第14章 間違った愛
その日は、雨だった。
言えなかったこと。
聞けなかったこと。
そして、ずっと胸の奥に隠していたこと。
彼女が、姉の最後の日について語り始める。
そこには、僕が知らなかった時間があった。
そして二人は気づく。
自分たちが「守る」と信じていたものが、
いつの間にか別の形へ変わっていたことに。
愛していた。
だからこそ、間違えた。
その日は、雨だった。
窓を叩く雨音だけが、部屋の静けさを埋めていた。
僕はずっと待っていた。
彼女が話す時を。
そして、僕自身が聞く覚悟を持てる時を。
「話さなあかんことがある。」
彼女がそう言った。
声は震えていた。
僕は何も言わず頷いた。
「お姉ちゃんが亡くなった日のこと。」
その言葉だけで、胸の奥が苦しくなった。
彼女はゆっくり話し始めた。
あの日。
姉は彼女に連絡をしていた。
最後に会った時、姉は泣いていた。
「もう、この子を苦しませたくない。」
そう言っていたという。
彼女は分かっていた。
姉が自分のために何かをしようとしていることを。
そして。
僕もまた、同じことを考えていたことを。
「あなた、ずっと言ってたよね。」
彼女が僕を見る。
「私には普通の生活をしてほしいって。」
僕は目を逸らした。
「でも、あなたは自分を責めすぎてた。」
「全部、自分のせいやって。」
違うと言いたかった。
でも言えなかった。
彼女は続ける。
「お姉ちゃんも同じやった。」
「私を守れなかったって、自分を責めてた。」
部屋の空気が重くなる。
三人とも。
誰かを守りたいと思っていた。
でも、その方法を間違えた。
「私、お姉ちゃんに言ったんよ。」
彼女の声が震える。
「もう苦しまなくていいって。」
その言葉に、僕は顔を上げた。
彼女は泣いていた。
「でも……その後に起きたことを、止められなかった。」
僕は息を止めた。
彼女はゆっくり続けた。
姉と最後に会った日のこと。
その時、二人で話したこと。
そして。
僕が一人で背負おうとしていたことを、彼女は知っていたこと。
「あなたが何かをする前から、分かってた。」
その言葉が胸に刺さった。
「私、怖かった。」
彼女は俯いた。
「あなたが壊れていくのが。」
僕は何も言えなかった。
「でも、私も壊れてた。」
その一言が、部屋に落ちた。
愛している人を守りたい。
その気持ちだけだった。
でも。
いつの間にか、
苦しみを消すことだけを考えるようになっていた。
二人とも。
大切な人を守るためと言いながら、
自分たちの都合のいい未来を作ろうとしていた。
沈黙が続いた。
長い沈黙だった。
僕は聞いた。
「……姉さんは。」
声が震える。
「最後まで、俺たちのこと心配してたんか。」
彼女は泣きながら頷いた。
「うん。」
「最後まで。」
その瞬間。
胸の奥に張り付いていたものが崩れた。
罪悪感でも。
恐怖でもない。
もっと大きなものだった。
姉は最後まで、
僕たちを憎んでいなかった。
それが一番苦しかった。
もし怒ってくれていたなら。
もし責めてくれていたなら。
まだ逃げる場所があった。
でも違った。
愛されていた。
だからこそ、逃げられなかった。
僕は初めて理解した。
人を壊すのは憎しみだけじゃない。
間違った愛もまた、人を壊す。
彼女が僕の手を握る。
昔と同じ温かさだった。
でも。
もう昔の僕たちではなかった。
愛している。
それでも。
僕たちは取り返しのつかない場所まで来てしまった。
雨はまだ降り続いていた。
まるで全部を洗い流そうとするように。
でも。
消えないものがある。
失った命。
失った時間。
そして。
自分たちが壊してしまったもの。
僕は初めて思った。
守るという言葉は、
時に一番残酷な言葉になるのだと。
第14章まで読んでいただき、ありがとうございます。
ここまで「守る」という言葉を何度も描いてきました。
11章では「守る」。
12章では「背負う」。
13章では「知らない顔」。
そして14章で、二人は自分たちの愛が、決して正しいものではなかったことに向き合います。
大切な人を守りたい。
その気持ちは、最初から間違っていたわけではない。
でも、その想いが強くなりすぎた時、
人は「守るためなら何をしてもいい」という考えに囚われてしまう。
物語はいよいよ終盤へ。
二人が何を選び、何を背負ったのか。
残された真実が、少しずつ明らかになります。




