◇第24話
狭い部屋で、甲高い金属音が響く。
打たれては横にいなし、突かれてはひらりと避ける。
マーシャルは防戦一方だった。
それでも、男4人に対して善戦しているほうではあるが。
「剣まで扱えるとは・・とんだ野蛮なご令嬢だ」
甲高い音に混ざって、ニケルの皮肉めいた言葉がマーシャルの鼓膜を揺らす。
今のマーシャルにその言葉を聞き入れて言葉を返すほどの余裕はない。
15センチほどしかない護身用の短剣で、長剣を持つ男4人を相手にするのは無理があるのだ。
しかも、マーシャルには、技術士の資格を持っているであろうニケルの目の前で、魔石の力を使うことは憚られる。
せめてここが王城の1階であったなら、マーシャルにはも逃げ場はあったのだが。
「ニケル様、本当に殺していいんですか?」
その言葉にマーシャルは動きを止める。
聞こえてきた物騒な言葉にマーシャルは真紅の瞳を揺らした。
そんなマーシャルを見たニケルは、歪めていた笑みをさらに歪めさせる。
「かまいませんよ・・ああ、でも、確か彼女は未婚の女性だ。好きにしてかまいません」
その物言いに、さすがのマーシャルにも言いたいことが伝わる。
それなら殺されたほうがマシだと、マーシャルは本気で思う。
しかしそんなマーシャルに、男たちは卑下た笑みを向けた。
「さ、死ぬ前に彼らにその純潔を捧げてあげなさい」
「ふざけないでよ!こんなやつらにくれてやるくらいなら死ぬほうがまだマシよ!」
マーシャルは今まで被っていた猫をすべて取っ払って、ニケルの言葉に噛み付く。
そんなマーシャルに、ニケルはピクリとこめかみをひくつかせる。
「・・本当に躾のなっていない猫だ」
ギロリと、ニケルは茶色い瞳をマーシャルに向ける。
まるで蛇のように鋭いそれに、マーシャルはごくりと固唾を飲んだ。
ここにきて怖いと、感じた。
助けてほしいと、身勝手にも思った。
マーシャルは、飢えた男4人に睨まれて、体が震えるのを感じた。
動けと叱責する。
かろうじて、マーシャルは剣を構える。
そんなマーシャルに、彼らは余裕の笑みを浮かべていた。
「ニケル様の許可もとったし、こんな美人一生かかっても抱けねぇな」
「飼い殺すのもありなんじゃないか?」
「名案!」
どこがだよ!とマーシャルは怯えながらにも心で突っ込む。
じりじりと近寄ってくる4人に、マーシャルは腹をくくる。
倒す。
そして、逃げる。
マーシャルはぎゅっと、銀の短剣の柄を強く握る。
ニケルにばれるかもしれないが、ほんの少しだけ翡翠の魔石の力を借りようとマーシャルは思い、翡翠の意思に対してだけ言葉をかける。
―――どうか私に翡翠の加護を。
風の恩恵を、どうか。
心で呟いた言葉に応えるかのように、マーシャルが握っている柄がほんのりと温かくなる。
「じゃあサクッと終わらせますかね」
4人のうちの誰かが、笑いながら言った。
マーシャルはその言葉に、これでもかというほど顔を顰めてみせる。
それが始まりの合図。
マーシャルの真正面に立っていた男がマーシャルに切りかかる。
それを短剣で横にいなし、すばやく男たちとの距離をとる。
マーシャルは小柄であるため、懐に入るほうが何かとやりやすいのだが、4人が一箇所に集まられては、手の出しようがない。
マーシャルは男たちから距離をとったものの、背水の陣に変わりないことにため息をこぼす。
背中には壁がある。
逃げ場など、ない。
「袋のネズミだな」
「どうだろうね」
マーシャルは挑発的な言葉を返す。
それに煽られた男のうち2人が、マーシャルに長剣を持って襲い掛かる。
それは目を背けたくなるほどのおぞましさをはらんでいたが、マーシャルはその瞳に彼らを映す。
そしてその短剣の横にサッと風を切る。
瞬間。
襲い掛かった男たちが後ろへと勢いよく飛んでいった。
それに驚いたのは、その部屋にいる男たち。
そしてニケルだった。
茶色い瞳をこれでもかと見開いて、マーシャルの持つ銀色の短剣を凝視する。
ニケルの視線に気がついたマーシャルは、ばれたかとため息をついた。
「何をした?」
壁にぶつかってすでにのびてしまった男を見ながら、残りの2人が問う。
彼らの目には、マーシャルが短剣で空を切っただけに見えた。
空を切っただけで、大の男2人が吹き飛んで、その意識を狩った。
「別に、何も」
マーシャルは短く答える。
それに反応したのは、他でもないにニケルだった。
「魔道具です!あの短剣は魔道具だ!あれを奪いなさいっ!」
「魔道具・・?あれが?」
「いいですから!あんなもの、野蛮な小娘が持つなど身の程知らずだ!」
ニケルは叫ぶようにして男たちに命令を下すと、マーシャルを睨みつける。
ギラギラとしたその瞳は、マーシャル、もっと言うならばマーシャルが持つ短剣に注がれていた。
「ということだ。それ、奪わせてもらう」
言った瞬間、男は長剣を片手にマーシャルに走り寄る。
当然マーシャルは短剣で空を切る。
男はそれを横に飛びのいて避けた。
「いまだ!」
「っ!」
マーシャルが目の前の敵を気にしている間に、もう一人が後ろまで来ていたらしい。
ガッと、マーシャルの細い腕が掴まれる。
あまりの強さにマーシャルは顔をくしゃりと歪めた。
「さ、その短剣をちょうだいね・・・・がふっ」
マーシャルは掴まれた手首をそのまま、勢いよく男の鳩尾目掛けて回し蹴りを食らわせる。
マーシャルの回し蹴りは見事鳩尾に決まり、男はわき腹を押さえながらその場に倒れこむ。
「・・野蛮なっ!」
「私令嬢じゃないから。大人しくしてるなんて思わないでほしいわ」
ふんっと鼻をならしたマーシャルは掴まれていた手首を見た。
ほんの数秒掴まれていただけなのに、そこにはくっきりと掴まれた痕が残っている。
痕を見ながら、マーシャルはエドワードに怒られそうだと思った。
そして何より、痛い。
短剣を扱うには、かなり痛手であり、青い魔石に願えば治るだろう痛みではあるが、ニケルの手前そんなことはできない。
「少しなめてたな」
「・・・そうだな、」
長剣を構えながらマーシャルを睨む男と、わき腹をおさながらもマーシャルを見据える男。
すっかり臨戦態勢に入ってしまった2人を見て、マーシャルはさすがにやばいと感じる。
マーシャルの右手はもう使えない。
おそらく、彼らの重い斬撃をいなすほどの力は、今の手首にはない。
「とりあえず抵抗できないくらいには痛みつけるか」
そう言って振り上げられる長剣。
マーシャルは思わず目をぎゅっと瞑る。
痛みを伴う何かがくると思っていたマーシャルの耳に聞こえてきたのは、何かが刺さる音と男の呻き声だった。
おそるおそる目を開けると、マーシャルの前には、背中に剣を刺された男が倒れていた。
マーシャルには男の背中に刺さる剣には見覚えがある。
赤く煌めく、火の精霊を宿した魔剣。
彼を焔鬼と呼ばせるただひとつの武器。
マーシャルが見上げた先には、深海のような藍色の瞳があった。
それだけで、喜びを感じる。
心が安心を覚える。
「・・エド、」
マーシャルは彼の名を呼ぶ。
エドワードは無言でマーシャルの元へと歩み寄ると、なんの躊躇いもなく、男の背中から剣を抜き取る。
「シャル」
エドワードは藍色の瞳で立ち尽くすマーシャルを見る。
藍色の瞳に吸い込まれそうになるマーシャルは、その瞳を見つめ返す。
「お前は俺を怒らせたいのか?」
綺麗だ・・と見惚れていたマーシャルに聞こえたのは、地を這うような低い声。
マーシャルは気付く・・・・・怒っている、と。
マーシャルは先ほどまで見入っていたのが嘘かのように、すいーっと目をそらす。
「これが終わったら俺の部屋直行だ」
「え゛」
「え、じゃない。強制だ。異論は認めん、わかったな」
エドワードは睨みつけるようにしてマーシャルに言うと、エドワードのいきなりの登場に驚いている男をその目に映した。




