やっちまった
(天空都市群グングニル中央島南西地区:表通りから外れたマンションの一室)
「……それは。……どういう、こと……なの? ザザ?」
――やってしまった。
絶対に喋ってはいけない内容を、絶対に喋ってはいけない人間に、絶対にやってはいけない不注意で、喋ってしまった。
俺の頭がフリーズする。
本当に、脳が凍りついた。
俺の凍結ブレスは、こういう感じなのかもしれない。
いや、待て。
今は、そんな些事に構っている場合じゃない。
なんとか、ごまかさなければ。
「おい、キーロ!!」
「ひゃう!? なに!!?」
俺は、キーロの肩を勢いよく掴んだ。
そして、告げる。
「……忘れろ」
キーロは、今までないくらいに、不機嫌な表情を見せた。
「……無理」
「なんでだよ!?」
「こっちが聞きたいわよ! シャンプーとかをとりに戻ったら、台所で眼を閉じて独白する不審者がいたのよ!? 私は、悪くないから!」
ううむ。なんだか、恥ずかしいな。
顔が赤くなりそうになるのを、なんとか堪える。
れ、冷静になるんだ、ザザ。
なんてもないことだぜ?
ただ、自分が好意を寄せているかもしれない相手に、自分でそれを無意識に白状しただけだ。
そうだ! ただ、それだけのことじゃないか。
はは、やっぱり何でもな―――。
――無理だわ、これ。
どうあっても、まともな心境でいられそうもない。
気まずくなって、俺は華奢な肩から、手を離す。
「あー、うん。早く風呂入ってこい。洗いもの、俺がしとくから」
何だか、向き合うのすらしんどくなって、俺は洗いものを凝視していった。
皿なんか見つめる必要はない。
ただ、キーロを直視できないのだ。
恥ずかしくて。
「……う、うん。じゃ、私、入ってくるから」
キーロは、そう短く返事をして、リビングから出ていった。
ものすごい高速離脱だった。
ドアがすごい勢いで占められて、大きな音が、また一人に戻ったリビングに反響する。
それを合図に、俺は頭を抱えた。
洗剤の泡が、自慢の銀髪につく。
だが、気にしていられる状態じゃなかった。
――やばい。聞かれたよな。確実に。
自問するが、たぶん間違いないという確信が胸に迫ってくる。
それが、鼓動を大きく速くする。
「あー。やばい。これは、枕に顔をうずめるだけじゃ、すまないわ」
脱力して、独白する。
なんて間抜けだ、俺は。
この氷息帝、一生の不覚と言っていいだろう。
というよりも。
「……どうすりゃいい? この後!?」
キーロが風呂から戻ってきたとき、どういう表情をしていればいいのだろう。
面と向かって、この話題を扱う勇気が、俺にあるとは思えない。
たぶん、キーロにもないだろう。
素知らぬふりして、明日まで過ごせばいいのだろうか?
でも、キーロは俺の主治医である。
ほとんど毎日会うし、整体や練習は、二人きりの場合が多い。
どうあったって、さっきの瞬間が顔を出す危険があるのだ。
つまり、根本的な解決策は、ない。
「……終わった。まじで死んだわ」
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき乱す。
まだ、本当に好きかどうか分からない相手に、あんなことを言ってしまうとは。
何ということだ。
本当に、やっちまった。
これ以上に、この状況を説明できる言葉が、浮かばない。
それぐらい、俺は打ちのめされていた。
自分の失態に。
「……よし、死のう。天空都市から飛び降りるんだ。そうすれば、灰になって、身軽になれる……」
でも、そんなことしたら、キーロに推薦状は誰が書く?
途中で、投げ出すわけにはいかない。
でも、このあと、どうしたらいいんだよ……。
そんな堂々巡りを、俺は数十分、ずっと続けていた。
「……どうすればいい? どうすればいいんだ!?」
床に向かって、やりきれない思いを吐露する。
「どうすればいい、ではありませんわ。どうしたいかです」
頭上から、玲瓏な声が降ってきた。
数十分ぶりに、顔をあげる。
「……フェリェ。そこで、何してる?」
まだ肌に蒸気を纏う歌姫は、あきれ顔で言う。
「こっちの台詞です。なにか、あったのですか? キーロさんも、お風呂で挙動不審でしたけれど?」
あー。やっぱり。
そうなるよな。当たり前だ。
あんなこと、いきなり聞かされたら……。
「……お前のせいだ」
「え?」
「お前のせいだよ! あんなこと言うから、訳わかんないこと、あいつの前で口走っちゃったじゃんか!!」
俺の勢いに、フェリェは両目を丸くしていたが、
「……告白しましたの?」
「違うよ!! ただ、なんていうか、それに近いような、近くないような……」
俺の返答は、要領を得ない。
「ふん!」
そんな俺を、フェリェは鼻で笑った。
「甲斐性なしは、相変わらずですのね。情けない。これが、アウラと同じ七帝だったなんて。女々しいにも、ほどがありますわ」
「なんだと!?」
俺の感情が、混乱から激昂へ、一気に変貌する。
だが、そんな俺を前にしても、フェリェは一ミリも臆さなかった。
「ザザ・ムーファランド。あなたのためらいや、はっきりしない態度は、優しさではありません。寧ろ、悪意です」
悪意!?
キーロのことを考えて、迷っているのに!?
「嘘つけ。そんなこと――」
「――ありますわ。だって、このままキーロさんを生殺しにすれば、いつか彼女は破綻します。それを招くだけの停滞に、何の益があって?」
「……」
俺は、フェリェの言葉に、沈黙させられた。
深く考えてこなかったのは、俺のせいだ。
キーロの落ち度じゃない。
俺は、それを……都合よく、利用していた?
「……どうすればいい? 教えてくれよ」
俺は、困りはっていた。
「笑止ですわ。それくらい、ご自分で考えなさいな」
だが、突き放された。
やはり、こういうことでは、俺はフェリェに敵わない。
完敗だった。
でも、俺はどうすればいいんだ?
決断しかねているとき、リビングの扉が開けられる。
キーロが、風呂から上がったのだ。
お風呂上がりの彼女と、眼が合ってしまう。
光の速さで逸らされた。
そして、彼女は寝室へ逃げ込んでしまう。
俺は、額に手を当て、唸った。
「猛獣みたいに唸る元気はあっても、彼女に打ち明ける勇気はありませんのね」
辛辣な言葉を、フェリェにかけられる。
「……だって、まだ分からないだろ。本当にそうかどうか」
「笑止ですわね。そう悩んでいる時点で、答えは一つですわ」
そういって、彼女もまた、寝室に向かっていった。
また、リビングには、俺一人だけになる。
出口のない迷宮に、迷い込んだ心地だった。
……どうすればいい?
……俺は。
……俺は――。
答えを出そうとした、そのとき。
逡巡は、ガラスの割られる音で、中断させられた。
その音は、寝室から聞こえてくる。
飛竜の勘が、俺に伝えた。
――危機が、迫ってきた。
――俺のこの隙を、ついて。
(続く)




