何処に行かれる御心算ですか?」
「…… 」
「はっはっはっ…。姫様を赤子の頃より見守ってきたこのバルド。黙っていてもその眼差しを見れば気づきますぞ。御一人で”召喚魔法”とやらをする御心算でございましょう?」
賢者シモンも、私が何か隠し事をすると
『ほっほっほっ…。姫様のオシメを取り換えたこともあるこのジイに、隠し事などできませんぞぃ』と言うし、バルドにも隠し通せませんか…。
「そうです。昨夜お母様から許可を戴きました。召喚には、この身一人で十分です」
「姫様。無頼の輩が来ぬ、とも限りません。どのような者が現れてもバルドが盾になる所存。御供つかまつる」
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