◆第72話
「いや驚いたね。あんたにこんな可愛い恋人がいたとは」
そう言って快活に笑うのは、エドワードの姉であるメアリ・フィリル。
エドワードの実の姉にして、フィリル公爵家の長女であり唯一の娘である。
その見た目は一言で言うならば、派手。
服装が、というわけではない。
藍色の瞳に深い青色の髪をした彼女はとにかく美人なのだ。
おまけに纏うオーラが違う。
そのため、特に煌びやかな服を着ていなくても派手な印象を相手に与える。
「姉上、何度も言ってますけど」
「いやもう恋人のようなものでしょ。自分磨きに長けた令嬢たちが何をしても剣にしか興味のなかったエドが連れて歩いてるんだもの」
そう言ってまた快活に笑ったメアリは、マーシャルを見た。
「しかも、王都のギルドで噂の『A級冒険者がこぞって組みたがる幻の冒険者』が相手とか、姉として鼻が高いわ」
「・・なんですか、その幻の冒険者って」
マーシャルは聞くのが怖いと思ったが、ここで聞いておかなければ後悔してしまう気がして、おそるおそる聞いてみる。
「小さいのにその実力はA級を凌ぐなんて言われてて、その子と組むとおそろしいほど上質な状態で素材が手に入るって言われてたのよ」
知らなかったの?とメアリに言われるが、なんの前触れもなしにギルドに行かなくなったマーシャルにとってはそんなことを知るすべはなかった。
「よっぽど良い状態で出してたのね。あなたがいなくなったって聞いた引き取り手がものすごく残念がってたもの」
メアリは懐かしむように言うと、またエドワードへと視線を移す。
「で?なんでエドはあんなところにいたの?まさか本当にデートであんなところに来たわけじゃないでしょ?」
「姉上に会いにきたんですよ」
「あら、いつの間にそんなに姉思いな弟になったのかしら」
そうおどけて言うが、メアリはエドワードが自分を捜しにきていたことなどわかりきっている。
おそらく自分の兄か従者かが、たまたま自分の姿を見たのだろうと推測できるからだ。
「親父がそろそろ結婚してほしいと嘆いてる」
「それ、少し前に兄上からも聞いたわ」
「会ったのか?」
「ええ、3ヶ月ほど前に」
「それ少し前とは言いませんよ」
3ヶ月と言えば季節が変わる頃だ。
エドワードはメアリの言い草につい頭を抱えたくなった。
メアリはすでに娘の結婚適齢期というものをとうに過ぎている。
エドワードより1つ年上になるメアリはもうすぐ26歳になる。
その辺の令嬢ならば、すでに行き遅れのレッテルを貼られて、途方にくれているところだ。
しかしメアリはその衰えない容姿のおかげか、はたまた公爵家という肩書きのおかげか、26歳になろうとしている今ですら、結婚の申し込みが絶えない。
「私、結婚するつもりなんてないわ」
「それは前にも聞きました」
「エドだってそう言ってたじゃない」
「俺は今はって言葉をちゃんとつけましたよ」
「じゃあ私も今は結婚する気はないわ」
「姉上!」
メアリの飄々とした態度に、エドワードは眉間のしわをおさえる。
一体誰の血を継げば、こんなにも自由奔放な姉が出来上がるのか。
「そうね、少なくとも貴族と結婚する気はないわね。私あんな窮屈な生活嫌だわ」
「窮屈って」
「確かにお金に不自由することはないけど、つまらないもの。なんだか鳥かごに入れられたみたいだわ。それにお茶会に夜会にドレス。どれも私にとっては無価値に等しいわ」
メアリは非常に男勝りでそしてはっきりとした性格だった。
彼女は幼いときより2つ上の兄を見て育った。
彼女には兄の存在がとても眩しく見えた。
当時のメアリは今では想像がつかないほど兄にべったりで、兄がすることは自分もしたがった。
1つ下のエドワードが生まれてからは、より一層彼らと一緒にいる時間が増えた。
剣の稽古も、乗馬も、彼らに負けないように努力した。
両親も、今はお転婆だが、そのうち素敵な相手を見つけて恋をして、ドレスに夜会にと女の子らしくなるのだろうと考えていた。
その考えが甘かったと気付かされるのは、メアリが15歳になったときだ。
彼女は唐突に『私は冒険者になる』と言って屋敷を飛び出していったのだ。
これには家族総出で慌てた。
いや、息子たちはメアリがいつかこうなることは想像できていたため、『ああ、とうとうこの日が来たか』くらいにしか思っていなかった。
今となっては、それが悔やまれるのだが。
「お父様は私がいまだに嫁がないことに恥をかいてるのかしら」
「そんなわけないだろ。むしろいつまでも嫁がない姉上の心配をしているくらいだ」
「ならいいじゃない。私、そのうちどこかの貴族でない人と幸せになるから」
そうはっきりと言ってのけるメアリにマーシャルは驚く。
貴族なのに平民と結婚したいなど、嘘でも言えない。
それをこんなにも大きな声で何の迷いもなく言ってのけるメアリに、とても好感を覚えた。
「姉上に求婚を申し込んでいる貴族が泣くぞ」
「あらいいじゃない、泣かしておけば。私、蝶よ花よと愛でられるのはごめんだわ」
メアリはそう言いきってから、「さて、」と立ち上がる。
「私、そろそろ行くわ」
「もう?兄さんに会っていけばいいのに」
メアリはフラッとこうやって戻ってきたり屋敷のほうに帰ってきたりするのだが、その滞在時間は極めて短い。
そのため、帰ってきたとしても家族全員と顔を合わせることなくその姿をくらませてしまう。
どこまでも自由奔放であるメアリであるが、自分たちにとっては血のつながった姉であり、両親にとってはかけがえのない娘である。
メアリのすることに何も言いはしないが、心配はしているし、やはり会いたいと思うのである。
「いいわ、そのうち会えるし。それにさっき依頼を受けたところだから」
そう言って、メアリは紙切れを見せる。
その紙には、しっかりと王都のギルドのマークが入っている。
どうやら彼女は王都のギルドでの依頼を受けるらしい。
ということは、その依頼を完了すれば報告をしに、また王都に戻ってくるということだ。
「戻ってくるときは会ってやって」
「そうね、久しぶりに末弟に会いたくなったわ」
メアリはそれはそれは楽しそうに笑う。
その笑顔を見たエドワードはため息をこぼすのであった。
「いじめるのもほどほどにしてくださいね。あいつまだ諦めてないんで」
「え、まだ諦めてないの?重いわー。いい加減他の子見つければいいのに。、マーシャルちゃんもそう思わない?10年くらい片思いしてるのよ、すごくない?」
すごくない?という言葉が重くない?と聞こえてきたと思うのは、自分だけだろうかとマーシャルはあいまいに笑う。
正直10年は重いと感じたが、エドワードの手前どう言ったものかと反応に困っていた。
「シャルにふるなよ。俺だってさすがにどうかと思ってるんだから。あれはもう病気だろ」
「あら、エドがそんなこと言うなんて意外ね」
「そうか?・・ああ、姉上は知らないのか」
「なにが?」
「あいつ、惚れてもらうために医学の勉強してるんだよ」
その言葉にメアリは固まる。
心なしか、引いているようにも見える。
いや、確実に引いていた。
「なんであの子頭はいいのにそんなに馬鹿なの?」
「それは俺が聞きたいな。兄さんもさすがに呆れてたよ」
「・・病気ね。確かに病気だわ」
メアリは呟くように言って、少し重ためのため息を一つ吐いた。
それは一種の区切りのようなもの。
「じゃ、そろそろ本当に行くわ」
「気をつけて」
「エドもね。マーシャルちゃんも」
「はい」
メアリはそう言って、人ごみの中に消えていく。
後ろ姿が全く見えなくなった頃に、エドワードはため息をこぼした。
「いいお姉さんですね」
「そうか?いろいろと問題ありだろ」
それは令嬢としてだろうか、それとも貴族としてだろうかと、マーシャルは疑問に思う。
「そうですか?私は兄しかいないのでわかりませんが、もし姉ができるなら、メアリさんのような人がいいですよ」
「・・・・そう」
マーシャルの言葉に特に他意はない。
心から、メアリのような明るく爽快で、しっかりとした人が姉が良いと思った。
しかしエドワードは少しだけ頬を赤らめる。
自分の姉をよく思ってもらえた。
それだけではないのだが、エドワードがこのとき何を考えていたかなど、マーシャルが知る由もない。




