◆第71話
自分から聞いておきながら、なんとも予想外の回答ばかり返ってきたため、マーシャルはなんとも言えない気持ちでエドワードの横顔を見ていた。
消化不良でも起こしそうだ、なんてことを考えている。
「なに?幻滅でもした?」
「幻滅?私平民ですよ?貴族らしいほうが困ります」
何言ってんのこいつと言わんばかりの目に、エドワードは耐え切れず噴き出す。
貴族らしからぬ態度に、貴族らしからぬ振る舞い。
だからこそ、マーシャルもこうして話していられるし隣にいられるのだ。
そのため、もしエドワードがその地位を振りかざすような人間ならば、マーシャルは喜んでエドワードの側から離れている。
「さて、もう少しなんか食べるか」
「え、まだなんか食べるんですか?」
「あのね、シャルと同じ胃袋の大きさしてると思わないでもらえる?」
エドワードはそう言うと、さっきから気にしていた露店へと走り、5分ほどしてマーシャルの元へと戻ってきた。
「何買ったんですか?」
「肉」
端的に言ったエドワードは、骨の付いた肉にかぶりついた。
どこの平民だよと、見た目だけならば王族にも引けをとらないエドワードを遠い目をして見るマーシャルなのであった。
「それ食べたらどうするんですか?」
「ん?ああ、さっき姉の話をしたよな」
肉を食べつつも話すエドワードの口元にたれが付いているのを見たマーシャルは、ポシェットの中からハンカチを取り出してエドワードに渡す。
エドワードは少し照れたように礼を言って、口元を拭った。
「竜でも殺してるんじゃないかって言った方ですよね?」
「そうそう。その姉が今王都にいるっていう情報を昨日登城していた兄に聞いたんだ」
「そうなんですか?」
「いや知らん。姉上のことだ、もしかしたらもういないかもしれない」
その声には呆れが含まれていた。
どうやらエドワードの姉は大層な自由人らしいとマーシャルはエドワードの様子から察した。
「お姉さまは何をしてらっしゃる方なんですか?」
「・・冒険者」
「え」
それは貴族がなるような職種ではない。
別になってはいけないという決まりはないが、わざわざ自分の身を危険に晒すような仕事に就くような貴族は騎士を除いてはいない。
それも女ならば尚更だ。
立派な淑女となるように礼儀作法を学び、誰に嫁いでも恥ずかしくないように育てられ、当主に良い結婚相手を捜してきてもらい、無事結婚してという人生を歩むのが、貴族令嬢の普通だ。
多くの令嬢がそうなるように、あわよくば王族に見初められるようにと、日々研鑽しているのだ。
そんな公爵令嬢が、冒険者。
これに驚かないはずがない。
「親父はどこで育て方を間違えたのかと頭を抱えてたよ」
正確にはいまだに頭を抱えている状態なのだが。
マーシャルはでしょうねと納得するものの、口にせずにあいまいに笑った。
「ではギルドに?」
「そうだな。登録はしているだろうし」
マーシャルはギルドという懐かしい響きに胸を躍らせた。
王都に商人として通っていたときは、魔道具を売る傍ら、この辺にしか生息しない魔物を狩っては必要な素材を集め、それ以外をギルドへ持っていくという生活をしていた。
しかしそれも15歳まで。
誰が見ても女性とわかる体と顔つきに成長してからは、マーシャルは王都へは来ていない。
そのため、王都にあるギルドへも顔を出していない。
「楽しみか?」
「そうですね」
エドワードの問いかけにマーシャルは答える。
楽しみではある。
しかし、男と偽ってギルドへと通っていたため、自分だとわかってもらえるかは些か心配ではあった。
街の中心ともいえる大通りを抜け、少しばかり暗い路地に入る。
暗いといっても、そこはギルドへと通じる道。
兵ばかりが通るその通りで悪さをしようという馬鹿はそうそういない。
エドワードとマーシャルは並んで歩くと、ギルドの前に立った。
そっと扉を開けると、こじんまりしているがとても賑やかな光景が広がった。
大きな掲示板には、大小さまざまな大きさの紙がびっしりと貼られている。
そしてその紙を睨みつけるようにして見る、冒険者たちの姿。
その奥には、依頼を受けるために受付があり、そこには見た目こそ小さくて可愛いが実力は全く可愛らしくないと噂の受付嬢がにこやかに座っている。
「あら、見ない顔だと思ったら王都を守る黒騎士様じゃない。今日はデート?」
受付嬢はすばやくエドワードマーシャルの存在に気が付くと、他の冒険者たちが声をかける前に声をかけた。
わざわざエドワードのことを黒騎士と呼んだのは、いらぬ争いを避けるためだ。
「デートならここにはまず来ないな」
「ま、確かにそうですね」
受付嬢はフフッと愛らしく笑うと、マーシャルのほうを見た。
そして目を大きく見開く。
そんな様子にマーシャルは内心で首をかしげる。
マーシャルは自分はこの受付嬢とは初対面のはずだと思っていたからだ。
「赤い、瞳」
「え?」
「あ、あの、もしかして、以前このギルドに通われてました?」
マーシャルの肩をつかむ受付嬢はじっと、マーシャルを見つめる。
勢いよく肩をつかまれたマーシャルはいきなりのことで驚くが、とりあえず掴まれた肩が恐ろしく痛いので顔を顰めた。
「どうしてそれを?」
マーシャルはやんわりと、自分の肩を掴む手を解きつつ、聞き返す。
その様子をエドワードは静かに見ている。
「私5年前から結婚した姉に代わってここで受付してるんですけど、Aランクの冒険者たちが赤い目をした少年はいないかってずっと聞いてきてたんです!」
「・・・・へー」
なんとも棒読みの返しがマーシャルの口から出た。
間違いなくそれは自分のことであるのだが、受付嬢の娘は今赤い目をした少年とはっきりと口にした。
それならば今の自分が少年に見えるのだろうかと、マーシャルは内心で愚痴る。
「とってもとっても美人な少年だと聞きました!」
「へー・・・」
「女性だったとは思いもしませんでしたけど!」
「ハハハー・・」
誰かどうにかしてくれと、マーシャルは切に願う。
肯定も否定もしていないマーシャルであるが、受付嬢はマーシャルがその少年であると信じているらしく、なんともいえない尊敬の眼差しでマーシャルを見ている。
「エド助けて」
「いや無理だろこれ。ばれてるし」
「赤い目ってそんなに目立つ?」
「言っておくけど、俺でも気が付くぞ。顔は似てるし」
「あああ、どうしよう、本物だ!いろいろと噂は聞いているんです!」
受付嬢はマーシャルの両手を掴む。
その目はキラキラと輝いているようにも見えて、マーシャルは思わず顔を引く。
騙していたのかと罵られるよりはよかったが、これはこれで対応の仕様がないとマーシャルはため息をついた。
そんな時。
「あれ、エド?」
聞こえてきたのは、女性にしては少し低い声だった。
入り口に突っ立ったままだったマーシャルたちの後ろから入ってきたその人は、エドワードの顔を見ると目を丸くして、そう言い放ったのだ。
女性の姿を見たエドワードも目を丸くして、そして呆れたように女性に声をかける。
「・・姉さん、」
「え、お姉さま!?」
エドワードの言葉にマーシャルはそちらを見やる。
そこにいたのは、エドワードと同じ色彩を持ちつつも、女性らしい豊満なボディを持ったなんとも美人な女性だった。




