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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 変わりゆく日常
12/60

12 願いが並行して叶うかどうかの確認

 校門の前にとめられていたやたらと長い高級車に無理やり押し込まれて連れて行かれた仲島家は、それはそれは立派なものだった。高い塀に囲まれていて全貌は外から確認できず、車が止まったかと思いきや、幅の広いゴージャスな飾りのついた門はなんと自動で開くという代物だ。

 自分の存在があまりにも場違いに思える豪邸の中には、本物のメイドと執事が並んでいた。メイドさん風サービス店みたいに浮かれていない、ガチのメイドと執事が。

「坊ちゃま、お帰りなさいませ」

「今日は新しい友人を招いたぞ! 諌山君だ!」

 

  ――友人じゃねえし!


 あのウザキングがまさかこんなガチの御曹司だったとは。意外な気分ではあったが、それよりも「お友達」扱いされるのが不本意で、想の顔は暗い。

 しかしメイド軍団はお構いなしで少年のカバンを受け取り、背中を押すように応接間らしき部屋へ案内して、お茶だのお菓子だのを次々と運んできた。


 大きくて立派なテーブルの向こう側に、暖炉まで見える。体が心地良く沈みこむソファには、豪奢な刺繍が施された、見るからに高価そうなカバーがかかっている。もし汚しでもしたらクリーニング代がいくらになってしまうのか、まったく想像がつかない。壁にはゴテゴテとした額付きの絵画が並んでいて、描かれた人物は揃ってドヤ顔をしており、どうだい諌山君? と呼びかけているかのようだ。


「まずはお茶をどうぞ、諌山君」

「……ああ」


 仲島の口からはペラペラと紅茶に関する薀蓄が語られている。テーブルには、メイド軍団が次々とお菓子を並べていく。

「遠慮なく食べてくれ。うちのシェフが腕を奮って作ってくれたんだ。夕食も一緒に、ぜひ!」

 仲島の後ろに控える執事らしき白髪の爺さんも、笑顔で頷いている。

「いつものお友達はどうしたんだよ。なんで今日は、俺なわけ?」

 仲島にはいつも一緒の通称「三クボ」――小久保、窪山、奥掘――がいるはずだ。

「彼らのことはもう言わないでくれたまえよ!」

「なんかしゃべり方変わってない?」

「変わったのではなく戻ったのだよ! 彼らはね、諌山君。僕ではなく、後ろのメイドたちが目当てだった。彼らは僕をお財布扱いしているだけで、なんの友情も生まれてはいなかったんだ!」

「ふははは」

 真剣な顔で話す仲島の様子がおかしくて、想は思わず声をあげて笑った。

「四谷君に言われた日に思い知らされたんだよ。僕には真の友人と呼べる存在はいなかったとね。みんな、僕の背後にある力に群がろうとする亡者だったんだ。そんな偽りの友情に意味はない。これからは本当の友情を育む努力をしようと僕は決めたんだ!」


 仲島は右手をぐっと強く握って、少年へ鋭く視線を向ける。

 冗談とか気紛れで連れてこられたと思っていたのに、そうではなさそうな気配で、想は少しばかり慌ててしまう。


「え、俺と?」

「君だけは色眼鏡なしで、僕を、まっすぐ僕自身、魂そのものを見てくれそうな気がしたからさ!」


  ――うっぜえ! マジでうっぜえ!!


 少年の心の中でムカつきは大きくなり、その怒りはしかし仲島ではなく、四谷に向けられた。

 仲島廉は大いに反省し、想を不愉快な気分にさせなくなると言ったのに。

 今の少年を構成しているのは、イライラとムカムカ。この二つの成分が主ではないか。


 眉間に皺を寄せる想の鼻先に、ふんわりと優しい香りが届く。

 視線を落とすと、上品なティーカップには飴のような色の液体が注がれていて、そこから漂う香りが鼻をくすぐるたびに気分が落ち着いていく。


 思わず手を伸ばして一口、飲んでみれば。


「……うまいな」

「お口にあいましたでしょうか」


 すぐそばで、若くてやたらと美人なメイドさんが微笑んでいる。


  ――くるしゅうない、って、こういう時に言うんだな。


 飲んだついでとばかりに、お茶菓子にも手を出すとこちらも極上に美味だった。普段スイーツなど嗜まない少年の全身に、口から入った幸福が心地良く広がっていく。


「これ、家で作ってんの?」

「そうだよ。シェフが作ってくれるんだ」

「すげえなあ。こんな美味いの、初めて食ったかも」


 想は普段から世界になんの期待もしていない無気力な少年ではあるが、いいものに「くだらねえ」と難癖をつけるようなひねくれた性格ではない。

 目の前に繰り広げられたスイーツ天国にあっさりと白旗をあげて、その魅力に敗北宣言を出し、仲島家おかかえのシェフ自慢のお菓子を思う存分味わっていく。甘味、酸味、苦みもフワフワもサクサクも、素直に「おいしい」と口に出せば、テーブルの上に残るのは平和だけ。

 おかげで今日からできた新しい友人も、その後ろに控える召使い軍団もみんな笑顔だ。


「喜んでもらえてなによりだよ」

「悪いな、なんか」


  ――お友達になる気、ゼロで。


「いいんだよ。諌山君、今までのお詫びだ」

「サンキュー」


 散々おやつの時間を満喫した後には、腕利きの家庭教師が待っていた。そういえばそんなこと言ってやがったな的な、まったく気の乗らないお勉強タイムが勝手に始まってしまう。

 余計なお世話としか思っていなかったその時間も、なぜかやたらと快適だった。座りやすい椅子に、優しく丁寧な講師の教え方は自然と頭の中に染み込んでいく。あんたが学校の先生だったらみんな国立大学に合格できんじゃないの? なんて考えながらも、理解できる喜びで少年の手はよく動いた。

 適度に頭を動かした後は豪華なディナーが待っていて、仲島家の両親が登場するような余計な展開もなく、気楽な気分のまま時間が過ぎていく。


 リッチな時間を楽しんで、想はすっかり満足していた。


「どうだろう、諌山君。僕の家の夕食は」

「サイコーだな」

 外食で同じものを頼めば、一体いくらになるのだろう。

 タダ飯、タダおやつに、タダ家庭教師。なるほどこいつは快適だとふっと笑い、想は最後のデザートまできれいに平らげる。

「じゃあ家まで送ろう!」

 学校帰りに無理やり乗せられたながーい車に今度は自ら乗り込み、少年がご機嫌な笑顔で仲島君に手を振ると車は自動で開く門から出て、諌山家のあるマンション前まで大切なお客様を送り届けた。


 運転手に礼を言って車を見送ると、想は自宅ではなく向かいのアパートへ移動した。


「諌山想、質問があるのだろうか」

「ああ。あるぜ。さっき思い出した」


 ゴージャスアンドゴージャスな仲島家に比べて、恐ろしいほど粗末な四谷の部屋。しかし、こちらの方が落ち着くのはやはり小市民の証だろうか。そんな風に思いつつ、ぺしゃんこなクッションの上に座って想はこう切り出した。


「あいつん家、なんなの?」

「仲島廉の父親は仲島重工という大会社の社長だ。その経営は」

「いいよ、細かい話は。ボンボンってことなんだろ、要は」

「その通り。仲島廉は一人息子なのであの高校にもボディガードが潜んでいる」

「マジか。その割にあいつ、だいぶバカみたいだけど」


  ――大体、なんであんなレベルの低い公立高校通ってんだよ。


「家柄と知力は比例するとは限らない。また、ごく普通の公立高校を選んだ理由は特別に存在する」

「なにそれ。そんな大層な理由があるのか?」

「仲島廉に関する秘密事項はの彼の身の安全にかかわる重要な話であり、諌山想には教えられない。また、私は願いに関する質問以外は必要以上には答えられない」

「そうだったっけ? 今までもそうだった? なあ、どうだった?」

「私は探偵ではないし、諌山想の便利屋ではない」


 大真面目な顔で言い放つ四谷の顔はいつも通りだが、いつもにはない厳しさがあるようにも感じられる。あーそうですか、と小さな声で呟くと、これ以上の追求は諦め、思い出した肝心な疑問について質問を切り替えていった。


「あのさ。俺の母親の料理の腕をあげる願い、ちょっと前に二ヶ月かかるって言ってただろ。それと今、試験の成績をあげる願い、同時進行になってねえ?」


 仲島家の長いリッチな車の中は快適そのもので、そのおかげで食べた夕食の美味さを思い出したところでこんな疑問が浮かんできた。

 願いは常に一つというルールだったはずだ。

 もしも前の願いが取り消されるのならば、四谷はそれに関して注意をしてきそうなものなのに。特に何も言わずに新しい願いを叶えると確かに言ったし、その成果は今日はっきりと実感できている。


「結論からいうと、同時進行にはなっていない」

「なんでだよ。二ヶ月かかるって言っただろ。まだ一ヶ月も経ってねえし。実はいくらでも同時進行できるっていうなら隠さずに言えよな」

「……一つ目の願いに関しては、実はもう叶えられている。その成果がはっきりと実感できるのが二ヵ月後というだけで、事前にわかると諌山想が感じる幸せが減ってしまう。なので、伏せてあった」

「もう叶ってる?」

「そうだ。これ以上は、今知る必要はない」

「なんだよ。なにかあるのか?」

 四谷は知らん顔で黙っている。その澄ました顔が妙に癇に障って、想は顔をしかめた。

「言えよ。なんだよ」

「未来の幸福に関して、契約者にはできる限り幸せを感じてほしいとわれわれは願っている。その時を待っていてほしい」

「バカ、幼稚園児じゃねえんだぞ? サプライズとか必要ねえから」


 少年は散々食い下がったが、結局四谷はいつも通りの無表情のままで、待ち受ける将来に関する暴露をすることはなかった。

 

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