◆第81話
「ちわっす」
開口一番、彼はそう言った。
その言葉の悪さに、マーシャルは頭を抱えて、そのままその男の胸倉を掴む勢いで詰め寄ると「馬鹿じゃないの?」と言ってのけた。
まだ手も足も出していないだけマシだと、マーシャルは思っている。
これが気心知れたイーキスの街であったならば、人目も憚らずマーシャルは飛び膝蹴りを食らわしていた自信がある。
「んだよ、シャルが言うから来たんだろうが」
「どうせきっちり仕事はこなして来たんだから、文句はないでしょ」
「当たり前だろ。目の前の仕事放ってどこかに行く馬鹿はいない」
そうやって普通に言ってのける彼は、マーシャルの幼馴染であり生粋のイーキス産の職人であった。
「仲がよろしいのね」
「「家が近所なだけです(だ)」」
見事に言葉をはもらせたことに、シェイラは目を丸くした後に笑う。
「姉さま、ご紹介していただけるかしら」
いがみ合っていたマーシャルだったが、シェイラのその一言にため息をついて、隣に並ぶ彼を睨みつけた。
「装飾職人のジェラルド・チェスターです。腕だけは本物です」
「ジェラルド・チェスターです。俺、口悪いですけどいいんすか?」
「あら、別にいいんじゃないかしら。ああ、でもそうね。登城している貴族たちに気をつけてください」
シェイラがそう言うと、ジェラルドの眉間にしわが寄った。
なんともあからさまに嫌そうな顔をする。
「ああ、気にしないで下さい。ジルって貴族嫌いなんです」
「そうなの?それは悪いことをしたわ」
シェイラは形のいい眉を下げて、ジェラルドに謝った。
それにばつの悪そうな顔をしたジェラルドに見かねたマーシャルは、ジェラルドの肩を叩く。
「別に・・あんたはそういう人間じゃないから、いい」
その言い草にシェイラはため息をつく。
マーシャルはこうなることは最初から想像がついていた。
元々職人街であるイーキスには貴族という地位の者は住んでおらず、住んでいる人口の100%が平民である。
そのため、多少の敬語は使うものの、基本的に使っている言葉は雑だ。
マーシャルのように家が貴族も相手にする商家ならば話は別だが、ものづくり一筋の彼らにとって大事なのは礼儀作法ではなくものだった。
それに加えて、ジェラルドの家は少々複雑だった。
なぜなら、ジェラルドの家は装飾を専門に扱っていたからだ。
装飾ほど、貴族が欲しがるものはない。
ジェラルドの工房には、たびたび貴族がやってくる。
そしてあれを造れ、これを造れと簡単に言ってのけてるのだ。
おまけにそれに対して嫌だと言えば、悪評を流したりチクチクと嫌味をいってきたりで、ジェラルドは貴族に対して悪い印象しか持っていないのだ。
「ありがとうございます」
「・・・・・。で?何を造ればいいんだ?」
ジェラルドは少しだけ黙った後に、そう切り返す。
その言葉に、シェイラは待ってましたといわんばかりの反応を示すと、侍女を呼んで、この前着た淡いオレンジ色のドレスを見せた。
「これに合う首飾りが欲しいのです」
「・・ほう」
ジェラルドは一言だけ呟くと、そのドレスを食い入るように見た。
その様子をただじっと黙って、マーシャルとシェイラは見守る。
ジェラルドの真剣な様子に、侍女たちはほんのりと顔を染める。
マーシャルが言っていた通り、ジェラルドの見た目はよい。
なんといってもワイルドなのだ。
短く切り揃えられた明るいオレンジ色の髪に褐色の肌。
背が高く、体は適度に引き締まっていて、瞳は切れ長で涼やか。
ザ・男前。
マーシャルはいつもそう形容していた。
「いいのできそう?」
数分の時間が経ったあとに、マーシャルはジェラルドの背中に問いかける。
「誰に聞いてんだよ」
「はいはい。ジルの腕は信頼してますよー」
なんといってもイーキスの職人なのだ。
マーシャルが太鼓判を押さなくても、それだけで彼の腕は保障されるようなものだ。
「期日は?」
「そうですね・・できれば5日以内でお願いしたいのですが・・」
「5日か」
ジェラルドはあごに手を置いて考えた後、小さな声で「わかった」と呟いた。
「出来上がったら、シャルの元に送る。そのほうが早いだろうし」
「そうだね。じゃあそれでお願いするよ。魔石は使う?」
「いや、今回はいいだろ。上等な魔道具持ってるみたいだしな」
ジェラルドはそう言ってシェイラを見てフッと力なく笑った。
それに赤面する侍女たち。
そんな姿を見て、マーシャルは気の毒に思うのだった。
なぜなら、ジェラルドはマーシャルの1歳上の幼馴染であるが、その歳ですでに子どもが2人いる。
マーシャルがここに来る前に聞いた噂では、今3人目を身ごもっているという話だ。
「俺は帰る。なんかあったらシャルに言ってくれ」
「わかりましたわ」
「ああ、そうだシャル」
「なに」
ジェラルドは帰り支度をしながら、マーシャルに声をかける。
マーシャルはドレスを見ながらぶっきらぼうに答えた。
「お前の兄貴がシャルの現状を聞いてこいって言ってた。どこまで何を報告してほしい?」
「マーシャルはつつがなく、王都で婿を捜しておりますと言っておいてくれると助かるわ」
100%嘘でしかないが。
まさか婿ではなく職見つけて、王都で心置きなく魔道具改造ライフを謳歌しているなど、口が割けてもマーシャルは言えない。
そんな思いを幼馴染であるジェラルドはわかっているため、なんとも意地の悪い笑みをマーシャルに見せる。
「極上の酒で手を打とう」
「また?」
「嫌ならありのまま話すが」
「わかったわよ。酒ね。明日にでも準備して送るわ」
マーシャルは内心で舌打ちをつきながら、ジェラルドが好みそうな酒をいくつか頭の中でリストアップする。
マーシャルの言葉を聞いたジェラルドは背中を向けて今度こそ帰っていった。
扉が閉まり、しばらく。
深いため息をつくマーシャルに押し寄せたのは、顔を赤らめている侍女たち。
「「「マーシャル様!先ほどの方、恋人はいらして!?」」」
詰め寄る侍女たちに、シェイラは苦笑をこぼす。
見た目の良い人間が多くいる王都ではあるが、彼らの身分は極めて高い。
本来ならばマーシャルだとて対等に話したりできる立場ではない。
それはここに勤める侍女だとて同じこと。
しかし今しがたやってきていたジェラルドならば。
職人気質で口は悪いが、逆に言えば仕事がなくなることはないということだ。
おまけに男前。
逃がすものかと、侍女たちはマーシャルの言葉を待つ。
マーシャルは目をそらして言葉を考える。
「ま、まさか!マーシャル様とお付き合いされているとか!?」
「そんな!マーシャル様には焔鬼様がいらっしゃるじゃないの!」
「でも、とっても仲が良さそうでしたわ!見ました、あの笑顔!マーシャル様にだけ向けられましたわ!」
目の前で繰り広げられる口論に、マーシャルはたじたじだ。
願わくばこの場から逃げたいと思っている。
もしかしたら少し前までのエドワードはこんな感じだったのだろうかと、マーシャルはふと思った。
「「「どうなのです、マーシャル様!」」」
「えっと、私とジルは幼馴染、ですよ?」
間違ってもジェラルドとどうかなるとは考えられないとマーシャルも思う。
そもそもジェラルドが今結婚していないならば、レイモンドの手によってどうにかして縁談話が出来上がっているはずだ。
「あのー、でもジルは、すでに2児のパパですよ?」
「「「「え!?」」」」
驚きの声にはシェイラの声も含まれていた。
「あ、もうすぐ3人目が生まれるから3児のパパ、かな?」
ジェラルドは見た目こそ若く、人によっては怖がられるが、ああ見えて子煩悩なのだ。
マーシャル言葉を聞いた侍女たちは目に見えてわかるほど落胆してみせた。
そんな侍女たちを見てマーシャルは、本当に残念だと思うのだった。




