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06 取引


 しかしあとから考えてみれば、襲撃者達はその瞬間を狙っていたのだろう。

 出産後気が立った母竜の、緊張の糸が切れるその時を。

 彼らにして見れば、産まれたての雛鳥の監視網なんてものの数にも入らない。

彼らは息を潜め森に篭り、ただ粛々とこの瞬間を待っていたのだ。

 そのことに考えが至ったのは、重い鉛の鎖を体にかけられたその時だった。


「アギャ!?」


 とっさに口から出たのは、裏返った意味をなさない鳴き声だった。


「リーン!?」


 宵闇に、驚き狼狽する兄弟達の声が響く。


「助けて!」


 まだ柔らかい鱗に、鉛の網が食い込む。

 広がった網が引っ張られ、ズルズルと後ろに引っ張られた。

 いやが応なく体が後ずさっていく。

 夜目が効かないらしい兄弟達は、なにが起こったのかと持ち場で右往左往するばかり。

 一方で私は暗闇が得意らしく、遠くまで鮮明に見通すことができた。


「お母さん! お母さん!!」


 恐慌状態に陥ったニカが、母を起こそうと叫ぶ。

 しかし襲撃者達は、事前に綿密な計画を立てていたらしい。

 私の次に体の小さなニカにも網をかけ、さらっていこうとした。

 痛みと恐怖に耐えながら、私は考えた。

 彼らの狙いは、珍しいという黒竜の私だろう。

 全員が等間隔で距離を取っていた今が、絶好のタイミングだったに違いない。

 ひきづられ続けていくと、4人の人間がいた。

 夜目を効かせるためなのか、目に双眼鏡のような特殊な眼鏡をかけている。

 あたりに響き渡るニカの悲鳴。

 パニックになったサモアが炎を吐き、それによって今の巣の現状が露わになった。

 ニカはすでに巣の中から姿を消している。

 ノルンとサモアには同じように網がかけられ、それに必死に抗っていた。

 眠り薬でも刺されたのか、お母さんは一向に目を冷ます様子がない。

 このままでは、兄弟全員が連れ去られてしまう。

 お母さんが目を覚ましたら、さぞ驚き悲しむだろう。


(そんなのは、だめだ)


 私は意を決して、近くにいた人間に話しかけることにした。


「ねえ」


 話が通じるかは賭けだった。

 この世界の人間が日本語を喋るわけはないし、ギャアギャアという竜の言葉だって理解してもらえるとは思えない。

 しかし竜とはいえ、非力な私に使える武器は口と頭しかないのだった。


「ねえっば!」


 辛抱強く問いかけると、奇妙な眼鏡をかけた男が不思議そうに私をみた。


「おい、まさかお前喋れるのか?」


 どうやら、意思の疎通が可能なようだ。

 私は飛び上がって喜びたくなった。

 だが、まだ言葉が通じただけだ。

 重要なのはここから。


「取引を、しませんか?」


「取引だ!?」


 あまりにも予想外の言葉だったのだろう。

 男は大声をあげ、その奇妙な眼鏡を外して私をみた。

 髪を短く刈り上げた、なかなかの男前だ。

 彫りが深く野生的で、ふとした動きはしなやかだが筋肉の鎧に囲まれ屈強という言葉がよく似合う。

 彼は目をまん丸くさせた後、ガハハハと豪快に笑い出した。


「こりゃあいい! 希少な黒竜が喋りやがった。こいつぁ高く売れるぞ!」


 やっぱり、竜は普通人間と会話できないものらしい。

 いいことを知った。


「高値がつくのなら良かった。では、さらうのは私だけにしてください」


 私の申し出がよほど予想外だったのか、男はさっきよりも目を丸くしてまるで飛び出しそうなぐらいだった。


「はは、何を言いだすかと思えば……。お前が取引なんてできる立場かよ。既にお前は丸ごと俺たちのもんだっての」


 彼は言葉の端々に、軽い嘲笑を馴染ませる。

 私はどうしてお母さんがあんなにも人間を警戒していたのか、ひしひしと思い知らされていた。

 彼らは日本に暮らす人間よりも野蛮で、言葉が通じているのに理解し合えるような気はちっともしなかった。

 だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。


「私の取引を受け入れてくれないのなら、もう金輪際喋りません。いくら痛めつけて強制されようが、目も口も閉じましょう」


 そうすれば、彼らは私の価値を証明できず、せっかくの戦利品(わたし)を買い叩かれてしまう。

 男が薄い笑いを止めた。


「なにを言いやがる」


 まるで地の底から響くような、背筋の凍る声音。


「私は本気です。取引の間に決断した方がいいですよ。雛とはいえ黒竜。あまり私を怒らせない方がいい」


 後半は完全なるはったりだった。

 私になにができるかなんて、私自身が一番知らない。

 でも、珍しい黒竜の能力が未知数なのはきっと相手も同じ。

 沈黙は永遠のように続いた。

 すっかり闇の降りた巣に、時折ラーキの放つ炎が灯をともす。

 ニカの鳴き声が、もう遠すぎて聞こえない。



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