2-25 ツラくとも為せば成るものだ!
危うく変質者扱いされてクリスに怒られるところだった。
まったく…。こんな朝早くから罠が仕掛けられているとはホント恐ろしい。
ベアトリス、ありがとう!
ナイス、一番搾り!!
ロビーにある、2人掛けのソファがテーブルを囲み三脚並ぶ席へと向かう。
俺はソファへ腰を下ろしたがベアトリスもエドも立ったままである。――二人とも他人の前では従者という態度を崩さない。
そのため遣いの女性に席を勧めてから、わざわざ指示を出して空いている別のソファに二人ならんで座らせる。
「申し訳ございません。せっかくのご好意なのですが、自分の主人の夫となられる方の前で席に着かせて頂くことなど出来ません」
固辞するだろうと思っていたので、エドとベアトリスにわざわざ指示をして座らせたのだが効果は無いようだ。
「んん? 自分の主人の夫という事はクリスに言われて来たの?」
「あ、いえ。私はクリスティーネ様の専属の従者、一応は執事を任じられていますが、ヨウスケ様の下へ言付けを届けるように命じたのはアウル様でございます」
「じゃあ、俺がどういう人か言ってなかった?」
アウルなら俺が嫌がりそうなことぐらい話しているはずである。クリスにしても必ず一言あるだろう。
「はい、伺っております。ヨウスケ様はお堅い話し方が苦手であると。あと、とてもお優しい方とも仰られておりました」
「じゃあ、座って話をしてくれるかな? 女性を立たせたまま俺は話なんて出来ないし、夜中からいたんでしょ? 疲れてるだろうから座って話しなよ」
「いえ、ですが…」
彼女を立たせたまま話をするなど俺には無理である。しかし、彼女の様子からこのままではラチがあかないので強権を発動させる。
「んー、じゃあ座ってくれるまで待ってるよ。話を聞くのはそれからになるけどね」
これを聞いて多少の逡巡を見せたがどうやら観念したようだ。堅かった表情を少し崩した。
「ふふ。本当にお優しい方なのですね。わざわざ意地の悪い仰り方までされて。では、お言葉に甘えまして席に着かせて頂きます」
そう言って空いているソファに座ったが、浅く腰掛け背筋を張ったままである。
「ん――…エド、ベアトリス。普段通りにしてくれる?」
二人とも同じように姿勢を正したままで座っていたので、俺たちのいつものスタイルを見せることにした。
身体から力を抜いて楽な姿勢を取る。
そして、二人はそれぞれ俺に話しかけた。
「旦那も結構無茶を言うよな。俺は元々粗野だからすぐ慣れたが、公爵家で働いているような人には旦那の要求は難しすぎだと思うぞ」
「そうですよ、ご主人様。私だってすごい時間掛かったんですからー」
二人のこの発言にはさすがに驚いたようだ。かわいいおめめを思いっきり見開いている。
クリスの専属なら恐らく今後も付き合いがあるから、彼女のことはよく知っておくべきだろう。
まだ自己紹介を受けていないが、スキルを使えば名前や年齢など分かる。
しかし、残念なことにそれは禁止されている。
俺はなんでもすぐ顔に出てしまうタイプである。
そんな俺がスキルで相手を診てしまうと、今後会う人、要は初対面の人に対して不信感を与えてしまう原因となり得る。それに俺のスキルを知っている相手であれば、分かっていても気分を害してしまうだろう。
そのため、クリスとアウル、そしてエルから厳重に注意されて、怪しい人物以外、初対面の相手には使わないようにと約束させられている。
もちろん道行く知らない美人のお姉さんなどはちょくちょく調べている。
危機感知に反応はなくとも、どんな危険があるか分からないのだから、これは約束を破っているわけではない。
「…驚きました。クリス様にもヨウスケ様はお堅いのがお嫌いだからそのように接しろと言われていたのですが、従者の方ともその様に接しておられるのですね。正直なところ、初対面でもあるのでそのような真似は出来ないと思っていたのですが…」
アウルには日の出ぐらいの時間に起きるはずだからその頃に行けば良いと言われていたらしいが、万が一のことを考えて夜中から待っていたそうだ。それにいくら俺が堅いのが嫌いとはいえ、今後自分の主人の一人となる人物を座って待つなど考えもしなかったらしい。
「申し遅れました。私はアームストロング家の執事の一人で、ギーゼラと申します。執事と言っても私はまだ新米でして…。至らぬ点が多々あるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」
話を聞くとギーゼラの母親はクリスの乳母だったらしい。
幼少の頃はクリスとよく遊んでいたそうだ。
クリスがコルンバの学校へ行っている間は、ここフェニックスの学校に通っていた。
卒業後はアームスストロング家の執事見習いとして働き、一年ほど前、正式な執事に任命されたそうだ。
そのため街には詳しく年齢も若いので俺が気を使わなくて済むだろうとアウルから街の案内を兼ねて言付けを受けてきたとのこと。
ちなみにギーゼラが側仕えや下働きとしてではなく、執事見習いとして雇ってもらえたのには理由がある。クリスの幼友達ということもあるが、学校での成績が非常に優秀だったからだ。
公爵家ともなれば執事は他にも何人もいて、その上に筆頭の家令がいる。――現在で言えば、ウスターシュの後任だ。
そして若くして執事に大抜擢されたのにも理由があった。
元々、クリスは自分の夢のために結婚相手には厳しい条件を付けていた。仮にこのまま婚期を逃しても公爵令嬢であるのだから、夢を諦めるのであればいくらでも相手はいる。
しかし、クリスがそんな簡単に自分の夢を諦めるわけがない。
たとえ諦めたとしても、女性らしい趣味はなくお淑やかな貴婦人としての素質も素養もないクリスをどこかの良家に嫁がせても幸せになるとは思えない。
クリスは公爵家の嫡子なので死ぬまで準爵位でいられる。
ただ、今は良いとしてもクリスの兄が公爵位を継げば、いずれは行かず後家の邪魔者になるだろう。クリスの兄が邪険にすることはないが、その子供、孫の代では分からないのだから。
それならば、いっそ新たに一家を立てさせてやろうと考えた。
正騎士となれば騎士爵になれる。それ以外でも準男爵、士爵であれば公爵であるクリスの父親ならば個人の裁量で授けることは出来る。ただどれも当代限りで、もし子供が生まれても継がせることは出来ない。
独り身で生涯を終える可能性は高いが、誰か良い男を見つけて普通の結婚生活を営む可能性もある以上、父親としては男爵家くらいは立てさせてやりたいと思っていた。
しかし、男爵位以上の叙爵が出来るのは国王のみであり、それ相応の偉業を達成せねばならない。
ただ偉業とは言っても個人の貢献とは限らない。
例えば、何代か続けて正騎士を輩出した家ならば、それだけ国のために研鑽を積み重ねたということで男爵に取り立てられることがある。また、高官職に就けるような才能ある文官を代々輩出しても同様に男爵位を叙爵されている。
国に大金や国宝クラスの品を納めても士爵や准男爵を叙爵される。早い話が金で爵位を買うのだが、何代にも渡って相応の対価を納め続けるのは難しい。だから商人や冒険者などから成り上がった者には男爵位以上はさすがに厳しい。
これらの条件はもちろん無駄に貴族家を増やさないためである。だから貴族に生まれても後継者以外は安泰ではない。
そのせいで後継者争いはよく起こっている。――血生臭い話も多々聞くらしい。
真っ当な考えの者であれば、後継者以外の男児は正騎士を目指して訓練を重ねたり、国の要職に就けるよう勉学に励む。商才があれば自分の家を後ろ盾にして商いを始めることも可能だ。
正騎士となれれば、自分の子供にも正騎士となるべく研鑽を積ませることが出来る。そうやっていずれは自分の子孫が男爵位以上の貴族に取り立てられることを目指す。
もちろん、夢に敗れた者や無為に時を過ごして生涯を終えるものが大半である。
ただ女性であれば、可能性は大きい。
良家に嫁ぐことで自身の安泰は保証されるし、たとえ平民に落ちるとしても、大商人にでも嫁げば贅沢な暮らしが出来る。
そのせいと言うのも何であるが、それが甲斐性さえあれば複数の妻を娶るのことを公然と許されている理由なのだ。
そしてクリスの父親であるアームストロング公爵は、家宝のなかでも王家も羨むような品をいくつも納めることでクリスを男爵にしようと画策していた。可愛い妹のことなので後継である長男も反対はしないし、アウルに至っては自身の爵位すら捨てて商人として立身しているのだから反対するはずもない。
しかし、当然領地はなく無官である以上は俸給などはない。
貴族としてどうかは兎も角、運が良いことにクリスは贅沢や貴族らしい生活などには興味はない。
なので、多少のお金さえ出せば生涯生活に困ることはないだろうが、問題はある。
――そう、クリスには金銭感覚が全く無いのである。
幾度も宝物庫から消えたお宝に泣いた父親としては、お金の管理だけは信用のおける人物に任せたい。
そこでギーゼラの登場となった。
幼い頃からクリスとは仲が良く、優秀でもある彼女を付いて行かせれば慎ましくとも食べるには困らないだろう。また、彼女の才覚があれば商売でもして多少の収入を得ることも出来る。
ギーゼラとしてもクリスのことが心配で、自分の人生…家庭的幸せを棒に振ってでもクリスに付いていきたいと考えていた。それを知っているクリスの父親は心苦しくとも彼女にお願いをして、今のうちからその経験を積ませるために執事へ抜擢をしたのだった。
ところで、なぜここまでのことを俺が知ることができたのか。
それは診ることを禁じられ、ギーゼラの真の姿を知ることができない俺が彼女を質問攻めにしているからだ!
黙ってスキルを使ってしまえば良いのだろうが、使ったことが顔に出てしまうのだから、ベアトリスにすぐバレる。――しかし、この禁止事項は思った以上にツライ。
本来の俺ならば初対面の美女相手に、これほどの質問ができる饒舌な男ではない。
それなのにここまでの情報を聞き出せるほどに必死となっている。
しかし、知りたい情報は得られたので質問攻めはここで終了。
家庭的幸せを棒に振ってでもクリスに付いていきたいと考えていたのならば、彼氏はいないはずである。
そう結論付けて俺は平常心を取り戻した。
関係なくても気になっちゃいますよね(笑)
次話投稿は明日の予定です。
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