◇第40話
「・・・・・・そうか」
重たく低い一言がその場に響いた。
そこにいるのは、エドワード、エリック、ヒュース、そしてこの国を統べる王キャレット・フォン・テートリア。
テートリア国の第16代国王である。
エドワードの報告に、一様にして深刻な表情を浮かべる。
それは信じがたい事実。
宝石箱が王女の魔力を食いつぶしている。
このまま放置しておけば、王女の魔力は食いつぶされ枯渇してしまう。
魔力の枯渇はすなわち死を意味する。
「それは事実なのだな」
予想していなかったエドワードの報告に、キャレットは深いため息をついた。
その歳だけ重ねたしわよりも深く刻まれた眉間のしわに、悲壮さと深刻さが漂う。
エドワードが王であり王女の父でもあるキャレットに報告したのは、マーシャルがここへきてからわかった宝石箱のあれこれ。
宝石箱は王女であるシェイラを閉じ込めるためだけに造られたこと。
閉じ込めるために呪いをかけているがシェイラ自身が出たがっていないこと。
その呪いを解くと別の呪いが発動してしまうこと。
宝石箱はシェイラの魔力を糧にその力を維持していること。
このままではシェイラが宝石箱に魔力を搾り取られ死んでしまうこと。
「マーシャル嬢に加護を与える精霊が言っていたことなので間違いないと思われます」
キャレットの言葉にエドワードは神妙な面持ちで答える。
「その娘は今は?」
「王女様の私室にて宝石箱の解呪を試みております」
「できるのか!?」
エドワードの受け答えに、キャレットは玉座から身を乗り出して問うた。
普段から冷静で落ち着いた雰囲気のあるキャレットからは想像もできない動きに、エリックとヒュースは驚く。
ほんの少しの期待を持った金色の瞳を見返した藍色の瞳は憂いを見せる。
残念ながら、エドワードはマーシャルから解呪の方法を何か見つけたなどという報告は一切受けていない。
つまりそれは、まだその方法が見つかっていないということだ、と、エドワードは思っていた。
「いえ、まだ何も聞いておりません」
エドワードの言葉に、目に見えてわかるほどに落胆したキャレットは玉座に深く座り込んだ。
キャレットは周りが何と言おうとも、正妃の娘であるシェイラを跡継ぎとして考えていた。
レイチェルの息子であるディートリアが悪いのではない。
シェイラがよく出来すぎるのだ。
王女では近隣諸国からなめられてしまうなどと王子派の貴族たちは言うが、そのためにディートリアという王子がいるのだと、キャレットは思っている。
「問題は王女の魔力があとどれほど残っているか、ですね」
ヒュースが呟くように言う。
それが今最も懸念されることだ。
シェイラの魔力の量は膨大だと義弟であるディートリアが以前言っていたことをヒュースとエドワードは思い出す。
それでもだ。
シェイラはあの宝石箱に、すでに40日は閉じ込められている。
あの宝石箱が一体どれほどの魔力を吸い取っているのか定かではない。
つまり、あとどれほどシェイラが生きていられるのかわからないのだ。
もしかしたら今日にもシェイラの魔力は尽きてしまうかもしれない。
それは明日かもしれない。
いや1週間後かもしれない。
誰もそれはわからない。
だからこそ、それは一刻を争う事態なのだ。
「その娘に任せるしかないのだな」
キャレットは静かに言う。
手の打ちようも、手の出しようもないそれに、ただただ祈るしかないのだった。
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時はエドワードがキャレットに謁見をしている時間。
マーシャルはエドワードに絶対に自分が迎えに来るまでこの部屋から1歩たりとも出るなという言明を受けて、宝石箱のある王女の私室へとやってきていた。
部屋から出るなという言明をきっちりと守っているマーシャルではあったが、どうやらエドワードの信用はないらしい。
マーシャルはそんなことを、彼を見て思うのだ。
「なーに?」
「いいえ、何も」
マーシャルは目が合った瞬間にサッとそらす。
それでも目の端に嫌でも入ってくる青色を纏う彼の姿。
なぜ王族の護衛が主な仕事である青騎士が平民であるマーシャルを護衛などしているのだ。
マーシャルはため息をついて自分を護衛している青騎士――ユーリウス・ミッドベンを見た。
初対面の男ではない。
以前、マーシャルはユーリウスに助けられたことがあるし、エドワードとの噂をわをかけて流した張本人でもある。
マーシャルはいろんな意味でユーリウスを警戒していた。
「そんな怯えた目で見なくてもとって食いやしないって」
ユーリウスは屈託なく笑って、肩をビクリと動かしたマーシャルを見た。
少しだけユーリウスの言葉に怯えていたマーシャルだったが、それもつかの間で、宝石箱について考え始めると、周りも見えないほどにマーシャルは集中していた。
その様子を見て、ユーリウスは目を細める。
ユーリウスがマーシャルと会話をしたのは、これで2度目だ。
1度目は、エドワードに非番のところを邪魔されて。
今日はたまたま廊下をぶらついていたらエドワードに捕まって。
エドワードほどユーリウスをこき使う人間はいないと彼は思っている。
そしてその対象がすべてマーシャルであることに、ユーリウスはひどく関心を持っていた。
――――集中力なら騎士にも勝るな。
エドワードのように壁にもたれかかりながら、ユーリウスは思った。
魔道具にそれなりにしか興味がないユーリウスにとってマーシャルが今何をしているのかは皆目検討もついていない。
本当に見守っているだけだ。
それでもマーシャルの集中力には目を見張るものがある。
マーシャルは、なんとも不細工になった宝石箱に白く輝く宝石をひとつひとつ丁寧に嵌め込んでいく。
ひとつをつけるのに、かかる時間は一体どれほどか。
そしてその難しさはいかほどか。
それはユーリウスにはわからない。
理解する気もない。
「はー・・・・・」
マーシャルを見つめていたユーリウスは、突然緊張の糸が切れたかのように、いすに深くこしかけたマーシャルを見て少しばかり驚いた。
年頃の娘が、いくら疲れていたとしても、やっていようなことではない。
それも異性の目の前で。
たとえその異性が自分の意中の相手でなかったとしても。
「どうかしました?」
ぐったりと、背もたれに背を預けて、顔だけをユーリウスのほうへと向けたマーシャルの姿に、ユーリウスは思わず笑みを浮かべた。
面白い、と、彼は思った。
「いいや?ただ君は面白い子だなぁと思って」
「面白い?」
「悪く言えば礼儀知らずで型破り、良く言えば素直でとても興味が引かれる」
そう笑顔で言うユーリウスに、マーシャルは少し引いてしまった。
少なくとも笑顔で本人を前にして言うことではないと、マーシャルは思う。
「で、エドとはどうなの?」
「はい?」
「エドだよ。この前エドと城下にデートしに行ったんだろ?」
「はい!?」
デート、という聞きなれない単語にマーシャルはうろたえる。
そんな世の中の女子が恨みそうなことをした覚えはないと、マーシャルは立ち上がる。
が、すぐに「そういえば・・」と少し前の買い物を思い出して座り直す。
「いやぁ城下でもすっごく噂になってるよ?エドが女の子を連れて歩いてるなんてここ数年は見てないからね」
「・・そういう情報はいらないです」
マーシャルは自分の中の何かが擦り減るのを感じる。
少しばかり周りの視線が異様なくらい自分たちに向けられていることくらい、マーシャルだってわかっていた。
しかしそれが、こんなふうにまわりまわってくるなどとは思わなかったのだ。
「まぁ俺としては、エドとくっついてくれたらありがたいんだけど?」
「なぜですか」
「んー?面白いから」
ユーリウスの言葉に、マーシャルは今度こそ脱力したのだった。




