第5話 軽薄の夜
「私才能ないなんて言ってないけど」
「いや…で、感想は…?」
「ひどいね。ひどい小説だ」
…凛さんの言葉が、俺の口角を下げる。だが、凛さんは変わらずにやける。
「まず…文章がダメ。どの文も『~た。』って形。改行もないし。内容は、心情をだらだらと流してるだけ…」
少し間を開けて、真顔で凛さんは言う。
「…あんた、才能ないよ」
「…知ってますよ」
「じゃあ、なんであんたは書いてんの?もっと、才能のあることしたらいいじゃん」
「そ、それは――」「夢を諦めたくないから?」
凛さんが俺の言葉を遮り告げる。
「前も言ってたよね…夢を諦めたくたくないって」
「…はい。小説家になりたいんです」
「小説家になったら?」
「え?」
「だから、これから…まぁありえないけど、あんたが小説家になれたら。それで終わり?」
「…」
「……軽薄だね」
すぐに口を開く。
そんなことはない!お前に俺の何がわかる!ふざけんな!
そんな言葉たちが脳内をめぐる。けれど、言葉は出なかった。
俺は…なんで書いている?なんで夢を持った?
千景さんの言葉で、夢を与えられたから。
――軽薄だね
違う。
…違うのに。
けれど、沈黙を破れない。
俺は、軽薄なのか?
遠くで、白石さんの声が聞こえる。授業が始まった。未だ、遠くで。
授業終わり、俺はすぐに教室を出た。授業の内容は、覚えてない。
軽薄。その言葉だけが、俺を支配する。
無意識に回る風景をぼんやりと眺めながら。
胸中にあるのは言葉。小説家になる。そんな夢の向こう側。
けれども白紙。考えども、白紙。
アパートに着く。階段を昇る。カンカンと鉄の音。
…俺の部屋の前に人影がある。
目を凝らす。
こちらを気づいたようで、その女性は微笑んだ。
千景さんだった。
「小説。読ませてくださいよ」
夜空の光に照らされていた彼女が――
綺麗だった。あの日の星月より、ずっと。
あの男の夢を壊す方法は、もう決めてある。
“褒め殺し”だ。
夢を壊すのは、いつだって…他人じゃない。
自分自身だ。
私は…もう、それをよく知っている。
だから、やり方は簡単。
あの男の小説をほめちぎる。調子に乗らせる。成長なんてできないほどに。
そして私のたった一言でできた夢など、きっと…そのうち冷める。
夢を追いきれなかった悔いだけを、胸に残して。
その時、男の顔を見れば、救われる気がした。
肯定される気がした。
「小説。読ませてくださいよ」
私の声が伸びていく。男はこちらを見たまま黙っている。
まさか。
「…書けてないんですか?」
その問いにようやく男は口を開いた。
「いえ!書けてます…」
紙を手渡してくる。いっちょ前に原稿用紙。
そこに書きなぐられた、汚い文字の羅列に目を通す。
この小説は本当に、ゴミみたいだった。
言ってしまいたい衝動を抑え、口角を上げて言う。
「この小説…素晴らしいですね!」
「え?」
男の素っ頓狂な声が夜に響く。
「…本当に?」
「はい。この小説を見て、確信しました。あなたには、才能がある」
「…」
「どうしました?」
「…つい、さっきの事なんですけど、厳しいこと言われて。だから、褒めてもらえたのが嬉しくて」
「…厳しいこと?ネットにでも挙げているんですか?」
「いえ…小説のスクールに通ってるんです。その内容を、小説にしたみたいなところがあって――」
想定外の言葉に思考が止まる。
スクールに通っている?その年で?
…いや。
空き巣なんかをやるような奴だ。恥も外聞も常識もないのだろう。
「本当に…千景さんの言葉に、救われました」
キラキラした顔でそいつは話す。
拳を、痛いほど強く握り潰す。
「…そう。それは、良かったです……では、また来ますね」
「はい!」
男の横を過ぎる。階段を降り、家へと歩いて行く。
褒め殺し。それはこの男には効かない。
厳しいことを言うやつもいるのなら、それはアメと鞭だ。
「…クソが」
だが、スクール!
その存在がわかっただけで、今日はいいとしよう。
家へと歩いて行く。次の夢を壊す方法を頭の中で巡らせて。




