◆第89話
マーシャルの話を聞いた周囲は唖然とする。
まさか隠し通路があったその場所だけで、ここまで論議を展開し、様々な可能性を見出したのだから。
しかしマーシャルの発言はあくまで疑問点を述べただけであり、解決策にはなっていない。
これらの疑問を紐解いていくことが、シェイラを見つける手掛かりになるとは、みな思ってはいるが。
「確かに引きずったほうが運びやすいな」
「何を言う。シェイラ様は王女だぞ。引きずるなどもっての外」
エリックの発言に眉をひそめて反発したのはサーシャだった。
相変わらずの犬猿の仲である。
「じゃあ聞くが、敵がどこぞのお姫様だったとして、そいつの意識がないのに運べと言われて、くそ狭いしゃがんでしか歩けない道でどうする?」
「それは・・」
「担げないし抱えられない、それなら引きずるしかないだろうが」
ハンッと鼻で笑って言い負かしたエリックはどこか嬉しそうだ。
それに反して、サーシャは悔しそうに唇を噛み締めている。
「しかもクマだぞ、クマ。意識がない人間ほど重たいものはないっていうのに、それをわざわざ運んで、あまつさえご丁寧に入り口を塞いでるんだ。とんだ仕事量じゃないか」
「なにせクマですからねぇ、ぬいぐるみの」
エリックの言葉にヒュースはそう呟いた。
その目はどこか遠くの方を見ている。
ヒュースの体と精神はそろそろ限界らしい。
「そもそもあのクマは魔導具なのか?」
エリックはマーシャルにそう問いかける。
「それは何とも。おそらく魔導具でしょうけど、私は目に留めただけで触ったわけではないですから、絶対の確証はありません」
手元にないことだけが惜しいと、マーシャルはため息をつく。
しかし、相手はそのクマがこちらに残るといけないから、クマごとシェイラを連れていったのだろうと、マーシャルは仮定を立てている。
そしてそれは、マーシャルが魔導具を分解し改造できる人間だと相手は知っているということを意味するとも思っている。
「とりあえずもう一度、庭師の話を聞く必要があるな」
エリックがそう言うと、周りはそうだと首を縦に振る。
そしていっせいに見渡し始める。
キョロキョロと。
しかし、どれほどくまなく部屋の中を見ようとも、探している人物の姿はない。
この話し合いが始まる時には確かにいたはずなのに。
「庭師がいないぞ」
「・・どういうことだ?」
みんなの頭に疑問符が浮かぶ。
間違いなくここにいる誰もが庭師がこの部屋に入るのを見た。
しかし誰も庭師がこの部屋を出ていくところを見ていない。
そう、それはまるで、
「・・消えた?」
まさにその一言に尽きる。
「エド」
「・・扉の前にいる青騎士に確認をしましたが、この部屋からは誰も出ていないそうです」
「なんだそれは。そんなはずないだろう」
青騎士と話を終えたエドワードの発言に、サーシャは声を上げる。
そんなはずがない。
なぜなら、現に庭師がこの部屋からいなくなったのだから。
「では青の団長は、ご自分の部下を疑うのですか?」
「そんなわけ、」
「ないのでしたら、今の言葉は取り消してください。彼らは誰も出てきていないと言っていましたので」
エドワードは冷たくサーシャに告げた。
そんな様子を見ていたマーシャルは「ああなるほど」ととても残念そうな目でサーシャを見た。
―――軍人といえど、やはり女なのね。
マーシャルはサーシャを見つめた。
サーシャはエドワードに告げられた言葉にどこか打ちひしがれている様子だった。
「シャル。あまりじっと見るものじゃない」
エドワードはマーシャルの目元に、大きなその手をやると、そっと視界を覆う。
途端に暗くなったマーシャルの視界。
次に明るくなった時には、マーシャルの目の前にはエドワードがいた。
「サーシャ様は感情型なんですね」
「感情型?」
「理性ではなく本能で行動しているといったところですかね。女性のヒステリックの劣化版」
「・・ああ、そういうこと。まぁそうだな。どちらかというと、感情に支配されやすいかな、うちの団長と違って」
エドワードはそう言って、エリックの姿を見る。
エリックは何があっても、常に中立でいようとする。
そして、任務の間は一切の感情を表に出さない。
その感情が時には命取りになるということを、幾度となく戦場に身を置いてきた彼はよく知っているからだ。
「まぁ今はサーシャ様より行方不明になった庭師様ですけどね」
「全くだ。本当にいなくなったことに気が付かなった。むしろ最初からいたのかすら怪しいよな」
「・・・・・それだ」
「は?」
「途中からいなくなったんじゃなくて、最初からいなかったんじゃないですか?」
またマーシャルがとんでもないことを言いだしたと、エドワードは口元を引きつらせる。
しかしこのマーシャルの突拍子もない発言が当たることがあるから、エドワードは馬鹿々々しいと一蹴できないのである。
「じゃあ俺たちが最初に見たあれは誰だよ」
「幻?」
「・・・もうちょっと考えてから言えって」
エドワードは頭を抱える。
マーシャルがひらめいたと言わんばかりの反応をしていたため、もう少しまともな発言が返ってくると思っていたのだ。
「魔導具なのかな?」
「そんな魔導具はあるのか?」
「うーん・・ないんじゃないですか?造らない限り」
「あのな、シャル」
エドワードはなんとなく痛み出した頭をおさえながら、マーシャルの名前を呼ぶ。
「でも庭師様は水の精霊師だったんでしょう?それならできることもあるんじゃないですか?」
マーシャルはエドワードの言葉を聞く前にそう言ってのけた。
そう言ったマーシャルの顔は、どこか確信めいたものがある。
「例えば?」
「例えばいうか、エドは水をどのように思ってます?」
「敵」
なんともざっくりとした表現にマーシャルは苦笑する。
「確かに火の精霊の加護を持つエドからしたら敵ですけど」
その表現はどうだろうかと、マーシャルは思うのだった。
「水は映し鏡でもあるんですよ」
「映し鏡?」
「はい。水面に映る自分の姿を見たことはありますよね」
「ああ、あるな」
「あれは、影と一緒でもう一人の自分でもあります。おそらく、湿度調整と水の精霊の力を借りれば、もう一人の自分が作れるんじゃないでしょうか」
マーシャルは難しそうな顔で言う。
彼女の頭では、今しがた自分が言った方法で本当に虚像のような自分が出来上がるのかどうかを検証している。
「やってみたほうがいいですね。百聞は一見に如かずって言うし」
うんうんと首を縦に振ったマーシャルは、側にいた青騎士にお願いしてバケツを持ってきてもらった。
マーシャルとエドワードの様子に、周りが何事かと訝しげに見つめる。
2人は議論そっちのけで何かをやろうとしているのだ。
マーシャルは持ってきてもらったバケツを床の上に置くと、ここがどこだかも忘れて、どこからともなく水を出す。
その様子に圧倒される周囲。
少し引き気味に見るエドワード。
たっぷりとバケツに入った水を見たマーシャルは、そのバケツを抱えて目を閉じる。
――――精霊さん。どうか私の姿をその水に。
たったそれだけ。
それだけの願いで、水はまるで何かの生物のようにうにょうにょと動き出し、何かの形を形成していく。
ほんの数秒。
目を開けたマーシャルの目に映ったのは、鏡に映ったかのようにそっくりなもう一人の自分の姿と、空になったバケツだった。




