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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◇宝石箱編◇
43/143

◇第43話



「では、ごきげんよう」


ニケルは言葉と魔物らしきものを言い残して夜の闇へと消えていく。

その深い笑みを睨みつけたまま、エドワードは懐から魔道具である通信機を取り出して、他の黒騎士に呼びかける。


「問題発生だ。今すぐ飯を食ってる奴も寝てる奴も引っ張り出して正門の前に来い」

『え?本気で言ってます?』


通信機越しに、驚いた声が聞こえてくる。

非番の騎士をかりだそうなど、余程の事態でしかないのだ。


「本気だ。あと団長も呼べ。緊急事態だと伝えておけ。王城で魔物のまがい物が暴れている」

『・・・へ?え?魔物?』

「いいからとっとと集めろ。3分以内に来なかったら明日気の済むまで扱いてやる、以上だ」


エドワードはなんとも不穏な発言をして、一方的に通信機を切った。

3分と言ったが、実際にここに来るまでに走って2分かからないほどの距離である。

それを今から招集をかけて来るというのだから、おそらくほとんどの黒騎士が明日エドワードの扱きを受けなければならないだろうことは、エドワードは想像していた。


「それって団長さんもエドが扱くんですか?」

「無理だな。どつきまわされて終わるんじゃないか?」


エドワードはそう返しつつも、よくわからない魔物を前にしながら通常運転のマーシャルになんとも言えない気持ちになる。

別にその辺の令嬢みたいに高い声を出しながら怯えてもらいたいわけではない。

腰を抜かしたり、泣かれたりしたいわけではない。

そういうわけではないのだが、なんとも可愛さに欠けてしまう気がして、残念な気持ちになるのだ。


「・・・まぁ今さらか」

「なにがです?」


マーシャルはエドワードの背中に隠れつつも、しっかりと黒い異形を見つめている。

どうやら恐怖よりも興味が勝っているらしい。

やはり可愛さに欠ける。

エドワードは内心でため息をついた。


「なんでもないよ」

「なら、そんな残念そうな目で私を見ないで下さい」

「すまん」

「え、そこは否定してくださいよ」


ガンッと、マーシャルから聞こえてきた気がした。

エドワードは何かを言おうとして、そしてすぐに口を閉じる。

そして黒い異形を見た。

同時にマーシャルもそれを見ていた。

2人が見た先にいたそれは、その白い目で2人を見ていた。

なんとも鋭い目で。

殺気すら篭った視線で。


「シャル、ここから逃げろ」

「どこに」


間髪いれずにマーシャルは返す。

その問いにエドワードは少しだけ考えた。


「城ですか?宿舎ですか?どの道ひとりにするんですよね?そっちのが危険だと思いません?」


エドワードの背中越しに聞こえてくる声は、矢継ぎ早に質問のような確認をする。

それにエドワードはため息を一つだけ返した。


「・・こういうときに正論ばっか返すなよ」

「私はわかってます」

「なにを」

「エドの側が一番安全です」

「・・・言ってくれるな」


マーシャルには、正面を向くエドワードの表情はわからない。

それでも照れているのだけは、その声でわかった。

エドワードは今マーシャルに顔が見えない位置にいてよかったと思った。

エドワードの顔は珍しく赤く染まっていた。


「あ、いた!なんなんですか、いきなり正門前とか!ふざけないで・・・っぎょわっ!」


正門前に走ってきた黒騎士がエドワードに文句をたれて、そして黒い異形を確認して驚きの声をあげる。

次々とやってくる黒を纏う騎士たちは、黒い異形を見据えてその距離も保ったままエドワードの下へと歩み寄る。

そこには団長であるエリックの姿もあった。


「なんだあれ」


エリックは気持ちの悪いものを見るかのような目で黒い異形を見る。

白い目をした4本足のそれ。

動物のようなフォルムをしていながら、その全身は黒く、何で覆われているのかは見当もつかない。

ただ吸い込まれそうな闇のようだった。


「謹慎中のニケルが置いていった置き土産です」


エドワードはこともなげに言う。

置き土産といえるほど良いものではないが。

エリックはニケルの名前を聞いて少しばかり顔を顰めた。

そしてエドワードが背に庇うようにして守っているマーシャルの姿を確認する。


「相変わらずだな」


5年前と変わらないと、エリックは思った。

マーシャルは怯えもせずに興味本位で黒いそれを見ている。


「で、あれどうします」

「どうするも何も・・まずあれは何だ。魔物か?」


その問いにエドワードは少し考える。

魔物、というには少し違いがあるのだ。


「魔物、で大体はあってるんですけどね。あれ、ニケル作だそうです」

「・・・・は?」

「ですから、ニケルがつくったみたいですよ、あれ」

「あれをか?」

「あれをです」


エリックは思わず指をさしてしまう。

それもそうだろう。

魔物は本来自然に生まれるものだ。

人の悲しみが、人の憎しみが、人の恨みが、凝縮されて形となって、それが魔物という固体になる。

それを人為的に作り出すなど、前例もなければ誰も試みようとは思わない。

そもそも作り出す方法がないのだ。

いや、ないはずだったのだ。

今このときまでは。


「どうするかな・・あれそもそも切れるのか?」

「さぁ・・見たところ切れなさそうですけど」


相変わらず戦いの場において、この2人はマイペースだとマーシャルは思う。

見たこともない敵を前にして、ここまで悠長にしていられるのはおそらくエドワードとエリックだけであろう。

マーシャルはそんなことを考えながら、目の前の黒い異形を見る。

個体、というには少し不安定なそれは、時折ゆらゆらと揺れている。

白い目は虚ろで何を見ているかは定かではない。

おそらくこちらを見ているのだろう、という認識しか持てない。

まるで禍々しい魔力に食われた獣だと、マーシャルはそれを見て思った。

それと同時に、ああ、と納得した。

あれは魔力なのだと。


「エド」

「どうした?」


マーシャルはエドワードの騎士服を引っ張り遠慮気味にその名を呼ぶ。

近くにいたエリックもそれに反応する。


「魔力に見えます」


マーシャルは小さく言う。

それに首をかしげたのはエドワードとエリックだった。

魔力とは人の体内にあるもので、魔道具を媒介して魔法を使うことができ、魔道具を媒介しなければその力は見えない。

そうやって対外に放出された魔力は自分の体から切り離したり、放った先にある物体に衝突したりすることで霧散する。

つまり、その形状を、その力をとどめておくことなどできないのだ。

ただひとつ、魔石以外は。

あれは石の中に魔力が閉じ込められている状態であり、中の魔力を使いきらない限りは割っても砕いてもその力を使うことが出来る。


「あれが魔力?」

「多分、ですけど。魔力の塊みたいな感じがします。魔物みたいで魔物じゃない感じ」

「・・どうします?とりあえず炙ります?」


そう言って、エドワードはスッと音もなく魔剣を引き抜く。

ゴウッと、その剣は火を纏う。

マーシャルは久しぶりに見たその魔剣に、その火に、歓喜し目を輝かせた。

それにエドワードとエリックは苦笑を漏らす。


「いきます」


そう短く言って、エドワードは黒い異形に走り出す。

そう長くない距離をいっきにつめたエドワードは火を纏う魔剣を振り下ろした。

真正面から切りかかって、そして終わり、誰もがそう思った時だった。

白い目にエドワードが映った瞬間、黒い異形はカパッと口を開けて、あろうことか風の力を纏った玉をエドワードに向けて噴き出した。

振りかざした剣を咄嗟に眼前に持ってきたエドワードは直撃は免れたものの、その威力のせいで吹き飛ぶ。

ミシリと、音がなった気がした。

静まり返った騎士。

時が止まったように、黒い異形を見つめた。

その中で、黒い異形の威嚇のような咆哮だけが響き渡った。







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