◇第45話
その化け物は風を吐く。
その口から、突風を。
直撃すれば切り刻まれてしまう、その圧倒的な力に、気が付けば騎士たちの数人が血を流し倒れていた。
マーシャルの治癒能力つきのピアスを嵌めているエドワードも同じだ。
傷は放っておけば治っていくものの、それが間に合わないほどの傷がどんどんできていく。
血が滲む。
服に、身体に、芝生に。
いたるところが赤い。
その状態にエドワードはほんの少しだけ苛立ちを覚えた。
「ああ、くそ。きりがない」
そう呟きながら、エドワードは火を纏う魔剣を化け物に向かって振り下ろす。
化け物は焼ける。
しかし、そのうちその火は体に飲み込まれていく。
効いているのか効いていないのか、判断のしようがないのだ。
相性だけで考えるのならば、エドワードに利がある。
しかし、現状これだ。
「エド、」
「なんですか」
満身創痍のエリックがエドワードの名を呼ぶ。
エドワードは化け物から目をそらずに声にだけ反応した。
「あいつ、ひとまわり小さくなってないか?」
「小さく?・・ああ、確かに言われてみれば」
それは些細な変化。
ニケルによって解き放たれた時よりも、確かに小さくなっている。
言われてみなければ気が付かない程度ではあるが。
「マーシャル嬢の言うことが正しいならば、あれは魔力で出来ていて、その魔力を使って攻撃しているんじゃないか?だから小さくなってる」
「・・確かにありえますね」
「いけるか?」
「わかりませんけど・・とりあえず叩っ切ります」
そう言うやいなや、エドワードは走り出す。
化け物へと一直線に。
エドワードは強く思う。
―――魔力すらも焼き尽くすまで消えぬ業火になれ、と。
その刹那。
火を纏っていた魔剣はさらに激しい火を纏い、振り下ろした先にいた化け物へと燃え移る。
火は消えることなく、その対象を食うように燃やしていく。
業火といえるそれは、相性の悪い風では抗えない。
まとわりつくようなそれは、決して飲み込まれることなく、化け物を燃やし尽くすと、そのまま消えていく。
まるで意思を持っていたかのように。
跡形もなく消えてしまったそこに残ったのは、黒く全く光を通さない石だった。
エドワードはそれを拾い上げるが、すぐにそれはパラパラと形をなくしていった。
「燃やしちゃったから炭みたいになりましたね。残念」
ケロッと、マーシャルがエドワードの手の中を見て言った。
マーシャルにいろいろと物申したいところだったが、満身創痍で疲れていたエドワードは口を開きかけてやめた。
相手にすると疲れそうだと思ったのだ。
その代わり、エドワードは無言でマーシャルにバラバラになった石を渡した。
それを笑顔で受け取ったマーシャルは、いつも持ち歩いているポシェットから小瓶を取り出して、コロンとその中に入れた。
それに呆れたのはエドワードだ。
「負傷者は医務室へ。動ける者は動けない者に手を貸せ」
「赤もそうしようか。色は問わない。迅速に行動するように」
エリックの言葉にセティレンスは同意すると、ちらほらといる赤を纏う騎士に声をかけた。
それにつられるように、青を纏う騎士たちも、自分の周囲にいる怪我人を助け合う。
あまり見ない光景に、マーシャルはチラチラと物珍しそうに見ながらエドワードの隣を歩いた。
「無事か?」
「そう見えます?」
「そう見えないから聞いてるんだよ」
エリックはエドワードを心配そうに見つめた。
どれだけ同じように死闘を死線を潜り抜けてこようとも、絶対に大丈夫だとは言い切れない。
エリックはそれをわかっているからこそ、毎度のようにエドワードや他の騎士たちの状態を確認する。
そんなエリックに対して、エドワードは気だるげに答えたのだった。
つい先ほど右腕の骨を折ったものの、マーシャルの治癒術で完治している。
しかし、それ以降はエドワードはマーシャルの治癒を受けていない。
エドワードは傷だらけだった。
いたるところから血が出ており、顔も疲れきっている。
「そうですね、割と大丈夫です。骨とかには異常ないんで明日からでも訓練できますよ」
「そ、そうか」
エドワードの言葉にさすがのエリックも顔を引き攣らせた。
これだけ体中に傷を負っておいて、明日の訓練に支障がないなど、正気の沙汰ではない。
さすがのエリックも明日の朝の訓練は中止にしようと思っていたくらいだ。
「そんなに自分の身体痛めてどうすんの。エドって実はエムなの?」
「まさか。どっちかっていうとエスですよ」
何の会話だと、マーシャルは内心で思う。
セティレンスもさすがに明日の朝の訓練はなしにしようと考えていたのだ。
といっても、赤騎士が朝の訓練に参加できるのは限られた人間であるが。
「だってさ、マーシャル嬢」
「なんで私に振るんですか」
マーシャルは金色の瞳を睨みつける。
最近誰と話をしてもエドワードとの関係について言及されるマーシャルは、この話題に嫌気がさしていた。
いや、悪い気はしていない。
なんといっても相手は乙女の心を掴んで離さないエドワード・フィリルだ。
しかし、それでもと思ってしまうのだった。
「セティ、その話題はそのへんにして、報告に行こうか」
「ええ!?俺さっき宰相様のとこから帰ってきたばっかだよ!?」
「団長、報告なら行きますよ」
エドワードの言葉にエリックは首を横に振るだけで答える。
そしてエリックはマーシャルを見た。
「マーシャル嬢を送って、その後こっちに報告して」
エリックはそれだけ言うと、嫌がるセティレンスを連れて王城の中へと入っていく。
その後ろ姿を見送ったエドワードとマーシャルは内心でため息をついた。
そしてフッと、惨状とまではいかないものの、酷い有様となった辺りを見渡した。
植えられていた木々が薙ぎ倒されて遠くが見える。
王都特有の白い壁には誰かの血が飛んでおり、ところどころ壊れている。
幸い、騎士に死者は出ず、重軽傷者だけで済んだ。
しかし、被害は出ている。
これを直すのにヒュースにまたどやされるなんてことをエドワードは考えてしまった。
「・・帰るか」
「はい」
ヒュースの極上の笑顔を頭の隅においやったエドワードは、マーシャルにそう声をかけ宿舎へと足を進める。
それに倣うようにマーシャルも宿舎へと向かう。
気が付けば、辺りはすっかり暗くなっていて、明かりのない道は目を凝らさなければ見えないほどだ。
今さらになって、マーシャルは騎士たちは視界の悪い中で戦っていたことに気が付いた。
「ぅわ、」
考え事をしていると足元が疎かになってしまうのはマーシャルの悪い癖だ。
特に今のような周りが暗くてほとんど見えない状態というのは、考え事をしていなくても気を抜けばすぐにこけてしまう。
そして、案の定マーシャルは小石に足を躓かせた。
「おっと。視界悪いんだから気をつけろ」
「・・・ありがとう、ございます」
小石に躓いてこけそうになったマーシャルをエドワードがしっかりと支えた。
支えた手はマーシャルの腰にしっかりと巻かれている。
―――――あ、細い。
なんてことを思いはしたものの、口にしなかったエドワードは固まって動かないマーシャルの様子をそっと窺う。
そしてその藍色の瞳を丸くした。
エドワードが見たマーシャルは、今この瞬間が見るのが初めてだと言っていいほど女の子に見えた。
エドワードに腰をつかまれたマーシャルは、その頬を紅潮させ、耳までも赤く染め、年頃の女の子のように恥じらいでいた。
「副団長、傍から見たら襲ってるみたいですよー」
「そうそう、さすがに場所は考えないと」
「ていうかやっぱりそういう関係だったんすね。これは荒れるなー」
固まってしまって動かないマーシャルの腰を支えたままどうしたものかと考えていたエドワードに、怪我の手当てを負えた黒騎士たちが各々声をかけた。
その声に一層に頬を染めるマーシャル。
エドワードはそんなマーシャルを見て素直に可愛いと思った。
「・・ぶち壊しだな」
せっかく可愛いと思えたにも関わらず、いらぬ声が入ってしまったのだから。
ムードがすっかり壊されてしまったと、エドワードはがらにもないことを思ったのだった。




