犀粉帝再び
(天空都市群グングニル中央島沿岸部外部宙域)
キーロと出会ってから一カ月以上。
俺の『第一右翼支柱筋剥離』は、順調に治ってきている。
無論、まだ全盛期には程遠い。
そのポテンシャルを発揮できるようになるまでには、もう少し、時間がかかるだろう。
とはいえ、一時は飛ぶことすらほとんど不可能だといわれた怪我である。
それが、天空都市の外部宙域を飛行できるようになったのだから、かなり改善されたといっていいだろう。
過酷な天空の世界でも、ブリザード・ワイバーンの翼は、力強く風を掴まえている。
妙な張りや痛みもない。
これは、明るい材料である。
年内の昇格事情に、閉そく感がある中、このことだけは、救いかもしれない。
はあ。
本当に、あとは試合さえ組めれば、問題ないんだがな。
でも、期待にすがるのは、あまりよろしくないだろう。
ここは、主治医に決められた通り、目の前の課題を、こなさなければ。
そう思って、地上界の美しい光景を眼下に敷きながら、俺は天空都市の周りをぐるりと飛行する。
天空都市は、完璧な円形になっているため、飛行するときに障害物に悩まされることはない。
たまに、俺以外のグラディエーターも、飛んでいたりするのだが……。
今日は、俺以外に外空に出ている闘竜士はいなかった。
まあ、そうだろうな。
だって、もうインペリアルリーグ以外は閉幕している時期だ。
練習する選手の姿が無いのも、頷ける。
唯一、まだシーズンを終えていない七帝たちも、こんな初心者コースを飛んだりはすまい。
たぶん、もっと負荷のかかる環境で、彼らは大舞台に向けて己を追い込んでいるはずだ。
そんなことを考えているうちに、二周目が終わり、三週目に突入した。
キーロから指示されたのは、七週だ。
あと、五周ある。
そのまま、あと四周は、何事もなく過ぎた。
最後の一周のとき、そいつは現われたのである。
最初、俺はそいつの接近に気がつかなかった。
背後から声をかけられるまでは。
「よう、負け犬! こんなところで、お前の凍結飛竜を拝むことになるとはな。ついてねぇぜ、全くよ!!」
ぶしつけな口調。
それに、圧的な低い声。
数日以内に聞いたことのあるものだ。
誰だかは、すぐに分かった。
「……ギラドア。この間の続きでも、しにきたのか?」
俺の全身を自身の影で覆う巨大な飛竜が、吠えるように嗤う。
奴の身体は、俺より一回りはでかい。
翼長38メートル。体長は28メートル。
体つきも筋肉質で、頭部の鼻先には、犀のような角と、象牙のような牙がある。
「はん! リハビリ中の怪我人に、七帝の俺がそこまでする必要はねぇ。祭典前の時期だ。お前への制裁は、来年までとっておいてやる」
「ふうん」
俺は、予告なく急旋回して、奴の背後に回り込んだ。
「来年だと、そのチャンスは、ないかもな」
怪我をしているとはいえ、機動性では、こちらの方に分がある。
黒豹のような体毛の合間から覗く金色の瞳孔が、細められる。
「……ほう。少しは、動けるようになったらしい。『魔女』の主治医は、そこまで名医なのか?」
どうやら、この巨大な角獣飛竜も、キーロの記事を読んだらしい。
「それにしても、いい女らしいな。お前とあの若造が取り合うくらいだ」
「女の話で、懲りない奴だな。そんなんじゃない。ビジネスパートナーの奪い合いさ。誰だって、いい主治医と組みたいだろう?」
「はん。にえきらねぇ返事だ。嫌いだぜ、そういうところが」
「安心しろよ。俺も、直情爆弾は苦手だ」
その言下、下にいる奴の背から、魔獣のような闘気が溢れる。
そして、角獣飛竜の鋭い角が、俺の腹めがけて迫ってきた。
だが、俺も油断していた訳ではない。
寧ろ、奴の気質は、前の現役時代から知っている。
ひらりと、空中で一回転し、奴の鋭い突きをかわす。
「……相変わらず気にくわねぇ野郎だぜ!! お前は!!」
ギラリと、金色の獰猛な光が、俺を捉える。
挑発しすぎたか?
いや、でも。
これは、案外使えるかもしれない。
「前からそういう仲だったろ? 忘れた訳じゃないだろうに?」
肩をすくめるような言い方で、俺は奴に応える。
「そういうてめぇのすかした顔を、何度串刺しにする夢を見たことか……!!」
ギラドアと俺の間には、幾つかの因縁がある。
因縁といっても、向こうの逆恨みに近いものだが。
一度目の現役時代、俺とギラドアは、二度対戦したことがある。
一度目は、俺がまだ七帝入りする前の駆けだしスーパーリーガーだったころ。
二度目は、俺が七帝入りし、その地位を盤石にした頃。
無論、二回とも俺が勝った。
一度目はそこそこ苦戦したが、二度目に至っては圧勝だった気がする。
二度目の当時は、一度目の中でも絶好調で、最も脂の乗っていた時期だった。
まあ、七帝である俺が勝つのが、当然といえば当然の試合だったのだが……。
問題は、その試合内容なのだ。
なんというか、俺に悪気はなかったと思う。
しかし、二度の敗北とも、ギラドアにとっては黒星のタイミングとしては最悪だったのである。
一度目は、当時ベテラン七帝だった豹顎帝が衰え始めた時期で、次の玉座への挑戦権を誰が得るのか、注目が集まっていた時期だった。
あのとき、その挑戦者候補の最右翼が、豹顎帝と同じタイプであるギラドアだったのである。
当時のニュースでは、ひっきりなしに、彼の特集が組まれたりしていた。
だが。
そこに、急成長して待ったをかけた天空闘竜士が現われた。
何を隠そう、この俺、ザザ・ムーファランドである。
当時のランクは、ギラドアが八位。俺が、九位。
当然、玉座への挑戦権をかけて、俺とギラドアは闘った。
そして、決戦の末、俺が勝利し、結果的に、ギラドアに集まっていた注目を、俺がかっさらっていってしまったのである。
無論、こう言うことは、プロスポーツの世界では、日常茶飯事だ。
これ自体で、そこまで恨みをかったことは、そこまでない。
だが、ギラドアは違った。
奴は執念深く、俺への怨讐を積み上げ、七帝入りした後の俺に、指名戦をわざわざ申し込んだのである。
無論、俺はその挑戦を受けた。
そして、二度目の勝負は、俺の圧勝に終わり、ギラドアには無謀な挑戦者の烙印が刻まれた――。
奴は、きっと、その一連の過去を、根に持っているに違いない。
「それで? どうするんだ?」
ギラドアは、俺より七つ年上の選手である。
歳にすると、24歳。
まだまだ若手の部類に入るが、徐々に中堅どころへ移っていく歳だ。
それくらいの歳の気性の荒い男が、年下の生意気な後輩に敗北を喫したというのは、かなりの屈辱だったのだろう。
たぶん、俺がいなければ、もっと早くに七帝入りできたはずだ。
だからこそ、それを阻んだ俺に、怨讐ともいえる対抗心を持っている。
「……いつまでも、そんな口が、俺に向かってきけると思うな。昔と今じゃ、立場が違う」
そりゃ、俺だって、いちいち突っかかられなけりゃ、仲良くしたいさ。
嘘っぽいと思われたかも知れんが、本心である。
だが、世の中には、相性というものがある。
それが、俺とギラドアのものは、これ以上ないくらい、最悪なのだろう。
だから、俺達が差しで向かい合うと、緊迫感と闘争心しか生まれない。
「確かに、今はお前が七帝だ。それで、どうしたいんだよ、犀粉帝? 今度こそ、俺に勝ちたいとか? 三度目の、正直で」
「……相変わらず、いけすかねぇガキだ。だが、お前に負けた傷が、それで癒えるわけでもねぇ」
その言葉に、俺は可能性を感じた。
なんのかって?
そりゃ、指名戦を組める可能性さ。
奴は、俺を公衆の場で倒したがってる。
それは、二度敗北した過去への決別だ。
恐らく、それは奴の中で大きな挫折だったのだろう。
だから、七帝になり自身を掴んだ今、それを克服したいと思っている。
そのうえ、憎き仇の俺は怪我明けの身だ。
冷静に考えて、勝さんは向こうにある――。
祭典の前とはいえ、まだ十日ほどは空きがある。
ギラドアが、俺をもし見くびっているとすれば、それほど大きな負担だとは考えないかもしれない。
寧ろ、前哨戦として、都合がいいと考えすらするかも……。
そこまで閃いて、俺は今年最後の可能性に、賭けることにした。
ギラドアと出くわしたのは、偶然なんかじゃない。
天空闘竜の神が、俺に今年最後の蜘蛛糸を、垂らしてくれたのだ――。
――ようし。
――どうにかして、ギラドアに指名戦を受けさせてやろう。
(続く)




