6.愁の過去〈愁視点〉③
末永さんの車に同乗させてもらい、銀行へと案内された。
そこで貸金庫から出された遺言書と俺の名義になっている通帳と印鑑を受け取った。
「十四年前、忠久が君を引き取った時に預かった。自分にもしものことがあったら、そのお金で君を養ってほしいと……。続きは、私の家で話そう」
閑静な住宅地に建つ一軒家に案内され、書斎らしき部屋に通された。
「散らかっているが、気にしないで掛けてくれ」
そう言って、彼は二人分のお茶を用意しソファーに腰掛けた。
「忠久は、自分は普通の人間ではないと言っていた。最初は意味が分からなかったが、餓鬼の郷に連れて行ってもらって、その意味が分かった」
「里に来たことがあるんですか!?」
驚いた俺は、彼を凝視してしまった。
「ああ。君もそうだが、彼も整った容姿をしているから入学当初から有名人でね。学部は違ったんだが、姿が目に入ると、つい観察してしまっていたんだ」
怪しい言動に眉を顰めたが、確かに忠久さんは、始めて会った時、おそらく五十代だったと思うが、麗しい紳士と言った風情で周りのおばさんたちが色めき立っていた気がする。そう考えると、若い頃はさぞかしモテただろう。
「人気者であるはずの彼は、何故か極端に人を避けていた。それが気になって、敢えて話し掛けた。私は天の邪鬼なところがあってね、嫌がる者ほど近づきたくなる。彼は何度も話しかけるうちに諦めたのか、心を開いてくれるようになり、親友と呼ぶ間柄になった。そして、大学も卒業という頃に里へ案内してくれた」
彼は、そこで茶碗を手に取ってお茶を一口含んだ。
「……君は里のことをどれだけ聞いている?」
「……それは……」
「部外者には話しにくいか? だが、恐らく私は君よりも詳しいだろう。彼の研究のことも彼の身に起こったことも説明出来る」
俺は、思わず身を乗り出した。
「教えて下さい!……忠久さんはきっと私が危険な目に合わないように、必要最低限なことしか教えてくれていなかったように思います」
そして、思いっきり頭を下げた。
「頭を上げてくれ。彼の判断は間違ってはいない。本当に君のことが大事だったようだ。彼の身に何があったのか、里で何が起きたのか、君には知る権利があると思う。ただ、知ってしまえば、今までのようには暮らせなくなるかもしれない。それでも知りたいか?」
「はい。忠久さんがいない今、里が焼けてしまった今、これまでのようになんていられません。だから、教えてください! お願いします!」
俺に気圧されたのか、彼はため息をついた。
「はぁー……。わかったよ……。だが、これだけは約束して欲しい。里のため、忠久のためといって、復讐しようとはしないでくれ」
「復讐!?……では、犯人を知っているんですか?」
俺の顔は一気に険しくなった。
「証拠は何もない。ただ、心当たりがあるだけだ。……はぁ、この様子では話すことは出来ないな」
「そんな……」
俺は項垂れた。
彼は、そんな俺の様子を見て、「君は素直過ぎるな。その性格では復讐するのは難しいだろう」と言って、微笑んだ。
「まあ、忠久は君には里のことを忘れて、幸せになってもらいたいと思っているのだろう。その想いを尊重しようと思っていたのだが、……私自身としては君が復讐したいというのなら、それで君が救われるのなら、それはそれで君の自由だと思う」
「はぁ、末永さんはやっぱり天の邪鬼ですね。弁護士としてそれはどうなんですか?」
少し非難がましく言うと、彼は肩を竦めた。
「私は、忠久さんを悲しませるようなことはしたくありません。それでも、話を聞いて許せなければ、復讐しようとするでしょう。なので、まずは聞かせて下さい。お願いします」
俺は彼の目を真っ直ぐ見て、再び頼んだ。
「ふぅ、意地悪をして悪かったね。……では、話そうか」
彼はそう言って、居住まいを正した。
「……忠久が言っていたんだ。里の者を鬼と呼び忌み嫌い、滅ぼそうとする者たちがいると。そういう邪心を抱く者は、里へと辿りつけないように山には術がかけられているから今までは大丈夫だったと。だが、年々術は弱まり、その内に里へ辿り着くかもしれない。それまでに、外で普通の人間として安心して暮らせるように研究をしていると。……残念なことに、間に合わなかったようだ」
彼は顔を歪めた。
「まだ、死んだと決まった訳では……。私が帰郷した時、里は焼け落ちていましたが、どこにも死体らしきものがありませんでした。もしかしたら、皆逃げ延びているかもしれません」
「ああ。すまない。そうだな、忠久のことだから逃げ道くらい用意していただろう」
希望的観測であることはわかっていたが、そう思いたかった。
「それで、その滅ぼそうとする者たちとは一体何者なんですか?」
「鬼退治。昔から伝わる、桃太郎や一寸法師、そんなお伽話に登場する主人公の末裔だとかなんとか……。奴らは、自分たちこそが正義だと思っている。……昔、忠久のお祖父さんが若い頃に、山を下りて外に出た里の娘がいたそうだ。その娘は、翌日山の麓で惨たらしい姿で死んでいるのを発見された。何でも、お腹には『成敗』の文字が刻まれていたそうだ。その娘は、まだ七歳の子供で飢えも知らず、人肉を食べたこともなく、何も悪いことはしていなかったという。ただ、里の者というだけで殺されたらしい」
彼は忌々しそうに話をした。
「何ということを……。私達だって人間です。ただ、人肉を食べなければ死んでしまうというだけで……」
「人は、自分と違うものは排除しようとする。だが、奴らの行いはそれこそ鬼の所業だと私も思うよ。本当に一体どちらが鬼なのか……」
俺は、自分の指を強く握りこんだ。
「例え里の皆が生きていたとしても、やっぱり私は奴らを許すことはできそうにありません」
「そうだろうね。……これからどうするつもりだい?」
「復讐をやめることは出来ませんが、まずは皆の行方を捜すことと、研究を続けることを優先しようと思います」
「ああ、それが良いだろう。私も出来る限り力になろう」
お読み下さり、有難うございます。