25話
ドラゴン。曰く完全生物、あらゆる魔物の頂点、万物の祖。そして、冒険者たちにとって畏怖と強さの象徴だった。その戦闘能力はあらゆる魔物を凌駕する一方で、何処から何のために人間のいる世界に現れるか謎とされている不気味な存在。たった1匹でもその存在が確認された場合、冒険者だけではなくギルド全体が対応を余儀なくされる。
何故ならば、ドラゴンの現れた周辺の地域は魔物の数と凶暴さが突然増加し、その余波だけで村や町が滅ぶことは珍しくなかった。
当然、ごろつき男がその名を口にしただけで、ギルド内部の冒険者たちも動揺し、ざわめき立った。そのせいでミックもアンジーの過去を聞き出すところではなくなってしまった。
「嘘じゃねえ! 北の山でその姿を見たんだ! とにかくドラゴンがいて、こっちを見たんだ! 俺は逃げ出すのに精いっぱいで仲間ともはぐれちまった……」
情けない事を言い出すが、歴戦の冒険者パーティでもドラゴンを相手にしたら勝ち目はまずない。それ程の強さを持っている相手なのだ。なので、ドラゴンを確認したら迅速にギルドに報告し、ギルドは最も近い王や貴族等の権力者に助力を請う。そして軍隊を送り、ドラゴンを追い払うのが普通の流れだ。だが、時に命知らずのごく一部の冒険者が、その対応にあたる事もある。もし、それでドラゴンを追い払う、あるいは討伐する事が出来ればギルドだけでなく、本来対応する権力者達から莫大な褒美と名誉を授かる事が出来る。もっとも、そんな事は自殺行為に等しく、実際にドラゴンを倒したという冒険者パーティの存在はおとぎ話や風説の流布ばかりだ。
「リザードや大蛇と見間違えたんじゃないか?」
信じてないという冒険者の声が聞こえて来たが、その声も震えていた。
「本当だ! 緑色で羽根が生えていて、オーガよりもでかかった! 見間違いじゃねえ! それにそいつは右目が潰れていた……片目だけでも殺気で殺されそうになったんだ!」
右目が潰れていたという言葉を聞いた瞬間、アンジーの表情がこれまで見た事ない物に変わったのをミックは見逃さなかった。ゾッとするような憎悪のこもった冷たい目。彼女がそんな顔をするなんてミックは信じられなかった。
「ここからはギルドの仕事です。行方不明の冒険者たちの安否を確認、一番近い城に報告をします。他の冒険者たちは魔物の被害が出たらすぐに対処できるよう準備をお願いします!」
ギルド職員の指示に普段は自分勝手な冒険者たちも素直に聞いていた。ギルドの職員は元冒険者も少なくない。緊急事態には迅速に対応できる者たちが集まり、ギルドマスターが指揮を執る。ドラゴンが出た話は町中にあっという間に広がった。見回りする衛兵が増え、往来からは人気が消えた。




