◆第82話
シェイラの生誕18年兼成人の儀を祝う式典まで残すところあと7日となった今日。
あとはジェラルドが造った首飾りを待つだけだと、王城に住まう人々が思っていた、その矢先。
事件は起こった。
「シェイラ様がいなくなった?」
自分が身につけている銀の短剣のメンテナンスを行っていたシェイラは顔を上げて、慌しくやってきた侍女と青騎士を見た。
シェイラの専属の侍女であるマーラは今にも泣きそうな顔でマーシャルにシェイラについて何か知らないか聞く。
それは懇願にも似た何か。
しかしマーシャルには、マーラが安心できるような話は持ち合わせてはいなかった。
それどころか、マーシャルが起きてから今この時間まで、シェイラはマーシャルの元を訪れていない。
「今日はシェイラ様は見てませんよ」
本来ならば、シェイラは今日はきちんと護衛を連れて、末姫のリーソフィアをマーシャルの研究室に連れてくる予定をしていた。
なんでもリーソフィアがマーシャルの魔道具に興味を持ったらしい。
それなのに、いつまで経ってもシェイラがやってこないから、今日はもう来ないのかと思っているときに、侍女と青騎士がやってきたのだ。
「誰か見てないんですか?」
「それが・・リーソフィア様の元へと行ってくると言ったきり、行方がわからないのです」
マーラの言葉にマーシャルは顔を引き攣らせる。
そんなマーシャルを見てから、マーラと青騎士はシェイラを捜すためにマーシャルの研究室を出て行った。
扉がバタンと音を立てて閉まると、マーシャルは座っていた椅子に深く腰かけるとため息をこぼした。
「宝石箱の次は行方不明とか笑えないでしょ」
マーシャルはため息と一緒にそうこぼすと、メンテナンスを終わらせた短剣を太ももに差して、研究室から出た。
もちろん、行方不明になっているシェイラを捜すためだ。
さいわい今はまだ昼を少しばかり過ぎたくらいで外は明るい。
明るいうちに見つけだしてしまわなければ、王城内は途端に暗くなってしまう。
マーシャルは珍しく慌てて走った。
―――――ドンッ
「いった、」
走っていたマーシャルは角を曲がってすぐに誰かとぶつかった。
ぶつかった拍子にマーシャルはしりもちをついてしまったが、相手は少しよろけただけで倒れることすらなかった。
「シャル?」
誰だよ、痛い!と文句でも言ってやろうかと思っていたマーシャルにかけられた声は、マーシャルがよく知っているものだった。
見上げた先には、少し焦っているエドワードが心配そうに立っていた。
そっとエドワードはその手を差し伸べていることに気がついたマーシャルは、とくに戸惑うことなくその手をとって立ち上がる。
「なんでここに?」
「シェイラ様の捜索だ」
「ならここには来てませんよ。さっきマーラさんたちも来たけど」
マーシャルとエドワードは話しながら、研究塔の外へと向かう。
「エドって黒騎士ですよね?なんでシェイラ様の捜索なんてしてるんですか?」
黒は王都の巡回や新人騎士の育成と決まっている。
城の外での仕事を基本的に請け負っているのだ。
そんな黒騎士が王城内で起きた事件の捜索にあたっているのだから、マーシャルは不思議に思ったのだ。
「俺、今日は非番だったんだよ。食堂で遅めの飯を食ってたらユーリに手伝えって言われた」
「でも騎士服着てますよ?」
エドワードはいつも通り、黒い騎士服を身に纏っていた。
エドワードは少しだけ不機嫌そうな声で言う。
「いくら非番だって言っても城内だからな。なんでもない服で歩くと逆に目立つ」
「ああ、なるほど。そういうのにうるさい貴族様っていますもんね」
マーシャルは納得して、外を見渡す。
外は晴れていてとても天気が良いが、どうしても気持ちが晴れない。
とてもモヤモヤとしてしまうのだ。
「シェイラ様って行方不明なんですか?」
「さぁ・・俺も詳しくは聞いてない。ただ非番の騎士たちは間違いなくこれに借り出されてる」
「それって手当て出るんですかね」
「出たらいいけどなぁ・・」
2人は話しながら、シェイラを捜す。
といっても、きょろきょろと辺りを見渡しているだけなのだが。
しばらく歩いていると、青色を纏う騎士たちが数メートル先に見えた。
彼らは何かを話し合った後、すぐにどこかへと散っていく。
それを目で追ってから、シェイラは呟いた。
「シェイラ様の警護ってどうなってるんですかね」
宝石箱にしろ、今回の件にしろ、シェイラの身にいろいろと起きすぎではないかとマーシャルは思うのだ。
そんなマーシャルの思いを汲み取ったエドワードは少し難しそうな顔をして、言いにくそうに言った。
「宝石箱の一件で、何人か側妃のいきのかかった騎士は辞めさせられた。だから今回はみんな予想外だと思うぞ。前のことで、だいぶ警備も強化していたって話だ」
「それでこれですか」
「相変わらずきついな、シャルは」
「シェイラ様のことですから」
マーシャルの言葉にエドワードは目を丸くする。
「いつの間にシェイラ様とそんなに仲良くなったんだ」
「そうですね、お友達と呼んで差し支えないくらいには仲が良いですね」
その言葉に、エドワードは開いた口が塞がらなかった。
いつだったか、まだシェイラが宝石箱に閉じ込められていた頃は、マーシャルは頑なに王族には会いたくないと言っていた。
できることなら謁見なしで帰りたいと、言いはしないもののそういう思いをエドワードは感じ取っていた。
それがどうだ。
しばらく見ないうちに、マーシャルはシェイラの無二の友になっていた。
「この前は王妃様とお茶しました」
「・・・お前って本当図太いよな」
「ありがとうございます」
「いや褒めてないから」
「でも貶してもないじゃないですか」
「いやどっちかっていうと貶してるかな」
「仲がいいね、お二人さん」
「「え?」」
なんとも生産性のない掛け合いをしていた2人の耳に聞こえてきたのは、城の外にいること自体が珍しい宰相様だった。
その顔はいつにもまして疲れている。
この人そのうち過労死するぞと、マーシャルはヒュースの顔を見て思った。
「ヒュース、お前大丈夫か?」
「そう思いますか?そう思うのならその目潰しますよ」
ヒュースはその疲れからと頭の固い重鎮たちのせいで、かなり苛立っていた。
毒舌はいつもの2割り増しだ。
ヒュースの言葉に若干顔を引き攣らせつつも、エドワードは何故ここにいるのかとヒュースに問う。
「話は後でします。とりあえずマーシャル嬢を連れて、シェイラ様の私室へと来てください」
それだけ言うと、ヒュースは城の中へと戻っていく。
その様子を見送った2人は顔を見合わせて首をかしげる。
「なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「俺もだ」
哀愁漂うヒュースの背中から何かを感じ取ったらしいマーシャルとエドワードは、足取り重くシェイラの私室へと向かう。
その途中で、ひそひそという声が聞こえてきた。
この状況でまだ話すことがあるのかと、マーシャルはある意味で感心した。
しかしどうやら眉間にしわが寄っていたらしい。
気が付けば、エドワードにそのしわを伸ばされていた。
「痕残るぞ」
「残ったらエドせいですね」
「何でだよ」
2人は知らない。
そんな様子ですら、中睦まじい恋人たちのように周りからは見えていると。
「来ましたね」
エドワードが扉を開けると、中にはシェイラの侍女であるマーラとシェイラの部屋の前にいた青騎士、そして青騎士の団長、陛下がそこにいた。




