◇第18話
一通り宝石箱について話したマーシャルは、護衛のエドワードと一緒に王城の西にある騎士の宿舎へと戻ってきていた。
貴族たちからの視線を感じられない分、マーシャルは気分が幾分か楽だが、こちらはこちらで女である自分に視線が向けられる。
どうやら、マーシャルはどこへ行っても人の目をひくようである。
「こんなところに戻ってきてどうした?昼飯か?」
戻ってくるとは思っていなかったエドワードは不思議そうに、自分の数歩前を歩くマーシャルに問う。
艶やかな銀糸を風に靡かせるマーシャルは後姿でさえも美人だった。
神々しさすらも感じるそれに、エドワードは思わず目を細める。
「まさか。それより・・いいんですか?訓練に参加しなくて」
「ああ、別にいい。俺の任務はこっちだ」
「はぁ、」
マーシャルは少し先で剣を合わせている騎士たちを見ていた。
彼らはエドワードと同じ黒を纏っている。
といっても、コートは羽織っておらず、濃いグレーのシャツをと黒いズボンを履いているだけだが。
―――――ひとりにしてくれないかな。
マーシャルは言葉にできない言葉を心の内にぼやく。
護衛なのだから、そばにいるのは当たり前なのだが、普段からひとりで改造に没頭していたマーシャルにとって四六時中誰かといるというのは疲れる。
しかもそれが世の中の女性を虜にする美丈夫ときた。
マーシャルは今さらながら、エドワードを護衛に任命したであろうエリックを恨んだ。
実際はエドワードが自ら志願して護衛をしているのだが、そんなことは彼女が知るはずもない。
「そういえば、こことは真逆にある技術塔には行かないのか?」
エドワードは思い出したように言った。
『技術塔』―――――その名のとおり、技術士が集まる塔のことである。
王城で務める技術士が、日夜問わずそこで研究を続けているのだという。
宰相であるヒュースや魔道具を使って戦う騎士などは、その技術塔に出入りすることはあるが、あまり人が技術塔に出入りすることはない。
エドワードから『技術塔』という単語が聞こえてきた瞬間、マーシャルの真紅の瞳がキラリと光る。
それはもう、先ほど宝石箱を目にしたときのようにキラキラと。
その様子に、エドワードは頬を緩める。
「そんなところがあるんですか!?」
おおよそ令嬢には似つかわしくない言葉使いと気迫で、マーシャルはエドワードに迫る。
マーシャルがエドワードに詰め寄り顔を近づけているその様子は、傍から見ればキスを迫るようにも見える。
しかし、そんなこととは知らないマーシャルは、エドワードの藍色の瞳をじっと見つめる。
「ああ、こことはちょうど反対側にある」
「なんで言ってくれないんですか!?」
「いや知ってると思ったし」
なにより、エドワードだって、できることならば技術塔には行きたくないのだ。
エドワードが腰に帯剣しているそれは、国宝級の魔道具であり精霊が住み着いているという、例を見ない珍しいものだ。
そんな物を、魔道具を愛してやまない彼らが放っておくわけがない。
彼らはエドワードに会うたびに、魔剣を見せろと言い募る。
なぜなら、彼らはその魔剣を心行くまで研究をしたいところを、エドワードが魔剣がなければ戦えぬと言うからであり、そんなことを言われては渋々諦めるしかないのだ。
「連れて行ってください!」
「いや、昼飯を食べてからにしよう」
「い・や・で・すっ!」
強調するかのように一文字ずつ区切って言葉を放ったマーシャルはぷいっと顔をそらす。
そのしぐさは可愛らしいのだが、今のエドワードにとっては困ったものでしかない。
エドワードはほんの数分前の自分を恨めしく思うも、今となってはどうしようもない。
「別に飯を食べてからでもいいだろう」
「・・わかりました」
マーシャルの言葉にエドワードはホッとする。
が、それも今この瞬間だけであった。
「では、私は技術塔に向かいますので、どうぞ昼ごはんを食べてからいらしてください」
「はぁ?」
マーシャルの言葉に、エドワードは珍しく素っ頓狂な声を上げる。
どうやらマーシャルは言っても譲ろうとしないエドワードに対して強硬手段に出たようだ。
マーシャルはそう言うと、サッと来た道を戻っていく。
しかし、そちらは王城と向かう道であって、城の東側に位置する技術塔がある方向ではない。
それでも歩いていくマーシャルにエドワードはため息をつく。
マーシャルはエドワードが思っていたよりも我が強かったようだ。
「待て、そっちじゃない」
エドワードはマーシャルの背中に声をかけると、手をとりマーシャルを引っ張った。
突然のことで驚いたマーシャルであったが、なんだかんだと言いながら連れて行ってくれるエドワードに嬉しさがこみ上げる。
「昼ごはんはいいんですか?」
「・・護衛対象をほっといて飯なんか食えるわけないだろ」
そんなことなどわかっているくせに、と言いたげな目でエドワードはマーシャルを見やる。
そんなエドワードにマーシャルはふふっと愛らしい笑顔を向けた。
それだけで、さっきまでの鬱憤が晴れてしまうくらいだ。
「おやおやおや?焔鬼様が珍しいことをしてますね」
白い塔を目の前にしたとき、マーシャルとエドワードの背中に声がかけられた。
2人同時に振り返ると、そこにいたのは10歳ほどに見える、黒髪に翡翠色の目をした少年。
白色のシャツに茶色のズボンを履いた少年は、振り返ったエドワードとマーシャルを見て、さらに驚いた顔をした。
「うわうわ、お綺麗な方を連れてますね」
マーシャルと目が合った少年は、翡翠の瞳を大きくする。
少年の反応にマーシャルは苦笑する。
昨日からマーシャルに対して初めて会った人たちは同じような反応をしてみせる。
さすがのマーシャルも慣れてしまったようだ。
「俺が女を連れるのがそんなに珍しいか?」
「珍しいでしょう。だってあの焔鬼様ですよ?」
少年は、自分で『あの』と付けておいて、全く恐れた様子もなくエドワードと接する。
すぐに眉間にしわを寄せたがるイケメンと、あどけなさの残る屈託のない少年が話している姿のなんと異様なことか。
「それでこちらの令嬢は?」
少年はちらりと翡翠の瞳をマーシャルに向けてから、またエドワードへと戻す。
マーシャルはそんな少年に少しばかりの違和感を感じた。
見た目は10歳ほどの少年であり、背だって子どものそれだが、纏っている雰囲気や言葉遣いはおおよそ子どものそれとは言いがたい。
「5年前に魔石をくれた令嬢だ」
「ああ!あの時の!ということは彼女が例の?いやー、精霊も面食いなのかな?あ、ということはこの塔に用?ちょっと待ってね、今開けるから」
少年は矢継ぎ早に言うと、エドワードとマーシャルの言葉を聞かずに、塔の扉にかかる鍵を開けていく。
扉についた扉は一つしかなく、その扉には鍵が3つもかけられている。
それはまるで大事な何かを守るように。
それはまるで大事な何かを隠すように。
「さ、どうぞどうぞ。何もないところだけど!」
少年はサッと手を出す。
音を立てて開いた扉の向こうには、薄暗い空間が広がっている。
昼間の今は、日の光でそれなりに辺りが見えるようになっているが、夜になれば何も見えなくなるだろう。
なんとも閉鎖的な空間に、マーシャルはほんの少し前までいた屋敷のことを思い出す。
マーシャルも魔道具の改造をする部屋は、ほんのり薄暗く、窓はあったがいつだってカーテンで遮っていた。
決して風通しの良い部屋とは言いがたく、どんよりといつだって何かが曇っていた。
そこにとても似ていると。
マーシャルはそれが複雑であったが、同時に嬉しくも感じられた。




