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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◆王女様編◆
73/143

◆第73話




マーシャルは昨日のことを思い出しながら、ベッドサイドにある見慣れないものをその目に映す。

エドワードの姉と会ったあと、いくつか店を回って、帰り際にエドワードに渡された香水がそこにはあった。

一日付き合ってくれたお礼だと言ってエドワードから受け取ったそれは、たまたま立ち寄った店でマーシャルが興味を持ち買おうか悩んでいたものだった。

確かにあの時、側にはエドワードはいなかったはずだ。

店員に話しかけられはしたが、本当それだけで、エドワードは自分がどれが欲しくてその匂いが好きかなど、会話にすら出てきていない。

それなのに、とマーシャルは思う。

エドワードがくれたのは、マーシャルが手にとって、いい匂いだと感じたそれだった。

それを「気に入ってくれるといいが」と言って渡してきたのだからおそろしい。


「これってなにか返したほうがいいのかしら」


マーシャルは昨日からそればかり考えていた。

お礼にお返しをするというのもおかしな話だが、無理やり連れ出されたもののマーシャルも一日を楽しんだのだから、お礼と言われるほどのことはしていないのだ。

おまけに、もう一つ言うならば、この香水は簡単に買ってしまえるほど安いものではないことを、マーシャルは知っている。

なんといっても、自分が渋っていたのはその値段だったのだから。

この小瓶にこの値段・・とやはり思ってしまったので、マーシャルは買うのを断念したのだ。

どうしようかと悩んではいるマーシャルだったが、その手にはしっかり製造途中の魔道具がおさめられている。

赤紫の石が全体に嵌めこまれたそれは、男物のピアスだった。

マーシャルが普段はこれくらいでいいかと思って手を抜いてしまうデザインを、手を抜くことなく考えたものであり、まだこの世に出回ってなどいないだろう、とんでもない代物。


「・・・・こればれたら怒られるんだろうな」


独り言を呟いたマーシャルは、これを知ったときのウィズの反応に慄く。

慄くくらいなら造るなよと言われそうだが、それでも造ってしまうのが技術士という人間である。

マーシャルも結局造ってしまった。

マーシャルはキラキラとあやしく光る魔石をつけたピアスを日に翳す。

魔石の中身がゆらりと揺れた気がした。

2つの力を一つの魔石にするのは、さすがのマーシャルでも初めてだった。

自分なりの方法で魔石を溶かして別の何かに変えることはよくしていたが、混ぜようとは思っていなかったのだ。

なぜなら、マーシャルは全ての属性が問題なく使えるから。


―――でも、これは駄目ね。


マーシャルはため息をついた。

結論から言うと、マーシャルの試みは成功した。

火属性の力を持つ者が、水属性の治癒をの力を使うとどうしてもその効率が悪くなる。

いつもよりも力を魔道具に送らないと、その力を発揮してくれないのだ。

それじゃあ一体何を治癒しているのかわからない。

体の怪我は治したのに、魔力がなくなって死ぬなど、治癒の意味がない。

それでは困る。

だからマーシャルは考えて、試して、造った。

火属性の力を持つ者が、いつも通りの魔力消費で治癒が出来るように。

エドワードが、死なずに済むように。

そう思って造ったそれは、常軌を逸するものになってしまったと、マーシャルは感じている。

それを応用すれば、何かとてつもないものが造れてしまう気がするのだ。

マーシャルはエドワードのために造ったつもりだったが、今になって渡すことを戸惑っていた。


「お姉さま、いらっしゃる?」


ピアスを見つめていたマーシャルの耳に聞こえた、鈴が鳴ったような声。

ここ最近、頻繁にお茶をしにやってくるようになった、この国の王女様。

マーシャルはピアスを机の上に置いて、部屋の扉を開ける。

そこにはやはり、シェイラが立っていた。


「せめて護衛をつけて来てもらえますか」


毎度のごとく護衛の目を盗んでやってくるシェイラに、マーシャルは毎回心の中で悲鳴をあげている。

シェイラから目を離して逃げられる騎士が悪いとマーシャルは思うのだが、こうやって自分のところにやってくる途中になにかあっては、マーシャルもたまったものじゃないと思うのだ。


「大丈夫よ、王城内は安全よ」

「・・そういう問題じゃないんですよ」


そして王城は安全ではないと、マーシャルは声を大にして言いたい気分だった。

なんと言ってもマーシャルは騎士が集まる宿舎で襲われている。

そして王城内で魔物らしきものとエドワードは戦っている。

おまけにシェイラは宝石箱に食べられている。

これのどこが安全と言えようか。


「姉さま、昨日はどうでした?」

「昨日?」

「とぼけないで下さいませ。ディーがエドワードとのデートだと言ってましたわ」


余計なことを・・と、マーシャルは今この場所にいないディートリアを恨めしく思った。

シェイラはさすが年頃というか、乙女というか、恋愛事についてかなり興味を示している。

よくマーシャルにも貴族内での浮ついた話や侍女たちの話を嬉々としてしている。

しかし、マーシャルは恋よりも精霊、愛よりも魔道具と平然と言ってのけて、我が道を進んできたような娘である。

17歳のうら若き乙女が思い描くような甘酸っぱい恋などしたこともなければ、する気もなかった。


「デートならギルドには行きませんよ」

「まぁ!王都のギルドに行かれたの?」


買い物もしたが、それを言うと面倒になりそうで、マーシャルは何も言わなかった。

ただ心の中でエドワードにだけ謝罪をしておく。


「姉さまはギルドに行かれたことが?」

「ありますよ。そこに通ってた時期もあったので」

「じゃあ姉さまは強いのですね」

「どうでしょう?さすがに王都の騎士様には負けますよ」


少し前に若き騎士たちの鼻っ柱をへし折った人間の言葉ではない。

しかしマーシャルは余計なことは言わない。

それが自分の身を守るための行動だと、マーシャルは最近になって知ったのだ。


「そこでエドのお姉さんに会いましたよ」

「フィリル公爵の令嬢と言えば、奔放な方で有名ですね」


シェイラはそう言って、マーシャルが淹れた紅茶を上品に飲んだ。

本当は何かお茶菓子を出したいのだが、あいにくこの部屋にはそんな良いものは置かれていない。

この部屋にある食べ物と言えば、マーシャルが寝坊したときようにと定期購入しているパンくらいだ。


「私が社交界にデビューした時にはすでに家を出られた後でしたので、お会いしたことはないのですけど、とてもお綺麗な方だと聞いてますわ」

「確かに綺麗でしたね」


マーシャルは昨日見たメアリの姿を思い返して言った。

しばらく忘れられそうにもない美人だった。


「すでに家族ぐるみのお付き合いですのね」

「・・・はい?」


目が点になるマーシャルに対し、シェイラはにこやかに爆弾を投下していく。


「もっぱらの噂ですわ。姉さまとエドワードが恋仲にあるというのは。いつ式をお挙げになるの?」

「え?・・え?」

「もしかして私が宝石箱に入っている間にすでに式は挙げてしまったのかしら?」

「いや挙げてませんけど、」

「ならお祝いしなければ!ああ、それと姉さま、他の令嬢たちにしっかり釘をささなければなりませんよ!」


シェイラの言葉にマーシャルは頭を抱えた。

見て見ぬふりをしていた噂は、しっかりと成長してマーシャルの元へと返ってきてしまった。

放置してしまった自分と、昨日軽い気持ちでエドワードと2人きりで街を歩いてしまった自分に悔いてみるも、時すでに遅し。

昨日の2人の姿を一体どれほど人が見ただろう。

マーシャルは諦めにも似たため息をこぼした。









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