◆第80話
マーシャルの前には箱がひとつ。
キラキラと輝くそれは、一つ一つが高価な宝石だ。
手のひらサイズのそれは、なんとも美しいものだった。
令嬢がこぞって欲しいと言って大金をはたいていそうだと、マーシャルは呆れながら思う。
それが、シェイラの元に届いた宝石箱だった。
「どうです、姉さま」
宝石箱からほど遠い場所に座りながら、シェイラはマーシャルに問う。
別にマーシャルが離れておけと指示を出したわけではない。
シェイラが前回のことからむやみに宝石箱に近付かなくなっただけだ。
「どうもなにも、これ普通の宝石箱ですよ」
マーシャルは、性質が悪いにしても、どんな魔道具だろうかと少しばかり期待していたのだ。
それがどうだ。
実際にその宝石箱を見てみれば、ごく普通の宝石箱だった。
マーシャルは落胆しながら椅子に深く座り込む。
「あら、そうなの?」
「はい。普通に使っていただいて問題ないですよ。贈り主が誰かは知りませんけど」
街の少年が持ってきたというそれを、マーシャルは背もたれにもたれながら見た。
アンティークにはもってこいの代物であることに間違いないが、入手経緯が怪しすぎて使いたくなくなる一品である。
シェイラはマーシャルの言葉に安心したようで、おずおずと近付いてきて、机の上に置いてある宝石箱を手にとって蓋を開けた。
中身は赤い布が貼り付けてあるようで、少しばかりけばけばしく見える。
「どうしますか。それ」
「どうしましょう?私はすでにこういうものは持っていますし、侍女たちはみないらないと言ってましたわ。姉さまいりません?」
「いりませんよ。私そもそもその中に入れるようなもの持ってません」
「そうかしら?そのうちエドワードから貰うのではなくて?」
「エドから?それこそないでしょう」
マーシャルは少しばかり想像して、一瞬で「ないな」と切り捨てる。
マーシャルにとって、エドワードが女性にそういった贈り物をするという行動がどうしても想像できないのだ。
エドワードが以前マーシャルに香水を贈ったのにも関わらず。
「まぁいかがわしい物ではないので、誰にあげても大丈夫ですよ」
マーシャルはそう言うと、んーっと声を上げて背伸びをする。
いつの間にか、マーシャルはシェイラと一緒にいても緊張はおろか、王族ということを忘れて接している。
お互いの関係性はなんだと言われれば、少し迷って友達と言ってしまいそうになるくらいには、時間を共有し話し込んでいる。
「あ、そうだわ、姉さま」
「はい?」
マーシャルは首をかしげる。
マーシャルは最近、シェイラに姉さまと呼ばれて普通に返事するようになっていた。
今では嫌がっていたのが嘘のようだと、シェイラは時たま思う。
「私、魔法師団に入ろうかと思うのですけど」
「はい?魔法師団?」
マーシャルの顔が引き攣る。
何言ってんだこいつと、目が雄弁に語っている。
「私もこの国を守ってゆきたいのです」
「それなら女王になられたほうが早いと思いますよ」
マーシャルは額に手を当てながら言う。
少しばかり頭が痛くなってきたと、マーシャルは感じた。
「私は魔法師としてこの国を守りたいのです」
「・・そのお気持ちは素晴らしいと思います。思いますが、」
マーシャルはシェイラの金色の瞳を見つめる。
どこまでも真っ直ぐなその瞳は、私は本気だと語っていた。
マーシャルは思わずため息を吐く。
「シェイラ様は自分の立場をわかった上で言ってますか?」
マーシャルはいったん自分を落ち着かせるために、机にある紅茶を飲んだ。
紅茶は少しばかり冷めていた。
「シェイラ様は王族であり、守られる側にある人間です。死んでいい人間などいませんが、それでもシェイラ様に死なれては困るのです。それなのに、なぜわざわざ自分の身を危険に晒すようなことをするのです?」
そう言うと、シェイラは俯いてしまった。
マーシャルは言いすぎたとは思わない。
だから、シェイラが何を言うまで待った。
「私は・・・私は、この力でこの国を守りたいのです。私を育ててくれたこの国を、この国に住まう人々を」
マーシャルはため息をつく。
「それはシェイラ様でなければできませんか」
「・・それは、」
「一体何のために、陛下がこの国屈指の魔法師団を編成し、精鋭部隊と言われる黒騎士団をつくり、あなたたちに飾りではない青騎士がついていると思ってるんですか?」
マーシャルの顔は呆れていた。
別にシェイラが魔法師団に入団しようと、魔法師は戦闘においては後衛であり、前衛にいる騎士たちに比べれば、助かるといえるかもしれない。
しかし、彼女の王族という立場は、そこでは邪魔になるだろうことはマーシャルには簡単に想像できた。
「みんなこの国を守るためにいるんですよ。私たちが安全に暮らせるように。彼らの仕事を奪ってどうするんです?」
「そんなことは、」
「シェイラ様がその力を使って守りたいというお気持ちは素晴らしいです。国民としても誇りに思います。ですが、その身を危険に晒してまでされることではないと思いますよ」
マーシャルのどこか冷たい言い方に、シェイラは泣きそうになる。
そんなシェイラの様子を見て、マーシャルは少し言いすぎたかと反省する。
「この国のためと言うなら、別に方法は一つではないでしょう。戦いの中に身を置かずとも、できることは多くあると思いますよ」
「できること?」
「はい」
「例えば?」
「うーん・・それは自分で考えてください」
そう言って、マーシャルは困ったように笑った。
本当はいくつか思いついていたマーシャルだったが、それを言えばシェイラのためにはならないと思ったのだ。
人に言われたことをするのと、自分で考えてするのでは大きく違う。
「やはり、姉さまでよかった」
「何がです?誰に聞いても似たような答えが返ってくると思いますけど」
そう言ったマーシャルはカップに入っていた紅茶を飲み干した。
放置しておいた紅茶は冷たく、そして少しだけ渋かった。
「ま、成人してから考えたらどうですか?」
今はもう少し先にあるシェイラの誕生日兼成人の儀の準備のために、侍女や侍従が忙しなく働いている。
このときに一緒に、ディートリアを正式に王位継承者とすることも発表されるということもあり、国の重鎮たちもてんてこ舞いな状態なのである。
そのため、彼らにそのこと以外を考えさせる余裕はない。
これで、シェイラが魔法師団に入団するなどという知らせが入ったときには、誰か倒れてしまうのではないだろうかと、マーシャルは本気で思っている。
「成人迎えるのに、あのクマのぬいぐるみはどうかと思いますけどね」
マーシャルは壁にもたれかかるようして置いてある、クマのぬいぐるみを見て言った。
両手でぎゅっとできるサイズで、どちらかといえば大きい。
しかし、くりんと愛らしい瞳がなんとも可愛らしい。
可愛らしいのだが、もうすぐ18歳になるシェイラには少々子どもっぽいような気がする。
「あら、よろしいじゃありませんか。あれを見ていると癒されるのです」
「クマが?」
「可愛らしいでしょう?」
ふうんと相槌をうって、マーシャルは置かれているクマを見つめる。
なんだかクマから異様な雰囲気を感じて、マーシャルは目を瞬きしてクマを見た。
変わらない視界。
変哲のないクマのぬいぐるみ。
―――気のせいか。
マーシャルはそう片付けて、シェイラのほうへと向き直る。
シェイラは相変わらずニコニコと人の良い笑みを浮かべていて、そこには先ほどの泣きそうだった面影はない。
そのことに安堵したマーシャルは気を緩めてシェイラとのおしゃべりを再開する。
だから気が付かない。
クマの瞳が、2人の姿をじっと見つめていたことを。




