第一話 レオン邸
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
馬車がゆっくりと停止した。
アリシアは目を瞬く。
「……着いたのですか?」
「はい」
レオンが答える。
つい先程まで自分を膝枕していた人とは思えないほど平然としている。
恥ずかしさを思い出したアリシアは少しだけ視線を逸らした。
「失礼します」
レオンが扉を開ける。
そして。
当然のようにアリシアを抱き上げた。
「きゃっ!?」
「段差がありますので」
「もう自分で歩けますわ!」
「そうですか」
そう言いながら降ろさない。
アリシアは諦めた。
抵抗しても無駄だと学習し始めている自分が少し悔しい。
馬車を降りる。
そして。
固まった。
「…………」
大きい。
とにかく大きかった。
屋敷。
庭園。
噴水。
城壁。
下手な貴族の本邸より大きい。
「レオン様」
「はい」
「騎士とは何でしたかしら」
「騎士です」
「嘘ですわ」
即答だった。
その時。
屋敷の扉が勢いよく開く。
大量の使用人が飛び出してきた。
「レオン様ああああ!!」
「本当にお連れしたのですか!?」
「奥様ですか!?」
「まだです」
まだ。
まだと言った。
つまりその予定はあるらしい。
アリシアの顔が赤くなる。
「お、お嬢様!」
一人の女性使用人が両手を握った。
「お会いできて光栄です!」
「え?」
「毎日聞いておりました!」
嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感だった。
「ど、何をですの?」
「もちろんお嬢様のお話を!」
アリシアの思考が停止する。
「毎日です!」
「朝昼晩です!」
「十年です!」
「やめてください」
珍しくレオンが止めた。
だが遅い。
完全に遅い。
アリシアはゆっくりレオンを見る。
「レオン様」
「はい」
「十年ですの?」
「十年です」
「朝昼晩?」
「そうなります」
「毎日?」
「ほぼ」
アリシアは顔を覆った。
無理だった。
絶対に無理だった。
「執事長!」
その時。
一人の老執事が前へ進み出る。
白髪の老人。
だが背筋は真っ直ぐだった。
「お帰りなさいませ、レオン様」
「ただいま」
「そして」
執事長はアリシアに向かって深々と頭を下げる。
「ようこそおいでくださいました」
「……ありがとうございます」
「この日を長らくお待ちしておりました」
またである。
また嫌な予感である。
「待っていた?」
「はい」
執事長はにこやかに答える。
「旦那様から何度も聞かされましたので」
アリシアはレオンを見る。
レオンは視線を逸らした。
初めて見る動揺だった。
「庭を見ればアリシア様」
「花を見ればアリシア様」
「新しいお菓子を見ればアリシア様」
「執事長」
「家具を選ぶ時もアリシア様」
「執事長」
「別館を建てる時もアリシア様」
アリシアの動きが止まる。
「……別館?」
「奥様用でございます」
沈黙。
風が吹いた。
使用人達が同時に目を逸らす。
アリシアだけが固まっている。
「奥様用?」
「十年前から準備されております」
「十年前」
「はい」
アリシアは理解を放棄した。
もう無理である。
十年前から。
この人は何をしていたのだろう。
そう思いながら隣を見る。
すると。
珍しく。
本当に珍しく。
レオンが少しだけ気まずそうな顔をしていた。
それを見て。
何故だろう。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
笑ってしまった。
「……後でゆっくり聞かせていただきますわ」
「覚悟しております」
レオンが頷く。
その答えが妙に真面目で。
アリシアはまた笑ってしまった。
そして使用人達は思った。
レオン様、
本当に幸せそうだな、と。
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