◇第41話
「マーシャル嬢は面白いね」
唐突に、何の脈絡もなく、ユーリウスはエドワードに言った。
その言葉に顔を顰めたのはエドワードだった。
色の違う騎士が一緒にいるなど昼間はあまり見る光景ではないが、仕事の終えた夜にもなると、こうやって見ることができるのだ。
もちろん、城下の酒場限定であるが。
エドワードはマーシャルを宿舎に送り届けたところを仕事終わりのユーリウスに捕まり、半ば強引に酒屋へと連れてこられたのだった。
エドワードとて、酒が飲めないわけではない。
むしろ酒にはめっぽう強いほうだと自負しているし、好きか嫌いかと問われたら好きだと答えるくらいだ。
それなのに、エドワードの気分は上がらない。
それはきっと、同僚でもあるユーリウスが至極笑顔でエドワードに接しているからだろう。
「なんだいきなり」
エドワードは酒の入ったグラスを置いてにっこりと笑うユーリウスを見た。
マーシャルの護衛をユーリウスにお願いしたのは間違いだったかもしれないと、エドワードは今になって後悔する。
「いや、なんていうかさ、行動がすっごくお転婆だよね。男の前とか関係なくさ。令嬢って感じがしない」
ユーリウスはそう言って、エールをあおる。
酒が大して強くもないくせに、とエドワードは後の面倒事を考えると舌打ちをつきたくなった。
「令嬢ではないからな」
「でもレヴィ商会のご息女でしょ?あそこは貴族も商売相手じゃない」
魔道具などというものを売っているレヴィ商会は、日用品から武器、はてはオーダーメイドの商品まで取り扱う、ある意味大手商会である。
王都に店を構えようと思えばいくらでも出来るだろうし、それだけの資金も持ち合わせているはずだ。
しかし、レヴィ商会はどの代になっても王都には店を出さないと言い張る。
いくら金を積まれようと。
いくらお願いされようと。
だからこそ、レヴィ商会の商品はプレミアがついたりするのだけど。
「商会のほうは息子がひとりでしているそうだ」
「へぇ!それはそれで凄いけど。それにしてもお転婆だよね」
最近はおとなしくなったほうだ、と言いかけて、エドワードは口を噤む。
ごまかすようにエールを口に含む。
「けばい化粧に鼻がもげそうになるくらいのきつい香水、わかりやすい媚び方をするどこぞのバカ令嬢よりよっぽどいいだろ」
「はは、言えてる!」
誰が聞いているともわからない酒場でする話ではない。
しかしエドワードの本心でもある。
別に女性が綺麗に着飾るのが嫌なわけではない。
自分の隣を歩くのだから、多少なりとも身なりは気にしてほしいとは思っている。
だが、行き過ぎたものは、エドワードの好みから大きく外れる。
化粧も、服も、態度も。
しかし、面と向かってそういうことを女性に言うわけにもいかず、エドワードの周りには派手な令嬢ばかりが集まってきてしまうのだ。
「でもマーシャル嬢も着飾ったら真っ赤なドレスとかでも似合うと思うよ」
それはエドワードもわかっている。
マーシャルの瞳と同じ色のドレスは、間違いなくマーシャルに映えるだろうし、マーシャルは難なく着こなしてしまうだろう。
「シャルはそういうの好まないだろ」
エドワードはまるで確信しているかのように言う。
いや、確信していると言ってもいい。
なんせ1ヶ月余りもマーシャルと過ごしてきたのだ。
マーシャルの好みなど、その気がなくとも知ってしまう。
「だよね!でも驚いたよねー、まさかマーシャル嬢がエドの好みドストライクなんだもん」
「・・・・は?」
エドワードはユーリウスの顔を見て、抜けた声を出す。
その返事にユーリウスは笑顔を返す。
たったそれだけで、エドワードはユーリウスが何を言いたいのか理解してしまう。
それが同僚であり、気の知れた友人なのである。
「・・どこで知った?」
観念したとばかりにエドワードは言うと、グラスに残っていたエールを飲み干して店員におかわりを頼む。
そしてため息を一つ、見せ付けるかのようにエドワードは吐いた。
「どこでも何も、王都中で有名だよ?焔鬼様が美少女とデートをしていたって」
ユーリウスの言葉にエドワードは今度こそ舌打ちをついた。
ユーリウスに対してではない。
周りを見ずにマーシャルを連れまわした自分にだ。
「よかったね、新聞に載らなくて」
「・・やめてくれ、さすがに笑えない」
「いやもう十分笑えないけどね?マーシャル嬢の身元がばれてないから名前とかはわからないけれど、容姿は王都中の人が知ってるようなものだからね」
ユーリウスの言葉にエドワードは頭を抱える。
店員によって運ばれてきたエールを、ぐいっといっきにあおぐ。
「面倒だな」
「それを引き起こしたのはエドだけどね」
それを言われてしまえば何も言えないエドワードであったが、エドワードとてまさかここまで大事になるとは思ってもみなかったのだ。
まだマーシャルに被害が出てないだけマシなのかもしれない。
「俺ってそんなに過剰反応される立場か?」
「そうでしょ。なんせエドはこの国の英雄なんだから」
「あのな、」
「いつまでも独身でいるエドが悪いんだよ」
だから、とユーリウスは言葉を続ける。
「早いとこマーシャル嬢と結婚しちゃいなよ」
ユーリウスのとんでもない一言にエドワードは飲みかけていたエールを噴きそうになる。
かろうじて止めたそれに安堵しながら、ユーリウスを睨みつければ、ユーリウスは先ほどと同じ笑みでエドワードを見ていた。
付き合いは長いが、本当に何を考えているかわからないと、エドワードは内心で愚痴る。
「簡単に言うな」
「まぁ、そうだよね。エドは爵位持ちだもんね。それも公爵」
エドワードは顔を顰める。
身分の話をされるのは、あまり好きではないのだ。
だが、その身分をどうにかしなければ、エドワードがどれだけマーシャルのことを好きでいてもどうにもならない。
マーシャルは商会の娘といっても、爵位は持たないただの平民なのだから。
「ああそうだ、それとこの前マーシャル嬢を護衛して思ったんだけど、なんとなく監視の目を感じたね」
ユーリウスはなんでもないとでもいうように言う。
エドワードは最初こそポカンと口を開けていたが、少しずつ怒りを覚えた。
「ユーリ!それを早く言え!」
「いやだって、エドがいつも護衛してるんだからさ、エドだって監視っぽい視線は感じてるでしょ」
その言い訳じみたユーリウスの物言いに、エドワードはここ数日のことを思い返す。
基本的に宿舎の食堂で朝食を食べたら、そのまま訓練をしている騎士たちと会話をして、そのあと王女の私室に行く。
そして昼にまた宿舎へ戻り昼食を食べて朝の繰り返し。
その間にエドワードが感じた視線といえば、貴族や侍従たちの好色めいた視線やマーシャルを侮蔑するような視線ばかりだった。
エドワードは、監視するような視線は全く感じていなかった。
「いや・・俺はそんな視線は感じていない」
騎士の中でも精鋭揃いだと言われている黒騎士団。
その中でも副団長という地位についているのだ。
気づかないわけがないのだ。
「そう?じゃあ勘違いかな」
「馬鹿言え。黒に来れるだけの実力があるんだ。気のせいではないだろ」
しかしそうなると、本当に厄介だ。
エドワードは少しだけ眉間にしわを寄せた。
今マーシャルに何かあっては困る。
エドワードはエリックに報告することが増えたと、内心でため息をついた。




