◇第14話
「エドワード様が護衛?」
朝ごはんを食べに食堂にやってきたマーシャルの前で綺麗に朝食を食べるエドワードは、自分が護衛に当たることを伝えた。
マーシャルはきょとんと目を丸くして、前に座るエドワードを見る。
「そうだ」
「ずっと?」
「そうだな、護衛が入れ替わる予定はないな」
その言葉にマーシャルはぎょっとする。
マーシャルの記憶が正しければ、自分の目の前に座る彼は副団長である。
マーシャルに付きっきりで行動できるほど、暇な人間ではないと思っている。
「別に俺がいなくても問題ないからな」
「問題ないって」
「俺が出なければならない事態なんて、王都にいればまずありえない」
その言葉にマーシャルは頬を引き攣らせる。
焔鬼と恐れられているエドワードが出なければならない事態を想像するが、マーシャルにはいくら思い描いても戦争か魔物討伐しか出てこない。
「ていうか俺って・・」
エドワードが護衛という事実に困惑していたせいか、マーシャルはどうでもよいことにばかり気がいってしまう。
マーシャルの指摘に、エドワードは一瞬首を傾げたが、何か思い当たったのか「ああ」と思い出したような声を出した。
「気の知れない相手にはなるべく私というようにしてる。だが、ここにいるときは常に俺だな」
「・・・猫かぶり」
「公私を分けてるいってくれるかな」
マーシャルの呟きににっこりと笑って答えるエドワードに黒いものを感じてしまう。
「それより、マーシャル嬢、ドレスはどうした?」
「へ?」
「昨日は着ていただろう」
エドワードが疑問に思うのも無理はない。
マーシャルは今、質素な紺色のワンピースを着ていた。
昨日は何があるかわからなかったため、一応ということでドレスを着て屋敷から出てきたのだが、騎士しかいないこの場所でドレスを着て過ごすほど、マーシャルは図太くない。
「ドレス嫌いなんです」
「は?」
「昨日も言いましたけど、世の中のご令嬢が愛してやまないものって、私にとっては無価値に等しいんです」
なんという言い草か。
それを気に入った令嬢にプレゼントしている男に失礼ではないだろうかと、エドワードはマーシャルのあまりの物言いに呆れ返る。
「私はこういった格好のほうが好きです」
「しかしそれでは王城に入りにくいだろう」
「そうですか?本当は騎士服を貸していただこうかと思ったんですけど」
さすがにこの言葉には、エドワードは頭を抱えた。
そして思い出したのは、この食堂に来る前にあった上司であるエリックのなんとも複雑そうな顔だった。
あの顔はきっとマーシャルが騎士服を着たいと言った時の顔だったのだろう。
エドワードは無頓着にも程があると、マーシャルを見て思う。
「まぁ陛下と会うわけではないからいいか」
「え、陛下と会うような機会があるんですか」
「ありえなくはないだろう」
「会いたくないです」
ばっさりと言いきるマーシャルにエドワードは笑みをこぼす。
その破壊力の高いこと。
世の中のご令嬢が熱を上げるのもわかるわ、とマーシャルは自分に向けられる笑顔を見て思う。
それでも、マーシャルにとっての一番は変わらないのだけれど。
「何せことがことだからな。何かあれば会うことになる」
「・・・そうですか」
礼儀や作法というものを、避けに避けてきたマーシャルにとって、この国で最も偉い人物に会うというのは、苦痛以外の何物でもない。
レイモンドの前でそんなことを言えば、問答無用でマナー矯正をされそうだけれど。
マーシャルは今ここにレイモンドがいないことにホッと胸を撫で下ろした。
「でもまぁ今日はこの国で2番目に偉い人に会うことになってる」
「この国で2番目?」
マーシャルは朝食用に出された、こんがり焼けたパンをちぎりながら問う。
マーシャルの目の前に用意された朝食は、決して豪華とは言えないが、如何せん量が多い。
こんがり焼けたトーストは皿に2枚。
もう1枚まではおかわり付きだ。
香辛料がきいた腸詰肉が3本に、卵を2個は使っているだろう大きめのオムレツ。
オムレツの中にはたっぷりの野菜が入れられている。
そして、ごろっと果物が入ったジャムがかかったヨーグルト。
寝起きに食べる量ではないし、ひとつひとつの量がとっても多い。
昨日ぺろりと晩ご飯をたいらげたマーシャルではあるが、朝からこれだけの量を食べきれるほど、彼女の胃袋は大きくもなければ活発でもない。
しかし、周りの騎士たちは朝練を受けてきたものばかりで、ガツガツとその量を胃袋におさめていく。
「王妃様、ですか?」
「んや、宰相だ」
エドワードはしめのヨーグルトとジャムを混ぜながら言う。
どうやらエドワードもしっかり朝食を食べきったらしい。
ちなみにマーシャルはまだパンは1枚、腸詰肉は1本、オムレツは半分残っており、ヨーグルトに関しては手付かずだ。
「宰相様ですか」
マーシャルはこの国の政を取り仕切る宰相を思い浮かべる。
王都での式典をあまり見に行かないマーシャルは、現在の宰相の顔すら浮かんではこない。
それでも巷に聞く噂では、今宰相につかれている方は歳は若いものの、とても優秀だと聞いている。
「見たことは?」
「ないですね」
「一度も?」
「はい、一度も」
王女の誕生式典や終戦式典など、なにかと表舞台に立つことの多い宰相の顔を知らないと言ったマーシャルに、エドワードはある意味尊敬する。
この国の宰相であり、政の場において誰よりも権力を持っている男は、その地位や家柄はさることながら、持って生まれた顔がすばらしく良い。
眼鏡をかけた姿は理知的に見え、微笑みは優しく温和な印象を与える。
エドワードやエリックほどではないが、彼も世の女性を虜にして止まないひとりなのだ。
「そうか・・まぁ気をつけろ」
「何にですか」
「いろいろだ」
複雑そうな顔をして言うエドワードに、要領のつかめないマーシャルは訝しげに藍色の瞳を覗く。
それでもエドワードは何も言わない。
否、言えないのだ。
ここでマーシャルに何かを言って、鬼畜と言われる彼に伝われば、とばっちりを受けるのはエドワード本人である。
それだけは、いくら幼馴染といえど嫌なのだ。
「・・マーシャル嬢、もしかしてお腹いっぱいか?」
「すいません・・残すのはあまりよくないとわかってはいるのですが」
マーシャルは先ほどから食べる手をあまり動かそうとしない。
フォークを置きこそしないものの、口に運ぶ素振りを見せない。
マーシャルの前には、半分ほどのトーストと腸詰肉1本、そして手付かずのヨーグルトが残っていた。
そんな様子を見たエドワードは感心する。
朝練を終えた騎士たちは馬鹿みたいに食べる。
だから朝食の量は馬鹿みたいに多い。
エドワードとてその量をしっかり食べきっているが、この量は明らかに令嬢が食べるには多い。
令嬢でなくとも、おそらく多いと言われるだろう。
しかしそれを、一言も口出さずに食べきろうとするのだから、とても好ましく思うのだ。
「料理長には伝えておこう」
「え、いいですよ、そんな」
「俺たちは訓練をしてこの量だ。無理に食べきる必要もないし、頼んでおけば残すこともない」
エドワードはそう言うと、マーシャルが残していたパンに腸詰肉を挟むとパクパクと食べてしまった。
食後のデザートともいえるヨーグルトはマーシャルが食べ、2人は料理長に食事の量を告げる。
マーシャルは申し訳ないと何度も謝ったが、料理長のほうは事前に言ってくれるのだから気にするなと笑ってくれた。




