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魔道具少女は恋を知らない。  作者: ゆきうさぎ
◇宝石箱編◇
25/143

◇第25話


エドワードがやってきてからは早かった。

さすが王都の治安を守り、常に戦争の前線で戦っている黒騎士団の副団長なだけある。

マーシャルはエドワードの戦いぶりをみて感心する。

ものの数分で片付いてしまったそれに、マーシャルは安堵してその場に座り込む。


「おい」


へたり込んだマーシャルの瞳に、エドワードの足が映った。

見上げると、不機嫌を隠そうともしないエドワードがいて、機嫌が悪そうなくせして、瞳はどこか心配そうだった。


「誰の差し金だ?」

「え・・バーゲイ伯爵は?」


マーシャルは先ほどまで確かにいたニケルを捜す。

どこを見ても、いるのはニケルが雇ったであろうゴロツキだけで、ニケル本人の姿はどこにもない。

マーシャルはニケルの逃げ足の速さに驚く。


「やはりそうか。・・・・・で?」

「で?とは」

「しらばっくれるな。この俺を撒いてひとりで王女の私室に入るとはどういう了見だ?」

「えっと・・」

「まぁいい。とりあえず戻るぞ」


エドワードはそう言うと、座り込むマーシャルの手を掴む。

掴んだのは、右手。


「ぃった、」

「・・?シャル、これなんだ」


あまりの痛さに顔を顰め声まで出してしまったマーシャルを見たエドワードは、自分が掴んだマーシャルの細い手首にくっきと痣があるのを確認した。

マーシャルはまたエドワードから目をそらす。

それにため息をついたのはエドワードだった。


「まぁいい。どうせすべて吐かせる」

「え?」

「ほらいくぞ」


エドワードは今度はマーシャルの左手を掴むと、王女の部屋から出る。

途中捕まえた青の騎士に、先ほどの用件を伝え忘れずに。

エドワードは迷うこよなく騎士の宿舎へとマーシャルの手を引いて戻ると、マーシャルの部屋の前を通過して自分の部屋の扉を開ける。

それに顔を引き攣らせたのはマーシャルだ。


「そこ座っとけ」


エドワードはぶっきらぼうに言うと、がさがさと何かを探した。

そんな様子を見ながら、マーシャルはエドワードに言われたとおりいすに腰掛ける。

エドワードの部屋は、与えられたマーシャルの部屋となんら変わりがなかった。

部屋のつくりは元々変わらないので、見た目はどうしても同じようになってしまう。


「で?その手首どうした?」


エドワードは棚から包帯だけを取り出して、マーシャルの前に座った。

治癒能力のあるピアスをつけているマーシャルにとって、それはあまりに見慣れないものだ。


「えっと・・思いっきり掴まれちゃいまして。あ、でも大丈夫ですよ。放っといたら痛みはなくなるので」

「治癒じゃ痣の痕は消えないだろ」

「・・よくご存知で」


擦り傷切り傷なんでもござれ、のマーシャルの治癒能力ではあるが、うっ血した痕などは消してはくれない。

マーシャルの白い肌には、赤黒く染まった手首はとても痛々しく、そしてとても目立つ。

エドワードはそんなマーシャルの手首を優しく包帯で包んでいく。


「見た目だけの問題だけどな」

「大層じゃないですか?」

「いいんだよ、これくらいで。王子派に痛めつけられましたって言っておけ」

「え、でもそんなことしたら、エドが非難されない?」

「だーれーの、せいだ?」

「うっ」


ぎゅっと、エドワードはマーシャルの手首を掴む。

咄嗟に呻き声を出したマーシャルであるが、実際のところ治癒が効いてきていてさほど痛くはない。

マーシャルの手首の包帯を巻き終わったエドワードは、おもむろに立ち上がると飲み物の準備をした。

それを見たマーシャルは、エドワードの渋い紅茶を思い出す。


「あ、やりますよ」


渋い紅茶は飲みたくない。

そう思ったマーシャルは率先して紅茶を淹れる。

侍女がいたものの、生粋の貴族ではないマーシャルは自分の作業部屋に篭っているときは、身の回りのことは自分でしていた。

そのため、紅茶を淹れるのはお手の物だ。


「意外だな」

「何がです?」

「シャルってお茶が淹れられたんだな」

「平民なんですから当たり前です」


マーシャルは怒りながら言うと、お盆の乗せてテーブルへと運んだ。

マーシャルにはなんの茶葉を使っているのかわからなかったが、とてもいい匂いだと感じた。


「さて、本題だが」

「・・はい」


紅茶で緩和されていたはずの空気がピリリと締まる。

それにあわせてエドワードの目は鋭くマーシャルを見据えている。


「お前が俺から離れた理由はなんだ?」


なんの比喩も嫌味も含まず、エドワードは直球でマーシャルに問う。

エドワードからしてみれば、ここ数日自分でも呆れるくらいマーシャルに気をつけろと言ってきたつもりだ。

それなのに、マーシャルはエドワードの目を盗んでひとりで王女の部屋へと行ってしまった。

あげく、そこで王子派の人間に命を狙われた。

寸でのところでエドワードが間に合ったからよかったが、もう少し遅かったならばと考えただけでも青くなる。

それほどまでの危機感が、マーシャルにはまだない。


「ごめんなさい・・その、ひとりで宝石箱を見たかったの」


マーシャルのこれは本音だ。

周りに見られていると気が散るというのもあるが、マーシャルはまだ得体の知れない宝石箱を他の人間を巻き込んでまで調査する気にはなれなかったのだ。

マーシャルが巻き込まれている側であり、今さらな配慮になるとわかっているのだが、それでもマーシャルには憚られるのだ。

しゅん、とうな垂れるマーシャルに、エドワードは何も言えなくなる。

怒っている自覚もあるし、マーシャルを責めている自覚もあるのだが、普段は快活なマーシャルがこんなにも気落ちしていると、罪悪感すら芽生えそうになるのだ。

まるでエドワードが悪いことをしているみたいな錯覚にすら陥る。


「お前に何かあってからじゃ遅いんだがな」


エドワードは、マーシャルの手首を見ながら言う。

治癒能力のある魔道具を常に身につけているマーシャルにとって、大抵の傷がその日のうちに完治するだろうし、マーシャル自身もそう思っている。

おまけに障壁すら張れるのだから、魔道具による攻撃もマーシャルならばいとも簡単に防ぐことが出来てしまう。

エドワードにとっては、そんなマーシャルだからこそ不安になるのだ。


しかし、そこまで思って、エドワードは不思議に思う。


今自分の目の前ににいる彼女は、数日前から行動を共にするようになっただけで、5年前に一度会っていると言ってもあの時は少年だと思っていた。

今でこそ、あの時の少年姿が嘘のように思えるほどの美少女に成長しているが、彼女のお転婆ぶりは王城へ来ても遺憾なく発揮されている。

妙齢の女性とは考えられない行動、態度、言葉遣い。

どれをとっても褒められてるものではない彼女を、エドワードは放っておけないのだ。

それが、エドワードにとっては不思議でならなかった。


「頼むから離れてくれるな」


そう言ったエドワードの声は切なかった。

まるで恋人や兄妹に向けるような声色に、マーシャルの心はチクリと痛む。

痛む理由など、マーシャルにわかるわけがない。

それでも、エドワードに切ない声を出させ、切ない表情をさせたのが自分であると思うと、マーシャルは苦しく思うのだった。


「シャル、次からは必ず俺をつれていけ」


意志の強い藍色の瞳に見つめられたマーシャルは、首を縦に振るしかできなかった。







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