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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◇宝石箱編◇
42/143

◇第42話




「ねぇ、あなたはどう思っているのかしら」


ポツリと、マーシャルの言葉が部屋に響く。

マーシャルの言葉に反応するかのように、窓から入ってくる風がマーシャルの白銀の髪を撫でた。


「いつまでそうしているつもり?」


また、マーシャルが言う。

静まり返った部屋ではやけに大きく聞こえた。


「そのままじゃ死んじゃうわよ」


こともなげにマーシャルは言った。

それに対しての反応は、やはりない。

当たり前だ。

マーシャルが肘をつき、そっと視線を送るその先にあるのは、人ではなく宝石箱なのだから。

傍から見ればなんと異様な光景か。

とうとう気がおかしくなったのかと、どこかで噂されてもあながち間違いとも言えない。

現に、壁に寄り添いながらマーシャルのそんな様子をここ数日見てきているエドワードですら、その奇行ともいえる行動にいまだに顔を引き攣らせている。

なぜこんな女に惚れたんだと、自問自答するくらいには引いている。


「はー・・・出たくないってばっかり言われてもねー」


困った、とばかりにマーシャルは椅子にもたれかかる。

頭こそは抱えないものの、マーシャルはとっても頭を抱えたい気分なのだ。

マーシャルはここ数日、宝石箱の中にいるシェイラに語りかけていた。

傍から見れば、宝石箱に語りかける変人にしか見えないのだが。


「変人だな」

「はいはい。何度も言わなくてもわかってますよ」


マーシャルが宝石箱に向かって話しかけた初日、エドワードは全力で引いていたし、とうとう狂ったかと本気で考えてしまった。

なんとも失礼な話だ。

しかしマーシャルはいろいろな意味で変人と言われ慣れているため、エドワードに言い返すものの、実はあまり気にしていなかった。


「今日もひとりで喋ってたな」


エドワードの言葉に、マーシャルは力なく頷いた。

すでに外は日が傾いている。

じきに宿舎のほうへ戻る時間になる。

外に明かりを灯すものがないため、真っ暗な道を歩いて帰らねばならなくなる。

魔道具で明かりを灯せば、別に暗くなっても私室にいても問題ないのだが、あいにくエドワードもマーシャルもそんなものは持っていない。


「どんだけ引きこもりなんですか、ここの姫様」


マーシャルの言葉にはほんの少しの棘があった。

マーシャルはこれでも苛立っていた。

宝石箱、というよりもその宝石箱に閉じ込められたシェイラに。

マーシャルはここ最近、性懲りもなく宝石箱に語りかけていた。

優しく幼子に話すように、マーシャルの中での最大限の優しさを見せていた。

にもかかわらず、マーシャルの問いかけに返ってくるのは無言か『出たくない』という言葉のどちらか。

いい加減にしてほしいと、マーシャルも思っているのだ。


「まぁ・・元々物静かな人ではあったな」

「エドって面識あるんですか?」

「ないわけじゃないな。俺も公爵家の人間だし」

「ああ、そうだったね」


マーシャルはたまにエドワードが自分とは比べ物にならないほど高い地位にいる人であるということを忘れそうになる。

きっと初めて会った5年前ならば騎士という肩書きだけでエドワードに敬意を払っていただろうが、ここまで親しくなってしまえば今さらだとマーシャルは思ってしまう。

そんなマーシャルにエドワードは苦笑を漏らす。


「いやそれでいい」

「は?」

「俺は公爵家の人間じゃなく軍人だ」

「軍人でも偉いさんなのは変わらないけど」


黒騎士の副隊長なのだ。

地位も名誉も財産もすべて持ち備えたハイスペック人間。

そんなエドワードは、自分を貴族扱いする人間があまり好きではない。

そして貴族社会を騎士団に持ち込もうとする人間も好きではない。

だからこそ、彼はどれほど白騎士にという打診がきても承諾はしないのだ。


「シャル、そろそろ戻るぞ」

「はぁい」


エドワードの声かけにマーシャルは不満げな声で返事をした。

実際、全く反応なしの宝石箱にかなり不満は抱いているのだが。

マーシャルは椅子から立ち上がると、扉を開けて待つエドワードの隣に並び立ち、歩幅を合わせながら宿舎へと向かう。

それがどこぞの絵画のように見えてお似合いなのだから、2人の様子を見る令嬢たちや貴族たちは内心でため息をついている。

令嬢に関しては諦めていない者も勿論いるが。

エドワードは少し前にユーリウスから聞いた視線を探ってみるが、いかんせん視線の数が多すぎて見つかりそうもない。

嫉妬や羨望の眼差しばかりで、監視や殺気のようなものは全く感じられないのだ。

だからといって気を抜くわけでもなく、エドワードはいつでも抜刀できるように剣の柄にずっと手を置いている。


「最近なんだかピリピリしてますね」


マーシャルは緊張している空気を知りつつも暢気に言ってのけた。

いや、紛らわそうとしているといったほうが正しいかもしれない。


「そうだな。シャル、なんかあれば言え」

「それいつも聞いてます。そして私は言ってます」


そう言って、マーシャルは嘘つきだと心で漏らす。

エドワードに言っていないことがある。

エドワードだけでなく、エリックやヒュースにも言っていない、彼女だけが抱えていること。

言わなければならないということは理解している。

しかし、言ってしまえば危険が伴ってしまうことも、マーシャルは理解しているのだ。


「お久しぶりですね、エドワード様」

「・・お前は、」


王城を出て、西にある宿舎へと向かう途中、エドワードとマーシャルの前に現れたのはニケルだった。

日も暮れた、夜の闇に溶けるかのように黒一色を纏った彼は、黒騎士であるエドワードよりも黒さが強調されているように見える。


「なぜここに?謹慎中のはずだろう」


エドワードの目は途端に鋭くなる。

以前マーシャルを襲ったニケルはいまだに謹慎が解けていない。

国王であるキャレットが唯一宝石箱をどうにかできるかもしれないマーシャルを害されては困ると、無期の謹慎処分を下しているのだ。

そのため、ニケルは職場である技術塔どころか王城を歩くことすら許されていない。

自宅にいなければならないはずなのだ。


「そうですね。ですが、それが?」


ニケルはにこりと笑う。

その笑顔にマーシャルはビクリと肩を揺らす。

そんなマーシャルを庇うように、エドワードは剣の柄に手を置きながら前に立った。


「ああ、名前は出さないでくださいね。困りますから」

「・・ならなぜこんなところにきた」


エドワードはその真意を探る。

しかしその傍らで、なぜここにいるのかを考える。

王城の入り口には門番が必ず2人立っており、名前や身分、登城理由を聞き許可を仰ぐという役割をしている。

門番は青騎士の仕事であり、その人員配置は正義感の強いものが門の前に立っている。

だからこそ、疑問であり不可解なのだ。


「決まってるじゃないですか。彼を入れるためですよ」

「彼?」


エドワードがそう呟いた瞬間、のそりと出てきたのは黒い塊。

のそりと起き上がったそれは、異形ではありながら4本の足で立ち上がる。

その大きさはエドワードの身長ほどもある。

重量感も相当だ。

ふたまわりほど大きなトラとでもいえばいいのだろうか。

ニケルが彼と言った異形は黒とは似つかわしくない白い目をマーシャルとエドワードに向ける。


「・・魔物?」

「いいえ?それとは少し違います」


マーシャルの呟きにニケルは至極満面の笑みで答える。

ではなんだと、エドワードが聞く前にニケルが笑いながら言った。


「私が作った魔物ですよ」


その言葉に、2人の目は驚愕に包まれる。

人がモノを造る世界。

それは料理であり、それは人であり、それは道具であり。

様々なものを造ってきた。

そしてとうとう人は、手を出してはならないものをつくり出してしまった。










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