◆第88話
状況整理は大事だと、誰かが言った。
ならば、関係者を呼んでここで話し合いをしようではないかと、また誰かが言った。
そうだそうしようと、周りの誰かが賛成した。
そして集められた、9人の関係者たち。
そこに身分の差は関係ない。
「では、始めましょうか」
日に日に酷くなる目の下のくまを気にすることなく、ヒュースはそう言った。
本来ならばいるはずの重鎮たちは、今日はそこにいない。
それだけで、ヒュースの気分は少しだけ晴れるのだった。
「王都内でなにか見つかりましたか」
ヒュースはそう言うと、王都の巡回をしている黒騎士団団長であるエリックを見た。
エリックは難しそうな顔をして「ないな」と一言呟いた。
まだ巡回しながら捜索は続けている黒騎士だが、目星となるものがクマのぬいぐるみだけではどうにも探しようがないのだ。
「おまけにここ連日、クマの人形について聞きまわっているせいか、都民が怪しがっている」
「・・やはりそうですか。困りましたね」
都民に王女が誘拐されたなどとは、口が割けても言えない。
その情報が漏れてしまえば、王都が、いやこの国中が混乱に巻き込まれるのは目に見えているのだ。
おまけにもうすぐ式典がある。
その式典のために各国からやってくる王族もいるのだ。
「シェイラ様の聞き込みはどうですか?」
ヒュースは、今度は青騎士団の団長であるサーシャのほうへと向く。
サーシャはエリックを睨むように見ていたあとに、ヒュースへと向き直ると説明を始めた。
「城の者に確認したところ、シェイラ様は自室を出た後、リーソフィア様の私室には向かっていないということがわかった。くまのぬいぐるみを抱えたシェイラ様は、わざわざ王城を表から出てから、裏の庭園と向かったということだ」
「表に出て、ですか?」
それには、城の造りに詳しくないマーシャル以外の誰もが首をかしげた。
王城は、城壁に囲まれた、その中にある施設全てをさすのだが、王城内は真ん中に王が住まう城、その西側に騎士の宿舎や訓練場、東側に研究塔、北側に魔法師団のための施設というふうに配置されている。
その北側に庭園がある。
そしてその庭園には、別にわざわざ表から出ずとも、城の中を北に突っ切っていけば到着できるのだ。
城に住むシェイラがそんなことを知らないはずがない。
キャレットは少し前に裏の庭園でシェイラの姿も見ている。
「行動がかなり謎ですね。シェイラ様はその行き方しか知らなかったのですか?」
「・・いえ、そんなことはありません。シェイラ様は裏の庭園がお好きで、よく行っておられましたので」
マーラはよくシェイラに付き添って、裏の庭園までいったことがある。
シェイラはいつも城の中を北に突っ切って裏の庭園まで行っていた。
どうしても、表から出て向かうと遠くなるのだ。
「外でシェイラ様を見た者は?」
「おります。皆、シェイラ様はクマを抱えながら歩いていたとのことです」
「誰か声をかけなかったのですか?」
「・・数名声をかけた者はいるのですが、よくわからないと言っているのです」
サーシャは言いにくそうに言った。
サーシャ自身も、よくわからないという言葉自身、信じられていないのだ。
「よくわからないとは?」
「シェイラ様を見て、護衛もつけずにいたため不審に思った青騎士数名が声をかけています。しかし、声をかけたことは覚えているのですが、その後の記憶がないのです」
「記憶がない?」
「はい。気が付いたら、通常業務に戻っていたと」
なんだそれは。
誰もそう言わないものの、誰もの耳にそんな声が聞こえた気がした。
「確かにシェイラ様を護衛しなければと思って声をかけたはずが、声をかけたら通常業務のほうが大事だと思えたと、皆言っています」
そのことに、ありえないと、周りが思う。
王族の護衛を主な仕事としている青騎士が、王族であるシェイラよりも優先すべきものはない。
それなのに、声をかけたら通常業務の方が大事に思えたというのだから、異常事態であろう。
「ますます謎だ。・・・ほかに情報がある者は?」
ヒュースは疲れた様子を隠しもせずにそう言った。
あるわけないと、瞑っていた目を開けたとき、遠慮気味に手をあげる白銀の髪の少女の姿を目にした。
「マーシャル嬢、なにか?」
ヒュースは手を上げていたマーシャルに声をかける。
その途端、マーシャルに凄い量の視線が向けられた。
それに一瞬だけ肩を揺らしたマーシャルは少し迷ってからスッと席から立ち上がった。
「エドと、実際に隠し通路を見てきました」
マーシャルはやはり遠慮気味に言った。
隠し通路という言葉に反応したのはキャレットだった。
ついでヒュース。
ヒュースはなんだかんだ言って、そんなものはないと思っていた。
「確かに、バラの向こうに道はありました」
マーシャルはエドワードと一緒に見つけた隠し通路のことを思い出す。
なんとも不思議な体験だったと、ひとりで思う。
「本当にあったんですか、隠し通路」
ヒュースは呆れたように言ってキャレットを見た。
キャレットは気まずそうな顔で首を縦に振った。
城の設計図には載っていないそこは、もはや知っているのはキャレットと王妃くらいだろうか。
今は亡き先代陛下も知っていただろう。
「あの壁を超えた先にある森につながっていました」
「通ったんですか?」
「通りましたよ」
マーシャルはそう言って、恨めし気にエドワードを見た。
その視線に気が付いたエドワードは素知らぬふりをして、マーシャルからそっぽを向く。
ヒュースはそんな2人の様子を見て、呆れたようにため息をついた。
「エド、令嬢になんてことを」
「仕方ないだろう。俺じゃ通るのは厳しかったんだ」
マーシャルですら、頭をぶつけたくらいである。
彼女よりも背が高く体格の良いエドワードが入れば、窮屈そのものだろう。
「で、そこでいろいろと疑問点が」
「疑問点?」
「はい。一つ目に隠し通路はとても丁寧に隠されていました。エドがバラを掻き分けてやっと見つけたのです。それを、いくらあの庭園に通っていたとはいえ、シェイラ様が気付くのでしょうか、という点」
白い壁を覆うバラたちは、なんとも巧妙に隠し通路を隠していた。
それこそ、近くで見てもわからないほどに、バラの蔓が幾重にも絡まっているのだ。
「二つ目に、先ほども言いましたが、隠し通路はエドが掻き分けて見つけたのです。つまり、誰かがシェイラ様が通った後に直したことになります。誰か、といってもシェイラ様を連れて出たのは十中八九クマでしょうから、クマが直したということになります。なぜ通るだけならば、わざわざ直す必要があったのでしょうか、という点」
マーシャルは先ほどの遠慮はどこへやら、なんとも饒舌に持論を語る。
まさかここまで自分なりに考察していたことに、エドワードは少なからず驚いている。
「三つ目に、何度も申しますが隠し通路は狭いです。私がしゃがみながら歩かなければならないほどでした。正直、重たいものを持って歩けと言われれば即答で無理だと言えるほどです。意識のないシェイラ様を運ぶとなれば、それはそれはかなりの労力でしょうね。私なら、シェイラ様どうにかしてそこまで連れてきたシェイラ様にそのまま通らせますけどね。楽ですから。それなのに、そうしなかった。それはなぜなのでしょうか、という点」
マーシャルは息を吸い込む。
そして見据える。
この部屋にいる集められた関係者を。
「そして最後に。シェイラ様の運び方ですが、抱えられて運ばれたということでした。しかし、実際の隠し通路ではそれはほぼ無理ですね。入りませんから。担いでも厳しいと思いますよ。最もよい通り方がシェイラ様を引きずることでしょう。しかしその運び方では抱えられるという表現はどうやっても使わないでしょう。その食い違いはどういうことなのでしょうか、という点です」
そう締めくくったマーシャルはにこりと微笑み一礼すると、エドワードの隣に腰を下ろしたのだった。




