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開花


 開花。


 咲く。


 白頭巾の胸に滲み、開花していく赤い花。

 その中心に背後から貫いた銀の牙の右の爪が咲かせた徒花あだばな



『ジャラジャラ。』

 それは左肩の負担を減らすために、巻かれていた鎖を床へ落とした音。



「ぐふっ…。」

 吐き出した鮮血は、気道に満ち溢れ、自らの血に溺れていた。



「助けなければ、勝っていたはずですがね。」

 左手で、力の無くなった頭を白い頭巾と共に握る。

「所詮、人間。私には勝てなかったと言うことですよ。」

 笑いが勝ち誇る。


 握った頭を支えに、貫いた右の爪を抜き去る。


 『だらり』と表現される白頭巾の体は、銀の牙が握る頭を支えにぶら下げられる。


 『ポイッ』と言われる程に呆気なく、無造作に捨てられる白頭巾。


 鈍い音を立て、床に転がる。


 そして、染み出す赤い流れは、床に血溜りを作り広げて行く。



 余韻。


「グハハハ。」

 下品に、高らかに笑う。愉しそうに。




「さてと…。」

 区切りを付け、

「レイモンド神父。」

 振り向いた。


「どうしましょうか?」

 ゆっくりと歩を進めるマーシュ神父だったモノ。



 恐怖は人間を凍り付かせ、その思考と体を切り離す。


(どうしよう!)

 首に掛けた十字架を求める手が言う事を聞かない。


(逃げなければ!)

 走り出したい衝動に、足も言う事を聞かない。



 マーシュ神父だったモノは満足していた。

(人間とは、やはりこういう反応でなければ。)

 狼の口元が笑う。


「貴方も、仲間にして…。」

 レイモンド神父の恐怖に引きる顔を覗き込む。


(ギリギリの戦いも楽しかったが、絶対的な力で支配するのも悪く無い。)

 自らの力に酔いしれた。


「お仲間になりなさい。」

 振り上げた右腕。


 瞳に映る恐怖をもたらすものの自分の姿を見る事が何より快楽であり、人狼としての愉しみと言わんばかりに。



 脳が振り下ろす指令を出す。



 否定。


「違う…。」

 レイモンド神父の瞳に映る恐怖を与えるモノが、自分で無いことに気が付き、脳が指令を止めた。



 五感が感じた。



 先程までは白頭巾と人狼の激しい戦いが火花を散らし、王の間を熱くしていた。

 実際には、温度に変化は無かったはずだが、熱いと感じられていた。


 この場の温度が急激に下がっていると。



 空気に熱く漂っていた戦いの火花が、凍り付き床へ積もり始める。



 恐怖。


 それが、マーシュ神父だったモノを振り向かせた正体。


 見たものは、その眼を見開かせる程に驚かせた。

 それは、レイモンド神父の瞳に映る恐怖を与えるものと同じ。



 体を仰け反らせるせる様にしながら、血溜りより脚から立ち上がる白頭巾の姿。


 何より驚くのは、足が宙に浮いていた。


 上半身は力無く反り返り、ダラリと下がっている。頭と腕は重力に引かれ真下を向く程に。


 腰が立つ。


 体が。


 腕が。


 そして、頭が立つ。


 が、勢い余って前へと流れる。



 俯き加減の頭がゆっくりと持ち上がり、首が座る。

 その動きが、鎌首を持ち上げる蛇の姿と重なった。


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